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神様……  作者: はるひ
第一章 出会い

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1

 誰の愛もいらなかった


 ただ、あなたのそばにいられるのならば


 何も

 何一つ

 望まなかったのに








 空はラベンダー色をしていた。

 美しくて物悲しい、憧憬の色。

 焦がれて止まない、あの人の色。



 緑そよぐ草原と空は地平線で交わり、あたかも世界全体が花畑のようだった。

 それは、夕刻になった合図。


 薄黄色の太陽が沈むにつれ、空は限りなく漆黒に近い紫に変わっていくだろう。


 上空を仰ぎ、はたはたとシャツをはためかせていた少女は、踵を返す。

 ただ己一人を待つ我が家へと。






 イチカの一日は夜明けとともに始まる。


 空が薄らと明るいピンク色に染まり始める中、イチカは粗末なベッドから起きだす。


 卵を産む鶏に餌をやり、乳を恵んでくれるヤギには藁を与える。

 そして、小さな家の前に作られた、小さな畑に水をやる。

 水は近くの小川から汲んでこなければいけない。

 桶を両手に、イチカは小川へと向かう。

 川は、イチカの家から歩いて10分ほどした所にあった。



 森の中に入りしばらく行くと、水の流れる澄んだ音が聞こえてくる。

 その頃になると、木々の間から見える空はごくごく薄い、白っぽい紫色に変っている。

 季節が夏であれば、イチカはそこで手早く水浴を済ます。

 誰かに見られている心配はない。

 この地に住み始めてから、一度として他人に遭ったことはない。


 2つの桶をいっぱいにして、よろよろしながら我が家に戻ると、イチカは水やりを始める。野菜はイチカの腹を満たしてくれる分だけ育てている。

 全てが自給自足の生活なのだ。


 服がほしければ、近くに自生する麻を干して繊維をとり、機織(はたお)り機で生地を作る。そこから同じように繊維を()って作った糸と、手作りの針で縫っていく。

 冬ならば森に入り、獣を狩って毛皮を手に入れるのもいい。


 昔は自分で服など作れなかったし、裁縫もあまり得意ではなかった。

 けれどある人に教えられ、イチカは一人で生活できる力をすべて身に付けた。


 山を下れば町があるのは知っていたが、大人の足で5時間はかかる。

 天候の影響で作物の生育がよくなく、本当に食糧が尽きたときにだけ、イチカは町に降りる。それ以外は、イチカには町に行く必要も、行きたいという気もなかった。



 朝の一仕事を終え、イチカはようやく朝食の用意に取り掛かる。

 庭で採れたかぶらを煮込んだスープと、小麦をこねて焼いたパン。

 本当ならお米が好きだったが、この地には育たない。

 採れたての卵で作った目玉焼きをパンの上にのせ、ヤギのミルクを用意する。


 当然、イチカは一人っきりなので会話はない。

 ただ、まったく話さずにいるとしゃべれなくなるとは聞いていたので、イチカは毎日、鶏に話しかけたり、ヤギに話しかけたり、はたまた本を朗読したり、声を出すように努めている。



 また、身体もなまるといけないので、昼間は庭先で剣術の稽古もかかさない。

 相手のいない稽古は、素振りという名の運動で終わるのだが。


 暇なときは弓矢を作ったりして、冬に必要になるだろう弓矢の稽古もする。

 イチカの腕前は、自己評価では相当なものだ。

 それも、第三者の目で評価をしてくれる人がいないので仕方がない。






 人はこのような存在を、世捨て人という。




 彼女の容貌は中の中。

 ただ一つ人目を惹くとすれば、それは奥深い緑の()だ。

 平凡な顔に浮かぶその瞳は切れ長で、星を浮かべたように煌めき、惹き込まれる。そこだけならば端正といってもいい。

 あとは細身で、女性というには貧弱な身体。

 肩まである茶色い髪は、無造作に一つに縛られている。

 イチカが女性らしく髪を伸ばしているというわけではなく、ただ単にそれが彼女が自分で切りやすい長さだというだけだ。




「チチチッ」

「ああ、ハチ。今日も来たの?」


 ひとつ忘れていた。

 彼女の唯一の友達、クマリスのハチ。

 飼っているわけではないのだが、朝食が終わるころに毎日彼女のもとに現れ、一日を彼女のもとですごす不思議な森の動物がいる。リスという名が付くのに、小鳥のような外見をしている。


 ある人の話によると、クマリスはその名に反して身体は大きくならず、そして長寿の生き物なのだという。人の言うことを理解できる、犬並みの知能も持っているらしい。

 だからイチカは気まぐれにハチと名付けた。

 抵抗しないところをみると、相手もその名を気に入っているようだ。



「ハチ聞いてよ、今日さー、鶏の卵3個もゲットしたんだよ。すごくない?」

 イチカはここぞとばかりに、ハチを話相手にする。

 もちろん、ハチからの相槌はない。



 これが、イチカの日常。

 ただ淡々と続いていく。

 きっと、死ぬまで。

  幸せでも不幸でもない、そんな生活。


 そう信じて疑わなかった日々が、もうすぐ終わりを迎えることを、彼女は知らない。

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