第二十話 ラピスとの戦い
※ジェイド視点です
「せあっ!」
ラピスの左腕に握られた細剣から高速の刺突が繰り出される。
かなりの速度だ。威力もそこそこ。手数も多い。
俺は身体を捻りながら刃を避け続ける。
自分の攻撃が一向に当たらないことにラピスは苛立ち、前のめりになりはじめた。
「よっと」
パァンっ! と足を払うとラピスの体が宙に浮く。
「チッ!」
舌打ちをしながらラピスは片手を地面について、きりもみ回転をしながら再び両足を地面につける。
いい体捌きだ。
だけど、
「その程度じゃ俺の剣は抜けねえな」
ラピスの渾身の刺突を剣の柄で受け流し、懐に飛び込んだ。
やや強めにヤツの腹に向かって拳打を叩き込む。
鍛えられた硬い腹筋を歪ませて、体がくの字に曲がって後方に飛んでいった。
「が……ハッ!」
息とともに微量の胃液を吐き出してラピスの動きが止まった。
「どうだ? 降参して俺のモノになる気になったか?」
「たしかに……思った以上にできるわね……
貴様ほどの使い手がどうして不毛の地に近いこんな場所にいるの?
レーヴァかビルガメシュの元に行けば良い待遇で招いてもらえるだろうに」
「冗談! どうして魔王の軍門に降らなくちゃならねえんだ。
俺がこの魔界に来たのはなあ、調子こいた魔王連中全員ぶっ殺してやるためだよ」
俺は宙を仰いで宣言する。
「力こそがすべてみたいな偉そうなこと抜かしているくせに、小競り合いばっかでろくに腰も上げられねえ魔王なんざ魔王じゃねえ。
世界中が敵に回ろうが、自分ひとりの力で全てをねじ伏せ願いを叶える。
それこそが魔王のあるべき姿だ。
そして、俺の目指す在り方だ」
両腕を広げて堂々とのたまう俺の姿に、ラピスはどんな反応するだろうか。
視線を空から奴に下ろすと、その顔は赤く紅潮していた。
おっ、これはもしかして俺の猛々しさに惚れたか?
「……ぷ、ぷ、ぷーーーっ!!
アハハハハハハハハハハ!!
俺の! 目指す! 在り方!!
なに!? 坊や、魔王になりたいの!?
大きな夢を持っておめでたいでちゅね〜」
口をとがらせて笑い続けるラピス……
うん、これは惚れてるとかそういうのじゃあない。
むしろ後退だ。バカなことを言う子供だとあざ笑っている。
……さすがにムカつくな。
「おめでたいのはお前の方だよ。
俺とお前の力の差も分からねえのか。
あんまり怒らせるとひどいことするぞ」
「ひどいこと! ああ、それは恐ろしいわ!
ギャンギャン泣きわめきながらおっぱいチューチュー吸われちゃうのかしら!
ママの代わりをさせられるなんてそれはひどい!」
……まず、このやかましい口を黙らせるか。
地面を踏み鳴らし、ゆっくりとラピスに近づく。
「坊や……魔王のことを知っているの?
レーヴァやビルガメシュよりも遥かに強く偉大だった本当の魔王のことを」
「魔王バアルのことか。
俺の生まれるより前に死んだみたいだし、直接会ったことはないが話は嫌というほど聞かされた」
「あなたはそのバアル王になりたいの?
力を以て魔族たちから争いを取り上げ、人間たちを駆逐し支配するという夢を掲げたあの魔王に憧れているのかしら?」
「別に好きでも嫌いでもないが……だけど、今いる魔王連中よりはマシだと思うぜ。
力を持つものが自分が好む世界を作って何が悪い。」
「……そう。よーくわかった。
あなたもまた、自分の足元の雑草に何の興味も持てない類の者ってことね」
雑草?
足元には踏みつけられ葉がグチャグチャになった草があるだけだ。
意味のわからないことを言う――と、思ったその瞬間。
ピリッと鼻の頭に刺さるような感覚を覚えた。
前方のラピスに目をやると、うつむいて地面を向いたまま、何かを呟いている。
「【命の螺旋に刻まれし追憶の書庫。
木々を駆け巡りしその四肢の靭を卸し給え】」
詠唱? こいつ、魔法も使えるのか!?
