第二十一話 拭えぬ失態
ラピスとベリルをデルウェイに連れ帰ってひと月程が過ぎた。
ラピスは命令を受けた時に限り俺の元に現れるが、その時も終始不機嫌でいる。
逆にベリルの方は用事がなくても俺の家に入り浸っている。
足のない無力な自分は誰かの庇護を必要とする。
姉の元にいれば彼女は自由に動けなくて、ジェイドの命令の妨げになる。
そうベリルが言ったので俺は奴が俺のそばにいることを受け入れた。
もっとも、ベリルが近くにいるのは悪いことではない。
ラピスとともにコキュートス全土を旅してきた奴の知識はこの町の誰よりも広く深い。
ベリルは俺の教師であり、話し相手ともなった。
おかげで退屈が紛れた。
「ジェイドは自分のことをあまり話さないな」
「どうしたんだよ、藪から棒に」
「少しは仲良くなれたと思ったからね。
ここらへんで君のことを知っておきたくて」
ベイルは微笑を浮かべながら俺のベッドに腰掛けている。
椅子に座らせると転がり落ちそうで見ているこっちが落ち着かないからな。
「何が聞きたい?」
「たくさんある。
魔界に来たのは最近だと言っていたね。
それまでどこで暮らしていたんだ?
マリアーヌで只人の目逃れるために隠れ潜んでいたのかい?
その頃、君は一人だったのかい?
何故、こちらにやってきた?
どうして魔王連中にケンカを売っている?」
「ベラベラとやかましいやつだな」
「普段と変わらないよ。
君は喋るのが苦手かい?
女を口説くのに必須の能力だよ」
「ラピスがそこに座っているならいくらでも喋ってやる」
「姉さんは手強いよ。
力でねじ伏せることができる奴は世界中探せばそれなりにいるだろうが、口説き落とすことができる奴がいるとは思えない」
「だな」
俺とベリルは小さく笑いあった。
「ここに来る前……俺は小さな島で暮らしていた。
そこに住んでいたのは俺と弟と妹……それから両親代わりの男と女だ」
「両親代わり?」
「本当の両親は5年前に俺達をおいて島を出ていった。
どこに行ったのかも分からない。
俺達兄弟はその両親を探すために島の外に出た。
だが、広いこの世界で人を探し出すのは普通にやってたんじゃ難しい。
人探しに適した力を持っている魔族を探し出すために、俺は力を、この魔界における権力を手に入れたい。
こんなところだな」
簡潔に説明したつもりだが、ベリルはやや不満げに眉をひそめる。
「話を膨らませようって気はないの?」
「ねえよ。昔のことを振り返るのは好きじゃない。
俺は先のことだけを考えている」
「先……か。じゃあ、君は両親を見つけ出したらどうするんだい?
昔住んでいた島に帰るのかい?」
帰る……か。
それは難しいだろう。
俺はクライブを殺した。
見ていたやつはいないし、奴の死体もすでに土に還っただろう。
だが、セレナの妙な力で俺のやったことを知る可能性はあるし、そもそもクライブと一緒に島を出た俺が一人で帰ればネイトも追求してくるだろう。
俺は嘘をつきたくない。
形のない耳で嘘をついた奴の心の声を聞くと虫唾が走りそうになる。
嘘っていうのは自らの心を貶し、相手を侮蔑する行為だ。
家族に対してそんなことをしたくない。
「その時になったら考えるさ」
俺はベリルの質問から逃げた。
「ジェイド様、失礼します」
ジブリールが扉を開けて部屋に入ってきた。
息を弾ませて景気の悪そうな顔をしている。
「悪い報告と、非常に悪い報告があります」
「お前からすればだろ。言ってみろ」
俺はジブリールに向き直る。
「10日ほど前……町を出て物資の調達に向かった者たちが帰らぬ者となりました」
「殺されたのか?」
「その者たちの首が町の入口に転がっていました。
明らかに我々への警告……いや、宣戦布告と言っていいでしょう」
なるほど、いままでレーヴァの刺客連中は俺を取り込もうとしていた。
だから、まず交渉から入り決裂したから俺と戦うということになったのだが、まさか戦おうとしていない連中を皆殺しにするとはな。
「いいぜ。受けてやろうじゃん。
で、下手人はどこのどいつだ」
「すみません……そこまでは……
ただ、首の切断面の見事さから剣の腕の立つ者かと」
「ハハハ、ならばそれは朗報だな。
手下どもの死を差し引いてもさ。
ラピスを稽古しているだけじゃ、そろそろ物足りなくなってきたところだ」
俺はウキウキしながらベリルを見ると、ベリルは親指の爪を噛んで渋い顔をし、
「ジブリールさん。もうひとつの報告は」
「こちらが……非常に悪い方になりますが……
レーヴァの片腕とも称される剣王ザクロスが500の兵を連れてこのデルウェイに向かっているとのことです。
早ければ明日にもたどり着くと」
「ザクロスだと!?」
ベリルが驚いた声を上げた。
こいつが驚いたところなんて初めて見た。
「なんだ、知り合いか?」
「ああ……知っているとも!
