アライグマとお花見
晴れた空に輝く太陽、春の陽気は既に暑いくらい。桜の時期もやや早かった。
桜並木が自慢の公園は花見の会場として賑わっていた。老若男女が集まりそれぞれに楽しむ様は更に空気をぽかぽかと温める。
薄墨は風呂敷包みを抱えて花見会場を歩いていた。
男女数人が座るブルーシートに包みを降ろすと、その上にぐったりと覆い被さる。
「ぐわー、重かったー」
「お疲れ様、薄墨ちゃん。唐揚げ食べる?」
「食べる!」
薄墨は疲れた様子から一転。先客の女性から爪楊枝の刺さった唐揚げを受け取ると大きな一口。ガツガツと頬張りもぐもぐと味わう。
グレーのふわふわした髪、服装はカーディガンにショートパンツ。髪と同じ色をした縞模様の尻尾が揺れる。
彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。
食べ物に夢中な薄墨に、ニコニコと見守る女性は追加の唐揚げも勧める。飛びつくように取ろうとした薄墨の手だが、横から伸びてきた手に押さえられた。
「こら薄墨。挨拶が先でしょう」
「ふぃさしふひー」
「ちゃんと飲み込んでからにしなさい」
「私は別に気にしないのに」
「甘やかすとロクな事になりませんから」
生真面目な顔をして応じたのは、整った顔立ちで着物の男性。その正体は稲荷神社の神使たるキツネ。神社を荒らしたアライグマに薄墨と名を付けて人の姿に変えた張本人だ。
そして女性もまた人間に化けたキツネだ。名前は叶穂。過去稲荷神社で結婚式を挙げている。
彼女に寄り添うように、眼鏡をかけた細身の男性が進み出てきた。
「ご無沙汰しております」
「いえいえ、こちらこそお招きありがとうございます」
神使と礼儀正しく挨拶を交わすと、彼は薄墨に目を向けた。
「妻がお世話になっております。頼也といいいます。何度か家には遊びに来てくれたようですが、なかなかタイミングが合いませんでしたね」
「結婚式の時に会ってるわよね」
「うん。よろしく」
にこやかな頼也に対して薄墨は淡白な態度で挨拶を済ませる。
花嫁と花婿の姿は覚えていても、それだけ。叶穂とは仲良くなったしその夫なら信用できるが、それ以上に唐揚げに未練があった。
が、頼也が箱を差し出してくると一変。中身の弁当に釘付けとなった。
「良かったらお好きなだけどうぞ」
「わーい」
よそよそしい態度は消えて朗らかに。食べっぷりを夫婦は喜び、神使も呆れた様子で見守る。
後から残りの男女も話に加わってきた。
「君が噂のアライグマちゃんか」
「ちなみにだけど、実は私達もキツネね」
それを聞いた途端。薄墨の食べる手が止まり、警戒の顔つきで固まる。
「キツネに囲まれた……!」
「敵ではないですよ」
「そうそう。神使さんも意地悪じゃないでしょう?」
「えー。これ重かったよー?」
「私だって荷物がありましたからね」
神使は半眼で指摘。彼もクーラーボックスを運んでいたのだ。
とはいえ苦言は諦めて包みをほどき、重箱の蓋を開く。中には稲荷寿司が詰まっている。やはりキツネ達の反応は大きく神使も自慢げだ。
クーラーボックスには飲み物。ソフトドリンクとアルコールをそれぞれに持ち、改めて全員で乾杯。
明るい声が花見会場に混ざっていった。
桜は華やかで、宴会の最中でも自然と目に入り意識する。風に乗った花びらが紙コップに落ちれば尚更。
賑やかな喧騒も淡い美しさの只中なら上品に見えるか。自然の色と人の色が合わさって一つの場を作る。
キツネ達の一行は各々の近況や稲荷寿司について語っていた。アルコールも入って随分上機嫌。
そんな中、薄墨は黙々と食事を続ける。気付いた叶穂が気遣わしげに寄ってきた。
「ごめんなさい、寂しかったかしら」
「美味しいから全然いいよー」
「ありがとうね」
薄墨のそれは間違いない本音。桜もお喋りも食欲より下。花より団子そのもの。
和やかに微笑み、叶穂は首をかしげる。
「ところで、前話した事覚えてる?」
「どれ?」
「仲間が増えたら嬉しいって話」
彼女は種族の差を乗り越えて結ばれた。薄墨にもそんな関係があればいいと思っているのだ。
薄墨は軽やかに答える。
「友達ならいるよ。アライグマなの知ってても気にしないの」
「良い子達なのね?」
「うん、楽しいよ!」
ならこれ以上はお節介かしらね、と叶穂は苦笑。稲荷寿司を一つつまみ、幸せそうに笑った。柔らかい風が桜を静かに揺らす。
「あたしも聞きたい事あるんだけど、いい?」
「なあに?」
「もっと食べ物増やしてもいいよね? あれとか」
薄墨が指差すのはキッチンカーだ。散々食べてもまだまだ足りないらしい。横で様子を窺っていた神使は溜め息を吐く。
「はいはい。行っても構いませんよ」
「わーい」
子供のように元気に駆け出す薄墨。
しばらくすると、焼きそばとハンバーガーの袋を肘にかけ、フランクフルトとクレープを両手に携えて戻ってきた。
神使は腕を組んで渋い顔となった。
「欲張らず一つずつ順番に買ってきなさい」
「えーやだー」
苦言も気にせず早速食べ始め、少し花見仲間にも分ける。
微笑ましい空気は膨らむばかり。桜の木も歓迎しているかのよう。
春。心弾む季節を満喫するのだった。




