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ジノ、奔走す

◆翌朝――


ラネメルの宿屋。食堂の窓からは爽やかな朝の光が差し込んでいたが、空気は重苦しかった。


テーブルには四人が座っていたが、アメリアはパンに手を伸ばすこともなく、ただ俯いて窓の外を眺めている。

ジョーが何度か話しかけたが、反応は薄く、上の空のままだった。


「…………」


ジョーは小さくため息を吐いた。


そんな重い空気の中、ジノが口を開く。


「ジョー、フェリシア。……ちょっといいか?」


食堂の隅に席を移すと、ジノは声を潜めた。


「とにかく、今のままじゃダメだ。このままじゃアメリア様が潰れちまう」


「そうだな……俺達でなんとかしないとな」


ジョーも同意する。

フェリシアは緊張した面持ちで小さく頷いた。


「私も何かお手伝いできるなら……!」


「よし。じゃあ手分けして家畜に関する情報を探そう。今はとにかく情報が欲しい」


「はい!」



それからジノは、一人でラネメルの街中を駆け回った。

市場、牧場組合、家畜取引業者、農民、裏通りの古参商人、噂話を知る酒場――。


(アメリア様が……あんな風になるなんて……)


(村は……俺たちは、アメリア様に大恩があるんだ)


(いつもジョー頼みじゃ、情けねぇだろ。ここは俺が何とかする番だ!)


食事も取らず、足を止めることもせず、ジノはただ必死に情報を追い続けた。



夕刻。すっかり日が傾いた頃。

ジノはとうとう、ある情報を掴んだ。


「……家畜の流行り病騒動で潰れかけてる牧場が郊外に……?」


「おう。牧場主一家もかなり追い詰められてるらしい。買い手が誰も付かねぇってさ」


「それだ!!」



その夜。


ジノはようやく宿へ戻ってきた。

顔は埃まみれ、服は汗でぐっしょりだ。

食堂に入ると、既にジョーとフェリシアが戻っていた。


「ジノ……! お前、やっと戻ったか。少し休め、飯も食えよ」


ジョーが声をかけるが、ジノはそれを振り切るように首を振った。

視線は、窓際で依然として沈黙を貫くアメリアの背中を真っ直ぐに捉えていた。


そして――大きく息を吸い込み、叫ぶように報告する。


「アメリア様!! 朗報です!!」


その声に、アメリアはゆっくりと顔を上げた。

目元にはまだ疲労の色が残っていたが、ジノの真剣な表情を捉え、微かに瞳が動く。


「……朗報、か?」


ジノは深く息を整え、はっきりと答えた。


「はい。ラネメル郊外に、流行り病の影響で潰れかけてる牧場があります!」


「牧場……?」


「家畜はかなり殺処分されて数は少ねぇみたいです。でも、まだ家畜はいるそうでふ。

だけど流行り病を恐れて、誰も買い手が付かない。もう借金も返せずに詰んでる状態らしいです」


アメリアの目に、わずかな光が戻り始める。


「……なるほど。そこなら、交渉の余地はあるという事だな?」


ジョーも内心、拳を握った。

(ジノ! 流石だ……ファインプレー!)


だが、その時――

隣の席で酒を飲んでいた男たちのひとりが、こちらの会話に耳を傾け、苦笑しながら口を挟んできた。


「悪い事は言わねぇよ、お嬢さん」


くいっと酒杯を傾けながら続ける。


「あの牧場はもう終わりだ。流行り病の火種が残ってるかもしれねぇ。

下手に手ェ出しゃ、今度はお前らが病気になるぞ? ――そうなりゃ、つまらんぞ。関わらん方がいい」


周囲の客も、どこか同情混じりの諦め顔で頷いていた。

それは“善意の忠告”ではあったが、同時に“足を引っ張る諦めの言葉”でもあった。


しかし――


アメリアはゆっくりと立ち上がり、その男を正面から見据えた。


「……忠告、感謝する。だが、私たちはもう“諦める”という選択肢は持っていない」


その瞳には、先程までの絶望の影はなかった。

静かながら、燃えるような意思が宿っていた。


ジョーはその姿を見ながら、胸の内で呟いた。


(――立ち直ったな、アメリア。ジノのおかげだ。……俺は本当に、良い仲間を持った)