頼む、ジェイド!
姉さんをどこかに隠してくれ!
いや……遠くに逃すんだ!」
「なんだよ、慌てて。
ラピスとそのザクロスとの間に何か因縁でもあるのか」
俺の問いにベリルは歯ぎしりをする。
珍しく感情があらわになっているな。
よし……
「俺の口からは言えない……」
(俺の口からは言えない……)
ダメか。何度か試したが、どうやらコイツに形のない耳は効かないらしい。
ギフトってヤツも万能ではないみたいだな。
ジブリールが俺達の間に割って入るように口を開く。
「ベリル。ラピスは貴重な戦力だ。
ザクロスの相手をジェイド様が引き受けるにしても、配下の相手をラピスに務めてもらわねば勝ち目がない」
「だそうだ。俺もラピスを手放すつもりはない。
それにしても片腕か……
ククッ! ようやく余裕ぶっていた魔王様も俺のことを無視できなくなったようだな!
魔王レヴィア討伐の前哨戦だ!
派手にかましてやるぜ!」
沈痛な面持ちのベリルを背に俺は高笑いを上げた。
その後、町の戦闘要員50人を集めて、ザクロスとの戦いに向けての作戦会議を行った。
剣王ザクロスが攻めてくるということを聞いて、うろたえるものが多かったが、
「今、俺に叩き切られるのと明日ザクロス相手に討ち死にするのと、どっちでも好きな方を選ばせてやる」
というと、静まり返った。
何人かは心のうちで夜中に逃げ出そうと画策しているようだが、臆病な嘘つきに用はない。
せいぜい好きに野垂れ死ね。
その後、俺は家にいるラピスを俺の部屋に呼び出した。
普段不機嫌そうな顔をぶら下げてやってくる奴が今日はどこか怯えている。
「その様子だとベリルに聞かされたようだな」
「ええ……急いでここから逃げろ、と言われたわ」
ラピスは俺から目をそらし、歯噛みしている。
「でも、お前はここにいる。
やはり俺からもう離れられなくなったか?」
「……フッ」
不機嫌そうな顔を少し緩ませて、鼻で笑った。
「逃げなくて正解だ。
どうせ俺が勝つ。
俺は裏切り者には容赦しない」
「荷物をまとめて逃げる人影を見かけたわよ」
「雑魚は裏切り者にすら値しない。
そういう意味ではお前は特別だからな。
俺を裏切ることは許さない」
「戦力として? それともあなたの筆おろしの相手としてかしら?」
自嘲気味に笑うラピスだが、口元が引きつっている。
まったく、口の減らない女だ。
「いい加減、俺を童貞扱いしてこけ下ろすのはやめろ。
誰だって初めての時はあるだろう。
なのにお前はしつこく童貞童貞とーー」
「私とザクロスの因縁を教えてあげようか」
ラピスはそう言って俺の文句を遮った。
「……聞かせろよ」
俺がそう言うと、ラピスはニヤリと笑った。
なのにその笑顔にはどこか悲しそうな辛そうな感情が見え隠れする。
「童貞のあなたには刺激が強いかもだけど……
ザクロスは私の初めての相手よ」
…………え?
