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国中に手配書が回ったのは、それから半日も経たないうちだった。
茶色い肩までの髪に、深緑の瞳。
小柄な青年の姿の大罪人は、第三皇子暗殺未遂の咎により追われていた。
彼の皇子は未だ昏睡状態にあり、目覚めない。
「こいつなら、たまに町に降りてくるぜ」
青年が目撃された近隣の小さな町のうちの一つで、誰かが声を上げた。
人口の少ない町の中で、よそ者の青年に対する記憶は思いのほか鮮明だった。
ぼつりぼつりとその噂は人口を介し、やがて王都から派遣された警備隊の耳に届く。
「隊長、手配人の男はこの付近に住んでいるようです」
町の噂を耳にし、住人への聞き込みを終えた部下が戻ってきた。
警備隊の詰め所は、比較的大きな都市にのみ存在する。
それぞれの小さな町や村の安全は、自警団が守っている。
しかし皇子暗殺未遂という大事件に伴い、事件のあった周辺の村や町の各場所に臨時の詰め所が設置された。そこには王都から特別に派遣された精鋭たちが数名詰めていた。
少し離れた町から噂の町へと出張してきた警備隊の隊長であるスルギは、部下の報告に双眸を鋭くした。
「なるほど。しかしやつが現れるのは年に数回、下手すると数年に1回だということか」
「はい、最後に現れたのは3カ月前だそうです」
「手配書が出回ったのを知っていれば、もう逃げているかもしれんな」
「その可能性もあります。ですが、周りは山。手配書が出回り、国境や町の出入り口に検問が敷かれたのが事件から数日も経たないことを考えれば、国内のどこかにいるのではないでしょうか」
「ああ、そうだろうな」
スルギは顎に手を当て、思案する。
決断を下す際の癖でもあった。
「山狩りをするか。年に数回という機会を待つのも馬鹿らしい」
「ええ、相当の人員は要りますが、一挙に片づけてしまったほうがよいでしょうし」
「お待ちください…!」
入り口が騒がしい。
「おい、どうした?」
スルギが呼びかけた答えを聞くよりも早く、上質な衣装をまとった男が現れた。
「すでに宰相に三千の警備隊動員を要請する早馬を出している」
第三皇子の腹心にして、帝国侯爵である男だった。
手配書を回した責任者に彼の名が記されている。
「シュタイン候、貴方が自ら指揮を?」
スルギの言葉に、イグリス=ゼ=シュタインは絶対零度の冷たい視線を向ける。
実際にはそれはスルギに向けられたものではなく、これから捕えようとする暗殺者に向かったものだ。
「本来ならば、殿下のお傍に控えてお目覚めをお待ちするのが私の役目だというのだろう」
「いえ、そう言ったつもりは……」
「ふん、顔に書いてある」
氷色の目で一瞥し、イグリスは激情を露わにした。
「だが、どうしても奴を他人任せにはしておけぬ。この手で捕えて八つ裂きにしてくれる」
キースハルト至上主義であるイグリスには、主君を傷つけた存在は決して許せないものだ。
普段の冷静沈着な佇まいを保ちながら、全身から立ち昇る空気は凍りつくほどに冷たい。
氷の炎に周囲の者は思わず後ずさる。
「……生け捕りにしてくださいよ。皇子がお目覚めになるまでは生かしておく必要がありますから」
「言われずともわかっている。まあ、多少乱暴に扱うかも知れんが」
その返答にスルギは内心、溜息をついた。
「幸い近隣の町や村の一つずつに数名の警備隊が配置されています。王都からの援軍を待ちつつ、先に動員をかけ、じわじわと山の周囲に隊員を集めますよ」
「にしても……ずいぶんと頼りない顔をした暗殺者だな」
そう、スルギは独りごちた。
手元にあるのは、犯人の人相が描かれた手配書。
髪と目の色と背格好のみの当初の大雑把な似顔絵ではなく、町の人間の記憶から辿ったかなり正確だろうと思われるものだ。
平凡な顔立ちの中、その深緑の目だけが吸引力を放つ。
色が問題ではなく、その澄んだ目の輝きが人を惹きつける。だからこそ、ここまで町の人間の記憶に残ってしまったのだろう。
少年というには大人びていて、青年というには華奢な感が拭えない。
到底、悪人には見えない顔だった。
”犯人”と断定し、これほど大々的に探すからにはしっかりとした証拠があるのが望ましいが、そうでもない場合が多いことをスルギは知っている。
だからと言って政治的判断に口出すつもりも権限も持ち合わせてはいない。自分たちはただ下された命令を実行するだけだ。
「せめて生け捕りにできればいいが」
厳つい容貌の割に意外と理知的といわれる隊長は少しだけ、犯人ではないかもしれない青年の身を案じた。