◆牧場にて


翌朝。ラネメルの街を離れ、郊外の農道を進む一行の姿があった。


ジノが先導しながら案内する。


「……ここです。例の牧場」


目の前に広がるのは、かつては広大だったであろう牧草地の名残。

だが今は荒れ、柵も半ば崩れ、静けさと寂寥感に包まれていた。


納屋の脇には数頭の痩せた家畜の姿があり、生気薄く草を食んでいた。


敷地の奥から、牧場主一家であろう者達が現れた。

父親と思しき中年男性、母親、そして小さな子供たち――夫婦は疲れ切った表情を浮かべていた。


牧場主が沈んだ声で言う。


「あなた方は……?」


アメリアが一歩前に出る。


「辺境村の復興担当監督官、アメリア・グレイスハルトだ。今回はこちらの家畜について――話を伺いたい」


牧場主は苦笑する。


「…家畜の話ですか……ご覧の通りです。

流行り病で牛も豚も鶏も大半を殺処分しました。

今残ってるのは、病を奇跡的に乗り越えたわずかな家畜達です…」


ジョーが一歩前に出て静かに"勘定"を起動する。



《牧場主一家》

《勤勉A/経営適性B/家畜管理S/精神状態:疲弊(大)》

《残存家畜:感染症陰性・回復安定・繁殖適性良好・成長余地高》



(なるほど……問題は家畜じゃねぇ。問題は“信用”と“資金”か)


(バール――)


『ふむ、浪漫投資の好機じゃのう。お主の出番じゃ』



ジョーはにやりと口角を上げ、まっすぐ牧場主を見据えた。


「――あんたら、一家まとめてウチに来いよ」


「え……?」


「村にはまだまだ人も畜産も足りてない。経験者なら大歓迎だ。

借金は俺が立て替える。

返済はゆっくりでいい。

あんたらは“再スタート”すりゃいいだけだ」


牧場主は言葉を失い、その隣で奥さんが手を口に当てる。

子供たちは、まだ事態が分からず、きょとんとしている。


「そ、そんな……! でも……」


「――ここで終わらせる理由があるのか?」


ジョーの言葉に、牧場主の目が揺れる。


「……あるわけ、ありません……」


静かに、だが確かな決意で、牧場主は頭を下げた。


「……お願い、します!」



こうして、牧場主一家と家畜達は新たな希望を手に入れ、村へと合流することが決まった。

アメリアの表情も、久方ぶりに柔らかく微笑んでいた。


「ありがとう、ジョー」


「浪漫投資は俺の趣味なんでな」


ジノとフェリシアも、嬉しそうに頷いていた。


ジョーは軽く息を整え、ゆっくりと切り出す。


「――じゃあ、正式に契約といこうか。あんたら一家は、ウチの村で再スタートだ」


P2P契約の式が展開され、家族ひとりひとりに優しい光が降り注ぐ。

父、母、子供たち全員が次々と契約の証を受け取っていった。


次に、ジョーはスマホを取り出し、牧場の家畜へと歩み寄る。


「――君たちにも、契約の対価を払う。これからはもう飢えないぞ」


牧畜の全てを選択、対価契約を結び、スマホのウォレット内に次々と収納されていく。

まるで奇跡のように、病の不安に苛まれていた家畜たちが淡い光とともに消えていく光景に――


牧場主一家は息を呑み、やがて震え始めた。


「な、なんだこれは……!? まるで神業だ……!」


「ジョー様……!」


やがて、一家は自然とジョーの前にひざまずき、手を合わせ始めた。

感謝と崇拝の入り混じった瞳が、ジョーを見上げていた。


「いやいや……そこまでしなくていいから……!」


ジョーは困惑しつつも苦笑した。



──こうして、辺境村復興計画の“欠けていたピース”がまた一つ埋まった。

牧畜と経験者という新たな歯車は、これからの村の発展をさらに加速度的に前進させていくことになる。

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