身構えたその瞬間、ラピスの体が紫色に発光して爆風のような闘気が発せられた。
ビリビリと大気を震わしているその闘気に本能的な危険を覚える。
「【我は依代】」
ラピスの体が変異していた。
腕に、足に長い黒色の体毛が生え、目の色は黄緑色に輝き、白目がなくなるほど角膜が肥大化している。
頭の中の学習内容を反芻する。
魔族の中にはその身を魔獣に変えることができるものがいる。
魔族が変化した魔獣というのはただの魔獣とは比べ物にならないほど高い力を発揮でき、通常時の10倍近くになる者もいる。
しかし、テイク・オーヴァーの魔法は諸刃の剣。
長い間使い続ければ、理性を完全に失い、元の姿に戻れないまま魔獣として本能のまま殺戮を繰り広げる。
「……ラピスよぉ。
良い隠し玉もってるじゃないか」
フーッフーッ、と鼻息を荒くしているラピスに声をかけてみたが、返事はない。
代わりにとてつもない高速で俺に向かって切りかかってくる。
「ガアアアアアアアアッ!!」
速い!理性が薄れているはずなのに剣の冴えは鋭さを増し的確に俺の急所を狙ってくる。
「チッ!」
たまらず後退するが、すぐ距離は詰められ、高速の剣戟が再び襲いかかる。
目で追うことは出来ない速度にまで高まった剣の嵐を直感を頼りに避ける。
「たいしたもんだな……」
脇腹を抉らんと突き出された剣を身を翻して躱す。
その俺の背中を目掛けて上段から振り下ろされるラピスの剣。
見えない角度からの斬撃。
狂気に因われた目は自身の勝利を映していただろうか。
ガキンっ!
重く甲高い金属音が響き渡った。
背中に差し出した剣でラピスの剣を受け止めた。
「いいぜ、お前には俺の剣を受ける価値がある。
死ぬんじゃねえぞ!!」
ラピスの剣を跳ね上げる。
そのスキに振り返り、剣を右手に構える。
すぐさま体勢を立て直したラピスの剣が俺を襲う。
ガキン、ガキン! と鈍い音をたてながら剣は火花を散らす。
次第にラピスの息が上がってきた。
たしかに腕力も剣の冴えも中々のものだが、別に俺を上回るってほどじゃない。
ネイトとどっこいどっこいといったところか。
女の身でそこまでやれるっていうのは十分に凄いことなのかもしれないが……
「戦いに男と女も関係ないからなっ!」
一歩踏み出し、剣を横薙ぎに払う。
ラピスは剣を立てて受け止めるが、あえなくふっ飛ばされる。
剣に込めているパワーが違うんだ。
俺は自分の筋力に加え、内包する魔力を身体強化に注ぎ込んでいる。
この技術はリンネに叩き込まれた。
非力な只人が強靭な肉体を誇る魔族や魔物と戦うのに必須の基本技術だが、元々魔族に近い肉体を持っている俺がそれを使いこなせば、それはもはや奥義の域に達する。
転がり土だらけになりながらもラピスは果敢に攻め込んでくる。
それを真っ向から受け止め、何度も繰り返し吹き飛ばす。
斬撃の直撃はなくともじわじわとラピスの力が失われていく。
「グガアアアアアアアア!!」
ラピスが吠えた。
地面を割るように蹴り、俺の目の前に飛び込んで――ツっ!!
足で地面の土を蹴り上げやがった!
細かい土の散弾が俺の目に入る。目潰しか!
思わずまぶたを閉じてしまう。
「ガアアッ!!」
閉ざされた視界の中でラピスの叫び声が聞こえる。
それで十分だ。
叫び声一つであっても、放たれるタイミング、剣の軌道、その速度が【形のない耳】を通して伝わってくる。
「でやあああああああっ!!」
脳内にはじき出された演算結果をなぞるようにフレアキスを振り払った。
バキィィィィン!
