新しい仲間
◆出発予定日の朝
宿屋の一角に、控えめなノック音が響いた。
「……失礼します!」
扉を開けて現れたのは、一人の若い女性だった。
栗色の髪を首筋でまとめ、士官学校の制服をぴしりと着こなしている。
顔立ちは柔らかく愛嬌があるが、緊張で頬がやや引きつっているし、動作はどこかぎこちない。
「あなたが……?」
アメリアが姿勢を正して問いかける。
「はっ! 本日付けで辺境の復興任務に着任しました!
フェリシア・マルヴェール、24歳! 以後、よろしくお願い申し上げます!!」
フェリシアは深々と頭を下げた。声が少し裏返っている。
ジョーとジノが、横で驚いたように顔を見合わせる。
「凄い……元気だな」
ジノがぽつりと漏らすと、フェリシアは真っ赤になり、直立不動で固まった。
「す、すみません! 初対面で失礼な印象を与えてしまいましたか!?」
「いや、悪くはねぇよ。むしろ新鮮だ」
ジョーが笑って肩をすくめた。
アメリアはしばらく観察するようにフェリシアを見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……君が来てくれて助かる。今回の派遣命令の事情は既に聞いているな?」
「は、はい! 士官学校最下位卒業ゆえ、就任先が決まらず、今般こちらへ……その……派遣されることに……」
フェリシアは自虐気味に言葉を濁した。
ジョーがそこで補足するように口を挟んだ。
「まあ、要するにお互い"貧乏くじ"を掴まされたってやつだ」
「そ、そんな……!」
フェリシアは慌てて訂正しようとしたが、アメリアが手を軽く挙げて制した。
「気にする必要はない。
ジョーの発言は間違っていない…それに、私は君に期待している」
その言葉に、フェリシアは目を見開き、息をのんだ。
「……あ、ありがとうございます!」
アメリアは小さく微笑む。
「私はアメリア・グレイスハルト。こっちはジョー、そちらはジノだ。
君はこれから“村”で共に働く仲間だ。互いに敬意を持ちつつ、気楽にやってくれ」
「は、はいっ! 全力でお役に立ちます!!」
フェリシアは、張り切りすぎてまた少し声が裏返った。
ジョーはその様子に、ひとり頷いて呟いた。
「……ま、ドジっ子枠としては合格だな」
(さてと、"勘定"…)
ジョーは苦笑しながら、最近すっかり”クセ”になりつつある勘定を発動する。淡く光るステータス画面が彼の視界に広がった。
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《フェリシア・マルヴェール》
《年齢:24歳/レベル:1》
《称号:卒業生》
《成長限界:A-》
《職業:無職》
《体力:70/70/魔力:86/86/精神:65/65》
《技能:安定結界/鼓舞》
《適性:統率補助CC+/共感BBB》
《魔法適性:精神魔法AA/攻撃D-》
《現在状態:健康/緊張(極大)》
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(バール、見てる?)
『うむ。こやつ、案外と大化けする器かもしれんぞ? 育て甲斐があるのう』
(だよね。俺が直接、P2P契約するよ)
『それがよかろうて、お主には"幸運"が味方しておるようじゃのー』
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「あー、アメリア? ちょっといいかな?」
「む? どうした?」
二人はしばし小声でやり取りを交わす。
アメリアは少しだけ呆れた表情を見せたが、最終的には軽く肩をすくめて頷いた。
「……好きにしろ…」
ジョーは振り返ると、フェリシアに向かって改まった表情を作った。
「えー、フェリシアさん。辺境村に配属になるにあたって、一つだけ通過儀礼がありまして」
「は、はい!?」
「俺、現地ではアメリア様の補佐って立場になっててさ。今後、現場実務では俺の指示が結構多くなると思うんだけど――それでも"大丈夫"かな?」
突然の提案にフェリシアは目を丸くし、思わずアメリアへと視線を送る。
アメリアは無言で頷いた。
「はいっ! ジョー様! 不束者ですが、全力でお仕えいたします!!」
その答えに、ジョーは満足そうに頷くと、ジノへも視線を向けた。
「あっ、ついでにジノ! お前も許可するよな?」
「…ついでに…って許可も何も、いつも無理やr…」
「おしっ! 契約だ!!」
ジョーが宣言した瞬間――
部屋全体が金色の光に包まれ、P2P契約の魔法陣が静かに展開された。
眩い光がフェリシアとジノに降り注ぎ、契約は無事成立する。
こうして、ジョーの従業員リストに、新たな浪漫枠と、
いつものパシリが正式に加わったのである。
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◆ラネメルへ
新たな仲間フェリシアを加え、四人となった一行は王都を後にして、再び交易都市ラネメルへと向かった。
強化された軍馬たちは快調に駆け、予定よりも早く到着する。
「さて……少々値が張っても全て買おう! それでも足りないだろうが…」
アメリアは表情こそ冷静を保っていたが、微かな焦りが滲んでいた。
王都での仕入れは散々だった。このラネメルが最後の希望だったのだ。
向かった先は、前回訪れたあの家畜商人の元だった。
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しかし――
「……は?」
思わずアメリアが言葉を漏らす。
商人は苦笑しながら頭を下げた。
「いやあ、申し訳ございません。実は……昨日、完売しましてな」
「……昨日、だと?」
「はい。ちょうど一日前に、まとめてご購入される商隊が現れまして……」
アメリアの肩が、わずかに震えた。
「在庫は……?」
「ゼロでございます。牛、豚、山羊、鶏、すべて売り切れ。次回入荷も未定でございます」
ジョーとジノは無言で顔を見合わせた。
フェリシアも緊張した面持ちでアメリアを見つめている。
アメリアは無言のまま立ち尽くした。
その背中には、王都から積み重なる重圧、責任、焦燥がのしかかっていた。
「……そう、か……」
わずかに呟いたその声は、かすかに震えていた。
アメリアは、そのままゆっくりと商人に背を向け、歩き出した。
その後ろ姿に、普段の凛々しさはなく――ただ静かな絶望が滲んでいた。
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その夜、宿の一室に戻ったアメリアは、口を開こうとせず窓際に佇んでいた。
黙って様子を伺う三人。
特にジノとフェリシアは声をかけることもできない。
ジョーは静かにアメリアの背中を見つめながら、思考を巡らせていた。
(……アメリアがここまで追い詰められるとはな)
(この感じだと、俺がなんとかするしかないな…)
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