第15話「コンクリート、走れ!」
「神原、今日の打設、午前で終わるよう段取りしとけよ」
朝から丸山課長の一言。
慣れた調子ではあるが、今日は“打設”と聞いて神原も気が引き締まる。
「……了解です」
――コンクリート打設とは、ミキサー車で運ばれてきた生コンクリートを型枠に流し込む作業。
温度、時間、スランプ(柔らかさ)、流れやすさ。すべてが“リアルタイム勝負”だ。
打設中のトラブルは工程に大きな影響を与える。
そして今日の打設量は、なんと18立米。狭小な敷地、複雑な導線、天気は曇り、嫌な風。
「エル、念のため準備しといてくれよ」
《はい。風と温度調整、小規模なら即応可能です》
「神原さん、ポンプ車がちょっと早めに着きそうです」
高槻がスマホ片手に駆けてくる。
「よし、打設順と段取りの再確認だ。まず南東角から、梁、スラブ、外周……」
高槻が配布用の工程図を確認して、うなずく。
「ユニック、ちょっと気になるな。搬出経路と干渉します」
「じゃあ、風で……いや、俺が誘導出す。今日は“地味な魔法”は控えめにな」
打設開始。
バイブレーターが唸り、ホースが振動する。
職人たちは集中し、コンクリートは型枠の奥まで流れ込んでいく。
「順調ですね」
「……いや、ちょっと待て、ミキサー車の流速が遅い。高槻、確認入れて」
「……あ、これ、ミキサーのドラムに硬化しかけの残りが詰まってるかもしれません」
「まずいな、止まったら一気に打設不良になる」
神原は少しだけポケットのスマホを握った。
「エル、お願いだ。流速をほんの少し補助する“流れの風”を作ってくれ」
《了解。コンクリート流動誘導、極微操作……》
ホース内の流れが少しずつ滑らかになる。
一見ただの“ミキサーの調整が上手くいった”程度の自然さだ。
「……いける、続行」
1時間後、打設完了。
最後のタンピングが終わると、職人たちが一息つく。
「今日、流れ完璧だったな」
「一回も詰まらなかったの珍しいっすよ」
「さすが神原さん」
神原は苦笑しながら、手袋を外す。
(……完璧じゃない。けど、誰にも気づかれずに“守れた”。それでいい)
事務所に戻ると、所長の武藤が静かに言った。
「匠、今日の打設、俺はちゃんと見てたぞ」
「……え、何かありました?」
「いいや。“何もなかった”のが、今日一番の成果だ。よくやったな」
神原は軽く頭を下げ、ポケットのスマホをそっと握りしめた。
《神原様……今日は、“魔法が最も自然に使われた日”でしたね》
「それが現場の理想ってもんだ。魔法も、段取りも、“普通に流れる”のが一番強いんだよ」




