アライグマと花火
夏祭りは大いに賑わっていた。薄闇が淡く照らされる中、ズラっと並ぶ屋台を巡るのは笑顔の人々。蒸し暑さを一時忘れるような活気に満ちていた。
薄墨は右手に綿あめ、左手に食べ終えた焼き鳥の串を何本も持って人波の間を行く。
「次は何にしようかなー」
灰色の髪はゆるいふわふわとしたショート。瞳はココアブラウン。服装は金魚柄の甚平。背中には縞模様の尻尾が揺れていた。
彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。稲荷神社の神使たるキツネによって人の姿に変えられ、神社を荒らした分の責任を日々とらされている。
今日はお小遣いをもらい、正体を知る友達三人と夏祭りに遊びに来ていた。の、だが。
「ねー、何が美味しいと……あれえ?」
お祭りグルメに夢中になっている内にはぐれてしまったらしい。
キョロキョロと探すも、見つからない。
人波に囲まれ、ぽつんと佇む。
「まあ、その内見つかるかなあ」
ただ、あくまで薄墨は呑気。とりあえず綿あめを食べ終えると、目についたフランクフルトを買って早速かじる。
その間に考えるのは、次に食べるもの。
友達と美味しそうな食べ物、どちらも同じような優先度で探す。
そんな背中に、控えめな声がかかる。
「あ、あの……」
「……あ。いつも来てる人?」
Tシャツとハーフパンツの、真面目そうな少年だった。
稲荷神社によく来るので顔見知りで、名前も知っている。林太郎。
よく話しかけてくるなど、態度が他の参拝客と違う気がするので印象は強い。
神使からは「少年と関わる時は言動に気を付けなさい。いつまでもアライグマ感覚ではいけません」と言われているが薄墨はその意味をよく分かっていない。態度は変わらないでいた。
彼はほっとした風に近寄ってくる。
「一人で来てるんですか?」
「んーん。皆とはぐれちゃって」
「良かったら探すの手伝いましょうか?」
「んー……その内見つかると思うし別にいいんだけどなー」
言っている内に薄墨はフランクフルトを食べ終えた。ぺろりと口元についたケチャップを舐める様子に焦りはない。
林太郎は勢いこんで提案してくる。
「そっ、それなら、見つかるまで一緒にいてもいいですか?」
「別にいいけど?」
小さくガッツポーズした彼に首をかしげる薄墨。
林太郎は照れつつ、か細い声を出した。
「……あの改めて言うけど、その格好、可愛い……」
「あ、アレ美味しそう!」
声をろくに聞いていなかった薄墨は小走りで唐揚げの屋台へ。
大きく一口。しっかり味わった後、遅れてついてきた林太郎に改めて尋ねる。
「ところでさっきなにか言ってた?」
「えっ、あっ……今日の格好、可愛いって……」
「うん、これ美味しそうで良いよね」
「えっ、うん……?」
甚平の金魚部分を引っ張って答えた薄墨。林太郎は困惑するが、やがて納得した風に苦笑い。不思議な言動には慣れているのだ。
金魚に向けた視線を上げる。改めて向き合えば照れる林太郎。気にせず唐揚げを頬張る薄墨。
そこを、打ち上げ花火が照らした。
「わっ!」
唐突な大きな音に驚いた薄墨。驚いた拍子に寄りかかり、ほぼ密着するような形になる。
林太郎は慌てたように目を逸らして、続いて上がった花火を見上げた。しかし薄墨の興味は花火よりも彼の方にあった。
林太郎の横顔が、正面に戻る。
すると二人は、すぐ間近で向き合った。ほぼくっつく距離。鼻同士がちょんと触れる。息や匂いも感じる程。
「えっ」
ますます赤くなって固まる林太郎。体が強張って、動けない。
ただ、一方の薄墨はあくまで平然と聞いてきた。
「ねえ、美味しそうな匂いがする。なに食べたの?」
「……ああ、匂い……えっと、何の匂いだろ。焼きそばかな?」
「それ食べたい。何処にあったの?」
手を掴んで案内をせがむ。
顔の赤みが引いた林太郎は苦笑。彼が方向を示せばぐいぐいと引っ張っていく。食欲に一直線。後頭部を見つめる表情にはまるで興味がない。
と、そこに、騒がしい足音が合流する。
「あっ! やーっと見つけた!」
「おー、ちゃんと会えたー」
「すずみー真剣に探してなかったでしょ!」
「あれ、横にいるのって……」
「あ……」
九羽香、栞里、友美。再会した友達三人と林太郎が顔を合わせると、気まずそうに手が離されてしまった。
どうやら同じ学校、同じクラスらしい。とはいえあまり会話もない顔見知り程度のようだ。
九羽香は薄墨と林太郎をじろじろと見た後、栞里、友美を手招きする。
「集合」
なにやらヒソヒソと話しだす。漏れ聞こえるのは「応援する?」「まあ良い人だよね」といった台詞。
そして話がまとまった後、林太郎の背中を強めに押した。
「しゃーない。すずみーとふたりっきりで花火見に行きなよ」
「お礼はまた学校でね」
「泣かせないでよー?」
「え、いや……そんなんじゃ……」
「じゃ後は若いお二人で〜」
「え、なんで?」
流れを断ち切り、薄墨は小首をかしげる。
「せっかくまた会えたんだから一緒に見ようよ」
何も察していない無垢な表情。残っていた唐揚げを食べ始める始末。
九羽香は憐れむように、ぽんと林太郎の肩に手を置く。
「こいつぁ強敵だぜ……ま、諦めなきゃいつか叶うさ」
「うん……」
「なんの話?」
疲れたような笑いを浮かべる林太郎。生温かい同情の視線がいたたまれない様子だ。
また花火があがった。暗い空に映える鮮やかな色は、祭りの喧騒を一瞬止める。
しかし薄墨の手は唐揚げを食べ進る事を止めない。興味は食べ物にしか向いていなかった。周りが和やかに笑う。
つられた薄墨も理由を理解しないまま笑顔に。祭りの賑わいを盛り上げていた。




