第十九話 欲求不満
※ジェイド視点です。
ああ……くだらねえ。
俺は魔王の直臣を名乗る鳥頭の魔族の頭を踏みつけながらため息を付いた。
そいつに連れられた同族の兵士どもが遠巻きに俺を見つめている。
形のない耳を開くまでもなく、そいつらが怯えきっているのが分かる。
「魔王に言っておけ。
テメエでかかってこいって。
チマチマ雑魚ばっか送ってくるテメエのケチ臭さにはウンザリだ、ってな」
足に力を込める。
「やめ、やめてくださいっ!!
あなたの強さは十分にわかりましたから!!」
足元で命乞いをする鳥頭に俺は苦笑しながら、
「本気の半分も出させていねえ雑魚が俺を測るんじゃねえよ」
そう言ってヤツの頭を砕いた。
同時に周りの建物から歓声が上がる。
さらに建物の影に潜んでいた俺の手下たちが残った鳥頭の部下たちに一斉に襲いかかった。
「全部殺すなよ。でないと、魔王に俺の強さを伝えるやつがいなくなるからな」
残党狩りの光景を目に入れることもなく俺は自分の家に戻った。
リザードマンの住処から山を超えてたどり着いたのは100人ほどの魔族が住むデルウェイという町だった。
そこには様々な種族の魔族がボスである牛頭の魔族――クライブが言っていたミノタウロスとかいう奴に支配されていたが、あっさりそいつを殺した俺はその支配していた民と町をそのまま手に入れることができた。
しかも、好都合なことに俺が倒したミノタウロスはレヴィアとかいう4人いる魔王の配下だったらしく、数日起きにそのレヴィアの刺客が俺の首を狙ってこの町を攻めてくる。
そいつらをぶち殺す度に俺に対する民の信望は高まった。
俺を狙う刺客の強さも少しずつだが上がってきた。
だが、どいつも到底俺に及ばねえ。
頭でっかちのクライブのほうがまだマシなくらいだ。
どうやら俺の強さは魔族の中でも並外れているらしい。
「ジェイド様、お食事の用意が整いました」
うやうやしく俺に礼を払う男はジブリール。
黒い肌と長い耳、そして薄い水色の髪をしたダークエルフでありこの町のナンバー2だ。
もっとも、襲いかかってくる敵のほとんどは俺が片付けちまうからコイツの仕事は俺の身の回りの世話くらいだがな。
ジブリールが柏手を打つと、ホビットの男どもが動物の肉や野菜を載せた皿を持って現れた。
リザードマンの連中と焼いただけの肉をかじっていた頃に比べればいくらか食生活も文化的なものになったが島にいた頃と比べると雲泥の差だ。
食材もさることながら料理の腕が悪い。
父さんも母さんもリンネも……クライブさえも料理はできたし、俺達兄弟はいつもうまい飯にありつくことができた。
ネイトとセレナはどんなもん食ってるのかなあ……
ふと、弟と妹のことを思い浮かべる。
だが、詮無いことだと振り払った。
「ジェイド様。
ご気分がすぐれない様子ですが」
「まずい飯食って雑魚の相手をさせられて気分が上がる奴がいたら、そいつは羨ましいぐらい幸せものだな」
ペッ、と焦げた肉のかけらを吐き捨てる。
「クローマは紛れもなく、レヴィアの直臣です。
以前、ここを治めていたクノスとは比べ物にならないほど重要な人物です。
次はレヴィアも本格的にあなたを屈服させるべく強力な刺客を送り込んでくるものかと」
「そのレヴィア自身はいつになったら出てくるんだ」
「どうでしょう……
レヴィアは南の魔王ビルガメシュに気を取られている様子ですので。
ジェイド様を襲撃して、その脇腹を突かれるのを恐れているように思います」
「魔王だなんていうくせに臆病で慎重なこったな。
くだらねえ……」
俺はベッドの上に大の字に寝そべった。
「お暇でしたら、戦い以外のことに目を向けてみては?
そう、たとえば子作りとか」
ジブリールはニヤつきながらそう言った。
この町には女が5人いる。
サキュバスと呼ばれる淫魔の類だ。
俺がこの町を支配することになった時にジブリールからそいつらのいる館を紹介された。
生臭い匂いを消すために香木が焚かれ、薬のような果実のようななんとも言えない甘ったるい匂いが立ち込めたその館はサキュバスどもの身体を好き放題に弄り回していい場所……つまり性欲の処理場だった。
俺の目の前で男の魔族どもがサキュバスと身体を重ね合わせていた。
嬉しいとも苦しいとも取れる歪な鳴き声を上げる裸のサキュバスの姿に思わず息を呑んだのは言うまでもない。
ジブリールは俺に好きな女を持ち帰って構わないと言ってくれた。
だが、
「お前らのお下がりなんかゴメンだ」
この一言に尽きる。
魔界には女が少ない。
これはクライブから得ていた事前情報通りだ。
大抵の場合、女は権力者の支配下におかれ、繁殖や欲求の処理に使われる。
もしくは町の男たちの共有財産だ。
便所のように汚され、家畜さながらに堕ちていく。
高い魔力を持った者や権力者の娘などはもう少し丁寧に扱われるみたいだが、そんな奴はここにいない。
要するにここにいるような女どもは島で飼っていたぱいぱいでるみやにくうまこみたいな畜生と変わりがない。
そんなのに夢中になって腰を振るような間抜けな真似はしたくない。
「その割には足繁く通ってその様子を眺めているのだとか」
「他にやることがねえからだよ!