金属が割れる音がした。
目を服の袖で拭い、目の前にいるラピスを見る。
剣は折られ、ボロ布のような服の胸の辺りが派手に破れてしまったが、幸い体に刃は届かなかったようだ。
「よかった……せっかくの獲物を傷物にしたくはなかったからな」
「グルルゥゥゥ……」
剣が折られたことに戸惑いは見せているようだが心は折れていないようだ。
まったく、どこまでも俺の期待を超えてくれる女だ。
尊敬すら覚える……
尊敬……か。
ただヤリたい一心で追いかけてきた女にそんな感情を抱くなんて。
だが、悪い気分じゃない。
この感情は俺の知らなかったものでラピスが引きずり出してくれたものだ。
「父さんや母さんもそうだったのかな……」
ポツリと呟いてしまう。
一瞬、俺の殺気が薄れたのを嗅ぎつけてラピスが喉元を噛み切ろうと飛びかかってきた。
だが、その程度じゃ不意打ちにはならない。
逆に首根っこを掴んで、勢いよく地面に叩きつけてやった。
「が………ハッ………」
意識を失ったラピスの魔獣化は解け、地面に大の字になって眠ったように動かない。
「久しぶりに楽しかったぜ」
本気を出すまでには至らなかったが、それなりに体も動かせたし楽しかった。
とりあえず担いで連れて帰るか。
と、服の首元を掴んで持ち上げようとしたら、ビリリっと音がしてさっき切れこみが入った部分から服が大きく裂けた。
あーあ、やっちまった。
こんなボロ布着てるから悪いんだよ。
ちっとはマシな服を手下どもに用意させ…………あっ!
避けた服の隙間からラピスの乳房が見えた。
町のサキュバスどもに比べれば小ぶりだが、青い果実のように張りがあって丘のような形をしている。
もともと、そのつもりでここに来たはずなのにいざ実物を目の前にすると、胸が苦しくそわそわして落ち着かない。
……もう、ここでおっぱじめるか?
起きたら絶対抵抗するだろうし。
無理やりってのも気分いいものじゃないしな。
でも、意識がないだけで俺が好き勝手やっちまったらそれは無理やりと変わらないのでは……
じーーーっとラピスの服の隙間を凝視しながら考え込む。
その姿は傍から見れば不審極まりないだろう。
「悩むくらいならやめときなよ」
いきなり声をかけられて、悪さをして咎められた時のようにビクリとする。
声をかけてきたのは、ベリル……とかラピスが呼んでたやつだ。
両手を地面に付きながらヨタヨタとこちらに近づいてくる。
「君は強い。姉さんがこんなに一方的にやられるのを見たのは久しぶりだ」
「なんだよ、前にも負けたことあるのかよ」
「そりゃあね。姉さんだって生まれた時から強かったんじゃない。
毎日毎日、苦しい思いをしながら鍛え上げてここまでたどり着いたんだ。
僕を守るためにね」
弟を守る……ね。
「見逃してはもらえないかな?
姉さんがいなくなったら僕が困る。
見ての通り、ろくに狩りもできない体だからね。
餓死すること間違いなしだ」
「餓死するならそれまでの命だってことだ。
俺の知ったことじゃない」
俺は冷たく言い放つが、ベリルは微笑んでいる。
「わざわざ言わせないでよ。
君にそういうことは向いていないよ。
プライドが高くて、結果より過程を楽しむタイプだ。
短絡的に女を犯して満足できる奴じゃないだろう」
「俺を測るか? 足なし野郎」
ベリルに近づいて、威圧するように顔を覗き込む。
相変わらず、表情は笑みを崩さない。
何を考えてんだコイツは?
試しに、耳を開いてみるか……
(……その耳、便利そうだね)
「その耳、便利そうだね」
「な……っ!?」
コイツ、形のない耳に気づいている!?
