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お稲荷さんちのアライグマ  作者: 右中桂示


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18/20

アライグマと下請け

 夏の日差しが朝から地上を焼く。今年もやはり暑い。水場の涼は貴重な癒やしだが、激しい水音が静かな風景を荒らしている。


 薄墨は掴み取ったザリガニをじっと眺め、不満げに呟いた。


「これも楽しいけどお……」


 グレーのふわふわした髪。山吹色の健康的な水着。髪と同じ色をした縞模様の尻尾が水面に浮かぶ。

 彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。稲荷神社を荒らした罰として毎日働かされている。



 薄墨は以前も神使に頼まれ、溜め池でアメリカザリガニなどの外来種の捕獲を行なっていた。今回は水が綺麗な川なのが救いか。

 外来種は捕獲し、在来種は残す。事前に渡された表を見比べては選別するのがまた面倒。

 アライグマは元々水辺で狩りをする習性がある。人間になった今でもその名残はあり、遊び感覚で楽しめる。しかし自分からやる場合と、仕事としてやらされる場合とではやる気が変わる。今は気分ではなかった。それでもやらなければ報酬がない。


 渋面で仕事を続けようとすると、背後から異音。

 近くに置いておいたクーラーボックス、休憩時に飲食する物を入れたそれに、なにやら影が重なっている。


「あ、コラ!」


 振り返ればアライグマがクーラーボックスを漁っていた。薄墨の声を聞くなり逃げたので、捕まえようと全速力で走る。


『シイット! 見つかっちまったか!』


 度々出くわす、うるさくて迷惑な同族。この機会に確保したかったが、あっという間に木々の合間に逃げてしまった。

 見えない行き先を睨み、低く呟く。


「むう。今度こそお金にしたかったのに……」

『なんか良い匂いする?』

『あっ人間……じゃない?』


 その睨んでいた辺りから、代わりのようにアライグマがわらわらと出てきた。普段から狩り場にしているらしい。

 持ち込んだスナック菓子の匂いにつられてきたようだ。

 困った事態。追い払うのも面倒。

 だが、逆に利用できる、と薄墨は思いつく。


「言う事聞いてくれたらすごいおやつあげるけど?」

『おやつ? おやつ?』


 クーラーボックスの中にはペットボトルとスナック菓子、袋が破られてしまったがまだ大丈夫だろう。一つつまんで同族に示す。


「これ! 良い匂いでね、森の中じゃ食べられんないすっごいやつ!」

『食べたい!』


 鳴き声が騒がしく応えた。手応えに満足して薄墨は頷く。


 そしていい話を聞きつけ、更にアライグマが乱入。合計八匹。

 外来種の繁殖が進んでいるようだ。神使が頭を抱えるような数だろうか。

 しかし薄墨はそんな事気にしない。


「よーし、突撃ー!」


 獲っていい生き物と獲ってはいけない生き物、それを破るとおやつは無しとしっかり説明。高らかな号令でアライグマの群れが水の中へ。

 ザリガニやブラックバスが次々仕留められていく。


 一方で薄墨はレジャーシートにだらりと寝転がる。


「うーん、楽ちん」


 他のアライグマが水場を縦横無尽に暴れ、狩りをする中、一人平穏。

 時折仲間のルール違反を警戒しつつものんびりと過ごす。

 空は清々しい青。勢いの良過ぎる水飛沫を浴びてぼーっとするのも気持ちが良い。木陰に陣どっているので暑さも気にならない。


 しかし、段々と飽きてきた。


「……楽しそうだなー」


 同族の様子をじーっと見つめる。

 水場でバシャバシャする彼らの方が楽しいのではないかと思えてきた。鳴き声は遊びに誘うよう。

 体がウズウズとしてくる。手足も尻尾も無意識に動く。野生動物の本能か。あれだけ不満だった作業が、今では魅力的に思えてきた。


 そして遂に耐え切れなくなった。


「やっぱりあたしもやるー!」


 シートを蹴っ飛ばし、ザブンと水に飛び込む。

 水中で目を開けば、心躍る光景が広がる。光射す中に、仲間と獲物がたくさん。素早く器用に動いてザリガニを掴み取り。周りと競い合い、奪い合いになりながら、狩る。

 騒がしい時間はあっという間に過ぎていった。




 そうして数時間。日が昇りきって暑さも増した昼頃。

 

 やってきたのは、整った顔立ちで神職らしき服装の男性。その正体は稲荷神社の神使たるキツネ。薄墨を人の姿に変えた張本人だ。


「ちゃんと仕事をしましたか。またスイカを用意して……んん? なんですか、このアライグマの数は」

『ぎゃあ人間だ!』

『人間? なんか匂いが変!』


 水辺にアライグマが群れる様子を神使が見て戸惑う。アライグマ達も疲れていたが、怪しい存在に警戒を高めた。

 薄墨だけがテンション高く声をあげる。


「皆の分もおやつちょうだい! ほら、こんだけとったんだし!」

「いや確かに凄い量ですが……」

「ちょうだいよー」

「いえ、だからといって……」


 神使は眉間にしわを寄せて葛藤。外来種に餌を与えるのは愚行だと日頃言っている事もあり断りたいのが本音なのだろう。しかし手懐けられるのなら悪くないかもしれない。

 やがて神使は眉間のしわを緩めると、溜め息を吐いて認めた。


「……分かりました。冷やしてあるのは一玉だけですし、すぐに買ってきますよ」

「スイカだけじゃなくておやつもほしい!」

「……それも用意しますよ。ただし! 少し契約で行動を縛らせてもらうのが条件です」

「わーい!」

『わー!』


 後半は全く聞いていないアライグマ達。いずれ訪れる不自由な未来より素晴らしい現在が優先だった。神使の企みなど考えもしない。彼が一旦去ったらパチャパチャと呑気に遊び出す。


 その後戻ってきた神使に群がり、報酬を味わう。我先にとぎゅうぎゅうになりながらスイカやおやつを堪能。

 比較的涼しい川辺と甘い味覚。薄墨は同族に囲まれながら、至福の夏を楽しんだのだった。

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