下手にどっか出歩くよりもここにいる方が刺客だの何だのが攻めてくる分、都合がいい。
手近なところで暇をつぶしているだけだ」
「暇をつぶされるならなおのこと自ら愉しまれては。
ここだけの話、配下たちからジェイド様が血走った目で自分たちの交わりを見つめられていると怯え訴えられており」
「お前らの汚え裸を見てるんじゃねえよ!
女どもの方に決まっているだろうが!」
サキュバスの果実のように熟れた乳房や艶めかしい肢体を弄り回すことに興味が無いと言えば嘘になる。
だが、あんな下劣で気色の悪い生き物を抱いてやる気には微塵もならない。
「新品連れてこいよ! 新品!
もちろん俺にふさわしい魔界一の美女だ!
気が強くて腕っぷしも立つが、情が深くて俺のために地の果てまでもついてくるような女。
そういうのを用意しろ!」
無理難題をジブリールにぶつけた俺はフン、と鼻息を吐いた。
ジブリールは顎を撫でるように手をあてて、
「さすがにそこまで細かい条件をつけられると困難ですが……」
真面目かよ、ジブリール。
こっちだって冗談のつもりだぜ。
まあ、本当にそんな女がいるのならいいんだが――
「ある程度条件を満たす者に心当たりがあります」
なにっ!?
俺はベッドから身を起こした。
「ここから東に向かったところにある湖の畔にハグレの魔族が住んでいる小屋があります。
そこにいる女……ラピスという名前です。
人猫の血族と思われる魔族です。
クノスも興味を持っていて、以前、町の者10人ほどで攫いに行ったことがありましたが一人を残して皆殺しにされました。
割に合わないとクノスが手を引いてからは誰もそこには近づきませんが」
「なんだよ、いいネタ持ってんじゃねえか」
俺は跳ね起きてベッドの側に立てかけていた愛剣を掴む。
「ジェイド様……相手はかなりの手練です。
レヴィアからの刺客が送られ続けている今の状況で赴くのは悪手かと」
「バーカ。俺が負けるとでも思ってるのかよ。
今までやってきた刺客とやらも誰一人俺にコイツを抜かせることも出来てねえじゃねえか」
フレアキスをチラつかせるとジブリールは諦めたように肩をすくめる。
「ササッと攫って帰ってくるからよ。
まあ、心配すんな」
俺はジブリールのすぐ横を通り抜ける。
その瞬間、形のない耳を発動させた。
(ラピスを攫ってきて子作りするなら良し。
この方の種ならば強力な子どもが生まれるだろう。
返り討ちにあったのならそれはそれで……
ジェイド様を狙う刺客がやってきた時に、この町を代表してレヴィア様に臣従を誓えば、この町の支配者に私が滑り込めるかも)
やれやれ……
頭の働く奴は忠誠に欠けるな。
かといってバカのリザードマン達じゃクソの役にも立たない。
ままならないもんだ。
俺は部屋のドアを叩きつけるように閉めて東に向かった。
久しぶりにいい暇つぶしができると喜び勇んだ俺は目的の湖まで走っていった。
数時間も経たない内に俺の目の前に緑色に澱んだ湖が姿を現した。
速度を落とし、その縁をなぞるようにゆっくりと歩く。
葉のない石のような木が立ち並ぶ畔をしばらく歩くと、木でできた小屋が見つかった。
目当てのものを見つけた喜びに口元が緩む。
さて、腕自慢の女魔族に一戦お相手願おうか。
地面に落ちた小枝をパキパキと踏み折りながら、進むとその小屋の直ぐ側に人影があることに気づいた。
ラピスか? と思ったがどうやら男のようだ。
俺と似た山羊のような角を持ち、紫がかった銀色の髪と青い瞳をしている。
その容貌が俺にも父さんにも似ていて息を呑む。
だが、覇気のない垂れ目やだらしのない猫背な上に、両足が膝のところでなくなっており、切り株に腰を掛けてぼんやりと湖を眺めている。
その弱々しそうな男がなまじ俺達と同じ特徴を持っていることに不快さを感じた。
まさか、この男がラピスとやらのつがいじゃねえだろうな。
その男に歩み寄ると、そいつは軽く首を曲げてこちらを見た。
「見ない顔だな。同族のようだが」
男は涼やかな声で俺に声をかけてきた。
近くで見ると思った以上に若い。
歳は俺とあまり変わらないのではないか。
首から下はガリガリのくせに丸顔で柔らかそうな頬をしている。
「魔界に来たのはついこないだだからな。
だが、牛頭のデカブツを叩き殺してデルウェイを支配した」
「デルウェイ……クノスを殺ったのか。
へえ、すごいな。
その剣で倒したのかい」
男は穏やかな口調ながらも興味津々といった顔で俺を問いかけてきた。
