アライグマとハロウィン
秋の稲荷神社。一年の間でもめっきり少なくなった、過ごしやすい季節。吹く風は涼やかで、紅葉しかけの木々を優しく揺らしていた。
薄墨は両手を構え、目前の人物を威嚇する。
「がおー。キツネなんて食べちゃうぞー」
グレーのふわふわした髪。同じくグレーの耳付きフードの服、手袋。髪と同じ色をした縞模様の尻尾にも布をかぶせている。
ハロウィンの時期らしく狼の衣装を着ていた。
彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。
稲荷神社の神使たるキツネによって人の姿に変えられ、神社を荒らした分の責任を日々とらされている。
この日はもう仕事を終え、友達とイベントへ遊びに行く為に着替えて出かけるところだった。
「……私に対抗してその衣装を選んだのですか?」
「オオカミの方がキツネより強いもん」
「何度も言いますが私は敵ではないですからね?」
目を細めて応じたのは、整った顔立ちで神職らしき服装の男性。その正体は稲荷神社の神使たるキツネ。神社を荒らした薄墨を人間に変えた張本人だ。
既にバレンタインなどもあった。ここが神社だとはいえ、今更他の文化圏が由来の行事に文句は言わない。
ただ、薄墨が今の生活を始めて既にかなりの期間が経っている。
未だに敵視が続く態度には苦言を呈するしかない。
「いい加減落ち着いてください。お菓子ならあげますから」
「負けを認めるんだね」
薄墨は勝ち誇るように胸を張った。無邪気な顔つきからは考えを改めようとする気は見えない。
神使は呆れ気味に顔をしかめる。
「そもそも私は単なる狐ではなく稲荷神様の使い。オオカミ程度に遅れは取りません」
「んっ。やる気なの?」
「いいえ。神力はわざわざ誇示するものではありません」
目を険しくした薄墨、首を横に振る神使。一方的な挑発は冷たい風に流されていく。
神使は空気を切り替えるように微笑んだ。
「あまり時間をかけるのも悪いですし、これを」
神使はお菓子を取り出した。市販されている個包装のチョコレート。ハロウィン仕様の鮮やかなパッケージが目に映える。
薄墨はすぐさま輝く笑顔で飛びついた。
が、その瞬間。
「わっ」
ポン!
と大きな音と煙をあげて、木の葉に変わった。
ぽかんとする薄墨。木の葉をじっと見つめてしばし固まる。やがて眉間にしわを寄せ、低く唸った。神使は薄く笑う。
「ハロウィンには悪戯が付き物のようですしこの程度の使い方は構わないでしょう」
「むむう……悪いキツネめえ……」
「ははは。反省が足りませんね」
とは言いつつ、神使は本物のお菓子を差し出す。全く同じパッケージのチョコレート。薄墨は警戒しつつも素早く受け取った。
慎重に匂いを確認。意を決した様子で袋を開ける。一口かじると、甘さに口元が綻ぶ。そして一気に食べ切った。
直後に頬を膨らませて文句を言う。
「悪いキツネにはお菓子たくさんもらってもあげないから」
「ええ。全てあなたが食べて良いのです」
「強いオオカミなら弱いキツネに食べ物あげて当たり前でしょ」
「おや。弱い者を守ろうとしていたのですか?」
神使は意外そうに目を見開いた。
薄墨は未だに自分勝手な振る舞いや反抗的な態度も多く、苦労していた。
だが彼女もいつまでも変わらない訳ではないのだろう。
上に立とうとする野生動物の意識がまだ強く残っているだけなのかもしれない。遠回しに感謝を伝えようとしているのかもしれない。無邪気な表情からは真意が読み取り辛い。
なんにせよ決めつけがあったと反省。大人気なかったと自嘲し、それでも彼は諭すように伝える。
「であれば、やはり私がその役目を果たすべきでしょう。まだ精進が足りません。節度を守った上で自由に過ごしていなさい」
「むう」
薄墨はひどく不満げだ。思う通りにならないのが理不尽だと感じている様子。子供のように手がかかると、神使は腕を組んで温かい目で見下ろした。
それすら見下されていると受け取ったのか、あくまで薄墨は挑戦的に言い放つ。
「後で欲しいって言っても遅いからね!」
「はいはい。いってらっしゃい」
優しく見送られて、狼姿の薄墨は駆け足で街へと繰り出すのだった。




