締めのバフ掛け
◆会議再開
スカルガンに話の腰を折られたが、辺境村は正式にジョーによって、
《ヴァルグレイス》と命名された。
もっとも、ジョーはスマホに出てきた名称をそのまま口にしただけだが。
騒然としていた場が一旦静まったのを見計らい、盾副官が再び全体を見渡して声を上げた。
「――では、本題に戻りましょう!」
空気が再び引き締まる。
全員が顔を上げ、会議は正式に次の段階へと進んだ。
「まず、千人の移民受け入れが迫っています。優先すべきは、以下の三点」
盾副官は指を折りながら続ける。
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1、住居の確保
2、食料供給体制の確立
3、必要物資の生産と流通の安定化
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ジョーが頷き、席を立つ。
「よし。まず全体方針を決める」
まずドワーフ陣へ目を向ける。
「ドレット、建築組を任せる。インフラは既にある程度整えたが、住居の増設は待ったなしだ。建築資材の必要数をまとめてくれ」
「承知致しました、ジョー様」
ドレットはまるで神託を受けた信者のように瞳を輝かせた。
「ベルダ。工房と精錬設備のライン拡張、準備頼む。鋳造品は今後もっと要る」
「フッ、仕事が増えるのは大歓迎だぜ! あと、酒も頼むぜ!」
ベルダは腕が鳴るぜ、といった雰囲気だ。
「スカルガン。移民たちの現場統率はお前が仕切れ」
「任せてくださいアニキ! 移民連中、もう俺にゃ一目置いてやす!」
オルデンベアを、たった一人で倒した英雄、雷の戦女神に喧嘩を売って生き残った男として、その筋には、カリスマ扱いされていたりする。
「牧場主さん。家畜管理と飼料計画を頼む。繁殖ペースも加速してもらうぞ」
「ははぁぁぁぁぁぁっ」
元牧場主はジョーの指示に完全に頭を地面に擦り付けている。
「村長さんは、農耕の生産計画と開墾計画を取りまとめお願いできますか?」
「もちろんじゃよう。土いじりは得意じゃよー」
村長は相変わらずマイペースに微笑んでいる。
ジョーは一呼吸置き、次にフェリシアへと視線を移した。
「――フェリシア」
「は、はいっ!」
「君が一番重要かも…」
「えっ!? な、なんでしょうか!?」
「とりあえず"バフ"を使って欲しいんだけど」
「"今"でしょうか?」
「そう、"今"やってみてくれるかな?」
「は、はい!!」
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フェリシアは緊張で肩をこわばらせながらも、両手を胸前に掲げ、詠唱を始める。
「――鼓舞陣展開……《エンカレッジ・フィールド》!」
淡く柔らかな光が広がり始めた。
(よし、今だ――)
ジョーは即座にスマホのカメラを起動し、フェリシアの展開する術式を読み込み選択する。
そして、ウォレットからBTCを少量ずつ投入、フェリシアの魔力を一切消費せずに、村全域へと課金バフ拡張が起動されていく。
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【システム補助起動】
《ヴァルグレイス専用ネットワーク》
《鼓舞陣効果範囲:村全域適用》
《消費:0.00001BTC/時(ecoモード)》
《フェリシア負荷:無》
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金色の光はさらに広がり、村のすみずみにまで優しく降り注いだ。
作業中の村人たちは、次々に体が軽くなる感覚に驚き始める。
「お、おお!? 体が軽いぞ!?」
「疲労感が消えていく!?」
「やる気が漲るぅっ!!」
フェリシア自身も驚きのあまり硬直していた。
「え……!? な、なんで私、魔力減ってない……?」
会議参加者の面々も、もはや言葉を失っていた。
ドレットと牧場主は、もはやジョーを拝み過ぎて気を失いそうだ。
スカルガンも感極まってガッツポーズをとっている。
彼らは一体ジョーのどんな部分に惹かれているのだろうか。
村長はいつものようにニコニコと、
「いやぁ……ほんにええのぅ……」
アメリアだけは、深く目を閉じ、しばし沈黙したまま。
……そして。
ゆっくりと目を開いた彼女は、もう何も言わなかった。
「…………」
(まったく……この男は……)
その瞳には、もはや呆れすら超えた諦めと、確かな信頼が混ざっていた。
「最後にジノ! 飯だ!」
「はいっ!? そりゃどういう…?」
「腹が減ったんだよ! この後みんなで食べようぜ!って事だよ!」
「はいよ、んじゃ飯作りしてくる!」
一同がどっと笑い、束の間の和やかな空気が流れた。
⸻
空気がようやく静まり、盾副官がまとめに入る。
「では――次は、王命のもう一つの件だ」
「魔獣騒動の本格調査に着手する必要があります」
場の空気が再び引き締まった。
といっても割ける人員も限られている。
一度調べたところを再度調べるのも効率的にどうなのか…
こちらも放っておく訳にもいかないが、何の手掛かりもないので、村強化に力を割くという方針で全会一致となった。
こうして――
辺境ヴァルグレイスは、ジョーの浪漫投資によって誰もが想像していなかった速度で本格的な”国家級開拓フェーズ”へと突入していくことになるのだった。
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◆蠢く影
――ヴァルグレイスから馬で二日程。
人里離れた森の奥の小さな集落は、今まさに滅びの渦中にあった。
「――っ、いやぁぁぁぁああ!!」
少女の悲鳴が、虚しく木々に吸い込まれていく。
逃げ場などとうにない。家族も、隣人も、皆すでに八つ裂きにされていた。
地を踏み砕き、樹を薙ぎ倒しながら迫る巨影――オルデンベア。
立ち上がれば七メートルを超える巨体。
血に濡れた牙と爪が、嗜虐の如く小さな命を追い詰めていく。
少女は最後の力を振り絞り、転げるように足を動かすが――
ズシャアッ――!
鋭い爪が背後から少女の肩を掠め、浅く抉る。
痛みで視界が歪み、膝から崩れ落ちた。
「――あ……ぁ……」
地面に這いつくばったまま、少女はもはや立ち上がる力も残っていなかった。
その無垢な命を弄ぶように、オルデンベアは一歩ずつ近づいてくる。
狩りを楽しむかのように、ゆっくりと。
その光景を遠くの岩場から冷ややかに見下ろす黒衣の男が一人。
風に舞う黒髪、隠された表情。
その肩に、一羽の黒鴉が止まっている。
男は鴉の脚に結わえられた小さな封筒を回収し、静かに呟いた。
「……なるほど…次は"竜"を使い確実に潰しますとも…」
闇夜に滲むその声は、まるで呪詛のように低く響いた。
そして少女の悲鳴が、闇へと消えた。