なんだか、調子が狂うな。
形のない耳を発動させてみたが、喋っている内容と寸分狂いがない。
「バーカ、叩き殺したって言っただろう。
剣を抜くまでもなかったさ。
ヤツの拳に拳を打ち付けて破壊して、蹴りで首の骨をへし折ってやった。
退屈な相手だったぜ」
「ハハハ、退屈か。
そりゃあいい。
痛快な武勇伝を聞くのは心が踊るよ。
まして、君のような少年のものとなれば特にね」
大きな声でもなく、体を震わせているわけでもないのに、男の笑いは心の底から出ているものだと感じた。
ともすれば不気味だが……まあ、いい。
少なくとも不愉快じゃない。
だが、この男を笑わせるためにここに来たんじゃない。
「それはさておき、だ。
ここにいるんだろ。ラピスって女が」
「…………」
男が黙りこくった。
仕方ねえ、形のない耳を――
「姉さん! お客さんだよ!」
俺の虚を突くように男は小屋に向かって呼びかけた。
少しの間を置いて、小屋の扉がゆっくりと開く。
「おっ……」
思わず、声が漏れた。
扉から出てきた女が思いの外、綺麗だったから。
すらりとした長い手足にボロ布のような服の上から分かる胸や尻の大きさは下品でもなく貧相でもなくいい具合だ。
背中のあたりまである髪はろくに手入れもされていないが、夜のような漆黒に目を奪われる。
頭の上に申し訳程度についた小さな猫の耳は幼気で可愛らしいが、その顔は蛇を思わせる鋭さと禍々しさを漂わせている。
だが、悪くねえ。
切れ長の瞳も整った鼻梁も厚めの唇も、俺の胸を高鳴らせる。
ようやく、コッチに来て楽しいと思えることを見つけられそうだ。
ラピスは俺をじっと見てから、舌打ちをして、
「ベリル! 小屋の中にいなさい!」
と叫んだ。
男は何故か微笑んで、
「じゃあ、頑張って口説き落としてよ。
気は強いけど、心を開けば優しい人だよ」
と言って、両手を地面に付き器用に体を小屋まで運んでいった。
小屋の扉が閉まると、同時に俺はラピスに声を掛ける。
「俺はデルウェイのボス、ジェイドだ。
お前は――」
「知っているんでしょう。
ラピス。ハグレの魔族よ。
で、何の用かしら?
まさか私をダンスにお誘いに来られたとでも」
へえ。まるでリンネに聞かされたおとぎ話のお姫様みたいな喋り方をしやがる。
そのくせ、足は肩幅に広げ、腰の剣にすぐ手をかけられるようにしている。
気に入った。思いっきり気に入った。
ジブリールの奴、なかなかいい働きをしてくれたじゃないか。
殺すのはしばらく後にしてやろう。
「そのまさかさ。
但し、踊ってもらうのは俺のベッドの上でだけどな」
威圧するように胸を張りつつ、手を差し伸べる。
ラピスは俺の言葉に驚いたように目を丸くして……
「…………プッ!」
ぷっ?
「アハハハハハハハハハ!!
童貞のくせにキザな返しをするじゃない!
ウフフフ……プクククッ!」
弾けるようにラピスは笑った。
童貞……という言葉の意味は知っている。
汚い言葉も知識の内とクライブがいろいろ仕込んでくれたからなっ!
「お……お、俺は童貞じゃない!」
「いやぁ、苦しいわよ。それ。
何? サカリがついてデルウェイからワザワザこんなところにまで足を伸ばしたの?
童貞の坊やって行動力だけは凄いわねぇ。
ウフフフ、まさかあなたみたいな毛が生えてもいない赤ん坊に求められるなんて私の魅力も捨てたものじゃないわね」
「誰が赤ん坊だ!
ぶっ殺すぞ!」
「ふーん……やってみる?」
笑って細められていた目がうっすらと開いた。
そして次の瞬間、
「っ!?」
俺の首めがけて斬撃が放たれた。
腰を後ろに曲げてかろうじてさけたが、前髪が数本切り落とされた。
「ふうん……たしかに、コッチの方は少しはできるみたいね」
鞘から抜き放たれた剣をヒラヒラと舞わせている。
ああ……これはたしかにあの牛頭じゃ手を出せねえわけだ。
「ラピス。アンタに会えて嬉しいよ。
俺の欲求不満を一気に解消してくれるなんて、最高じゃん」
口元がにやけてしまう。
ようやく、まともに戦える相手に出会えた。
しかもそれが俺好みのイイ女の上に、挑発までしてくれやがった。
楽しみでならない。
この女を屈服させ、俺のモノにする瞬間が!
「いきなりベッドの上なんてもったいねえ!
まずは剣で踊ろうじゃねえか!
そのスカした顔がどうなるか楽しみだ!」
「フフフッ! あまり笑わせないで。
もうすぐ死ぬ人との楽しい思い出なんか持ちたくないの」
「ぬかせよっ!!」
俺は拳を握り、地面を蹴った。