なんだこれ? 胸に穴が空いたみたいに……気持ち悪い……
「へ……へ〜え……
ああ、そうなのか……ふ〜ん」
「目が泳いでるわよ。童貞のボス」
ラピスはベッドに座り込んで挑発的に笑った。
俺の部屋の俺のベッドの上にラピスがいる……
望んでいた状況なのに砂を噛まされているような不快な息苦しさを感じる。
「ち、違うわい! これはお前を女扱いする物好きがいることに驚いているんだよ!
そんな奇特な奴は俺くらいだと思っていたからな!
あ〜あ、俄然やる気になってきた!
そのザクロスって野郎がどれだけの者かーー」
「最低の男よ」
ラピスは冷たく言い放った。
その目には怒りと恐怖が混ざっており、自分自身を抱きしめるように両腕を交差して抱え込んでいる。
「あなたに嘘は通じないのよね。
ベリルが言ってたわ」
「ああ、そうだ。
心を読むのは好きじゃないんだ。
お前の口から聞かせろよ」
俺は威圧するようにラピスを見下ろした。
「10年前……魔王バアルの死後の混乱が魔界全土に広がっていた頃。
4人の魔王がその後継者を僭称して台頭した。
奴らはありとあらゆる点で相容れなかったけど、前王であるバアルの影響力の排除を目指す点は共通していたわ。
奴らはバアルの息のかかった魔族で取り込めなかった者を次々に殺していった。
私達の親もその一人よ。
私はなんとか幼かったベリルを抱えて逃げ出したけれど、しばらくして追手に捕まったわ。
その追手の頭がザクロス……!」
ラピスの語気が荒くなる。
ピリピリとした空気が部屋を包んでいく。
「私達を殺すように奴は命令を受けていた。
だけど、そうはしなかった。
隠れて自分の領地に連れ帰り、ベリルは地下牢に繋がれて……わ……私は……」
ラピスが顔を上げた。
その目はかすかに潤んでいて、驚愕と不吉な確信が胸に押し寄せた。
「何度も……何度も……犯されたわ……
抵抗してもヤツのほうが力が強くて、機嫌を損ねると殴られたり、髪を引き抜かれたり、骨を折られたりしたわ。
悪夢のようだった。
挙げ句、これ以上苛立たせたらベリルを犯してなぶり殺しにしてやるって……」
「わかった。もういい。やめろ」
頭の中が冷えていく。
唇は固くなり、出る言葉は棒読みだ。
「諦めて受け入れるようにしてからも奴は事あるごとに私をいたぶった。
泣いて苦しまないと興奮しないからって。
そのために手下どもを何人も同時にけしかけたり」
「やめろって……! 言っているだろうが!!」
俺は怒鳴った。
何故か、涙がこぼれていた。
痛くもないのに……どうして……
「でも、生きてて今はここにいる。
ベリルが地下牢を脱出して私を助けに来てくれたの。
その時の負傷のせいで、ベリルの足は切り落とすことになってしまったけど」
ラピスは服の胸のあたりを握って立ち上がり、俺に向き合った。
「だから、私はベリルを守りたいの。
あの子が逃げろって言っても最後まで戦いたい。
明日は私も剣を構えるわ」
そう言って、ラピスは俺の頬の涙を指で拭った。
「お優しいのね、ジェイド」
かすかに微笑んで彼女は俺の部屋から出ていった。
部屋に一人取り残された俺の胸のざわめきはおさまらず、再び涙がこぼれた。
後悔していた。
ラピスに過去を話させたことを。
俺が知りたくなかったというのもあるが、それ以上に奴に刻まれた傷口を開いてしまったことを。
「最低だ……俺はッ!!」
怒りに任せてベッドを叩き壊した。
飛び散った木の破片や干し草が宙を舞って床に散りばめられていく。
殺す……殺してやるぜ……
ザクロスッ……!!
自らの失態に対する怒りを転嫁するようにまだ見ぬ敵への殺意に俺は満たされていた。




