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お稲荷さんちのアライグマ  作者: 右中桂示


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19/20

アライグマと花火

 夏祭りは大いに賑わっていた。薄闇が淡く照らされる中、ズラっと並ぶ屋台を巡るのは笑顔の人々。蒸し暑さを一時忘れるような活気に満ちていた。


 薄墨は右手に綿あめ、左手に食べ終えた焼き鳥の串を何本も持って人波の間を行く。


「次は何にしようかなー」


 灰色の髪はゆるいふわふわとしたショート。瞳はココアブラウン。服装は金魚柄の甚平。背中には縞模様の尻尾が揺れていた。


 彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。稲荷神社の神使たるキツネによって人の姿に変えられ、神社を荒らした分の責任を日々とらされている。


 今日はお小遣いをもらい、正体を知る友達三人と夏祭りに遊びに来ていた。の、だが。


「ねー、何が美味しいと……あれえ?」


 お祭りグルメに夢中になっている内にはぐれてしまったらしい。

 キョロキョロと探すも、見つからない。

 人波に囲まれ、ぽつんと佇む。


「まあ、その内見つかるかなあ」


 ただ、あくまで薄墨は呑気。とりあえず綿あめを食べ終えると、目についたフランクフルトを買って早速かじる。

 その間に考えるのは、次に食べるもの。

 友達と美味しそうな食べ物、どちらも同じような優先度で探す。

 そんな背中に、控えめな声がかかる。


「あ、あの……」

「……あ。いつも来てる人?」


 Tシャツとハーフパンツの、真面目そうな少年だった。

 稲荷神社によく来るので顔見知りで、名前も知っている。林太郎。

 よく話しかけてくるなど、態度が他の参拝客と違う気がするので印象は強い。

 神使からは「少年と関わる時は言動に気を付けなさい。いつまでもアライグマ感覚ではいけません」と言われているが薄墨はその意味をよく分かっていない。態度は変わらないでいた。


 彼はほっとした風に近寄ってくる。


「一人で来てるんですか?」

「んーん。皆とはぐれちゃって」

「良かったら探すの手伝いましょうか?」

「んー……その内見つかると思うし別にいいんだけどなー」


 言っている内に薄墨はフランクフルトを食べ終えた。ぺろりと口元についたケチャップを舐める様子に焦りはない。

 林太郎は勢いこんで提案してくる。


「そっ、それなら、見つかるまで一緒にいてもいいですか?」

「別にいいけど?」


 小さくガッツポーズした彼に首をかしげる薄墨。

 林太郎は照れつつ、か細い声を出した。


「……あの改めて言うけど、その格好、可愛い……」

「あ、アレ美味しそう!」


 声をろくに聞いていなかった薄墨は小走りで唐揚げの屋台へ。

 大きく一口。しっかり味わった後、遅れてついてきた林太郎に改めて尋ねる。


「ところでさっきなにか言ってた?」

「えっ、あっ……今日の格好、可愛いって……」

「うん、これ美味しそうで良いよね」

「えっ、うん……?」


 甚平の金魚部分を引っ張って答えた薄墨。林太郎は困惑するが、やがて納得した風に苦笑い。不思議な言動には慣れているのだ。

 金魚に向けた視線を上げる。改めて向き合えば照れる林太郎。気にせず唐揚げを頬張る薄墨。


 そこを、打ち上げ花火が照らした。


「わっ!」


 唐突な大きな音に驚いた薄墨。驚いた拍子に寄りかかり、ほぼ密着するような形になる。


 林太郎は慌てたように目を逸らして、続いて上がった花火を見上げた。しかし薄墨の興味は花火よりも彼の方にあった。

 

 林太郎の横顔が、正面に戻る。

 すると二人は、すぐ間近で向き合った。ほぼくっつく距離。鼻同士がちょんと触れる。息や匂いも感じる程。


「えっ」


 ますます赤くなって固まる林太郎。体が強張って、動けない。

 ただ、一方の薄墨はあくまで平然と聞いてきた。


「ねえ、美味しそうな匂いがする。なに食べたの?」

「……ああ、匂い……えっと、何の匂いだろ。焼きそばかな?」

「それ食べたい。何処にあったの?」


 手を掴んで案内をせがむ。

 顔の赤みが引いた林太郎は苦笑。彼が方向を示せばぐいぐいと引っ張っていく。食欲に一直線。後頭部を見つめる表情にはまるで興味がない。


 と、そこに、騒がしい足音が合流する。


「あっ! やーっと見つけた!」

「おー、ちゃんと会えたー」

「すずみー真剣に探してなかったでしょ!」

「あれ、横にいるのって……」

「あ……」


 九羽香、栞里、友美。再会した友達三人と林太郎が顔を合わせると、気まずそうに手が離されてしまった。

 どうやら同じ学校、同じクラスらしい。とはいえあまり会話もない顔見知り程度のようだ。


 九羽香は薄墨と林太郎をじろじろと見た後、栞里、友美を手招きする。


「集合」


 なにやらヒソヒソと話しだす。漏れ聞こえるのは「応援する?」「まあ良い人だよね」といった台詞。

 そして話がまとまった後、林太郎の背中を強めに押した。


「しゃーない。すずみーとふたりっきりで花火見に行きなよ」

「お礼はまた学校でね」

「泣かせないでよー?」

「え、いや……そんなんじゃ……」

「じゃ後は若いお二人で〜」

「え、なんで?」


 流れを断ち切り、薄墨は小首をかしげる。


「せっかくまた会えたんだから一緒に見ようよ」


 何も察していない無垢な表情。残っていた唐揚げを食べ始める始末。

 九羽香は憐れむように、ぽんと林太郎の肩に手を置く。


「こいつぁ強敵だぜ……ま、諦めなきゃいつか叶うさ」

「うん……」

「なんの話?」


 疲れたような笑いを浮かべる林太郎。生温かい同情の視線がいたたまれない様子だ。


 また花火があがった。暗い空に映える鮮やかな色は、祭りの喧騒を一瞬止める。

 しかし薄墨の手は唐揚げを食べ進る事を止めない。興味は食べ物にしか向いていなかった。周りが和やかに笑う。

 つられた薄墨も理由を理解しないまま笑顔に。祭りの賑わいを盛り上げていた。


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