「珍しいギフトだね。
だけど、僕には通用しない」
「ギフト? これは魔法じゃ」
「違うね。これが魔法なら魔力の反応がある。
君は意図的に魔力の出力を封じているだろう。
身体強化みたいな内包魔力の循環だけで他人の精神に干渉するなんて不可能だ」
思わず息を呑んだ。
まるで俺の心を読まれているようで……
「まさか、お前も同じような力を」
「さあ。それはどうかな。
でも、僕がただの役立たずでないことくらいは分かるだろう。
そこでだ」
ベリルは真剣な目で俺を見つめ、口を開く。
「取引をしよう。
君は姉さんにむりやりひどいことをしない。
そのかわり、僕と姉さんは君に力を貸そう。
デルウェイの民すべてよりも僕と姉さんのほうが君にとって価値のある人材だ。
悪くない条件だと思うよ」
媚びる様子もなく、かといって虚勢を張っている様子でもない。
目の前の立てもしない貧弱な男が大きく見える。
だが、この男の狙いは分かる。
コイツはラピスを守りたいんだろう。
俺の気分によっちゃ一瞬で殺されることを知りながらもこうやってまっすぐに俺の目を見て立ちはだかっている。
「ったく……姉弟揃って食えねえ奴らだ」
俺は肩の力を抜いて、宙を仰いだ。
「いいぜ。どうせ暇つぶしのつもりでちょっかいをかけたんだ。
長い目で見りゃ役に立つ駒が増えるのは悪くねえ」
「交渉成立だ」
ベリルが俺に手を差し出してきた。
地面を歩いてきた手は土で汚れている。
「言っておくが、使えねえやつや歯向かうやつにかける情はねえ。
テメエと姉さんを守りたいのなら死ぬ気で役に立つことだな」
そう言って、奴の手を握った。
「う……うん……」
呻き声を上げながらラピスが目を覚ました。
首をねじって俺の顔を見ると、弾かれたように起き上がる。
が、破れた胸元の布がハラリと落ちる。
「キャ……っんっ!」
顔を赤らめながら胸元を隠し、歯を食いしばりながら俺を睨みつけている。
「そんな怖い顔するなよ。
お前が眠っている間にベリルと話はつけた。
二人とも今日から俺の手下だ」
ラピスは怪訝そうな目でベリルを見つめる。
「ジェイドの言うとおり。
僕たちが役立つ手下である限り、姉さんにも僕にも危害は加えないってさ」
「そういうこった。
でも、まあお前が俺にケツ振っておねだりしてきたら抱いてやってもいいぜ。
それなら無理やりってことにはならないしな」
勝ち誇るように俺は笑ってやった。
すると、ラピスはため息を付いて胸元を押さえたまま、俺のもとに近づいて……そして、
「……死ねえっ!!」
ラピスの膝蹴りが俺の股間の急所に直撃した!
「ふっぐおぉぉぉぉぉ!!」
今まで感じたことのない類の痛みに俺は地面をのたうち回って悶え苦しんだ。
「このバカ! クソガキッ!
死ねっ! とにかく死ねっ!」
顔を真赤にしながら俺を罵倒するラピス。
それをベリルが「まあまあ」なんて言ってなだめている。
「このクソ女っ……ぶっ殺されたいのか!?」
「あーら、偉大なるジェイド様は約束を簡単に違える御方なのかしら?」
「約束ぅ!?」
頭に血が上っている俺に冷水をかけるようにラピスは不敵に笑う。
「『役に立つ限り、危害は加えない』
そうベリルと約束したんでしょう?
まさか裏切るつもりだと?」
く……く……クソおんなぁぁぁぁぁぁぁ!!
「まさか……この俺が約束を破るわけなんてないだろう……
このケリは握手代わりってことにしてやる。
手元に置いてテメエの働きぶりをみせてもらうからよお!
使えねえ真似しやがったら分かってるんだろうなあ!」
「ハイハイ、マイマスター」
気だるそうに小指で耳の穴を掻いてやがる……
とんでもねえ手下がいたもんだ。
ああ、それにしても股間が痛え……
この借りは絶対カラダで払わせてやる!!
と、股間を押さえ悶え苦しみながら決意するのだった。




