第十八話 魔王への道
※ジェイド視点です。
クライブとリンネが作った世界地図を広げた。
今、俺のいるところはコキュートスの西岸、山岳地帯に追いやられるように飛び出した小さな半島の半ばあたりのはずだ。
この辺りはコキュートスの中でも不毛の地とされている地域らしい。
獣も植物も少なく、生息している魔族も弱い者ばかり。
よって、魔界の覇権争いをしている有力魔族からは捨て置かれているという状況だというのがクライブの見立てだ。
逆に言えばその不毛の地に強力な新勢力が出てくれば目立つことは目立つ。
俺の魔王への道のスタート地点としては悪くないと言えるだろう。
それにしても、島の外の世界は果てしなく広いって聞いていたけれど、この村の連中は自分たちの住んでいる場所以外のことを何も知らないし、興味すら持っていない。
リザードマンは竜族の中でも最下層の民族だったっけか。
頭が悪すぎて、ハッキリ言って役に立たねえ。
手下に合わせてダラダラ時間を使う訳にはいかない。
母さんはもう30歳を超えている。
人間の寿命は50年そこら、長くても80年ほど。
たとえ母さんが戦いの中で殺されていなくとも、寿命で死ぬことは止めようがない。
クライブは50年ほどで俺が魔界を支配できるようになると踏んでいたようだが悠長なことをしている訳にはいかない。
一刻も早く、魔界で頭角を現さなければ本当に俺がここにいる意味がなくなってしまう。
そんなことを考えていると、リザードマンの一人が皮のはがれた兎のようなものを3匹持って現れた。
「ジェイド……狩りの成果だ……」
リザードマンは足を震わせながら俺の前に獲ってきた食糧を並べた。
「この辺は獲物が少ないんだな」
「ああ……これでも時間を考えればよく獲れた方だ」
「ん? もしかして、これで全部なのか?」
「ああ……」
本当に……不毛の地なんだな。
あの島ならばちょっと山に入れば牛も鳥もいくらでもいたのに。
「じゃあ……食え」
リザードマンは立ち上がり家を出ていこうとする。
「おい。お前は食わないのか?」
俺が声を掛けるとヤツは振り向いて、
「俺達はボスの残り物を食う……
ゲルブの時もそうだった」
その言葉を聞いて俺は衝撃を受けた。
たった、兎三匹だぞ!?
俺ならば腹一杯になるだろうが、あのデカブツがこんな食事で満足するわけない!
さらにリザードマンは地面に落ちていたゲルブの食い残しの骨を拾っている。
まさか、そんなもんを食うつもりじゃねえだろうな……
しかし、魔界が弱肉強食の世界とは聞いていたが、こんなの獣以下だ。
大食らいのボスがいたら群れが全滅しちまう。
ここのリザードマンがどうなろうと知ったことじゃねえが、醜い死に様を見せられるのはガマンならねえ。
「おい、お前。
村の連中をかき集めろ。
一人残らずだ」
俺は家の中に村中のリザードマンを集め、兎の肉を当分に切り分けて配った。
誰もが俺を奇異なことをすると、訝しげに見つめている。
そのザマにイライラして声を上げる。
「いいか! お前ら!!
少ない食糧を独り占めしてたら群れが死ぬ!
群れが死ねば狩りもできなくなる!
そうすると全滅だ!
俺がボスになったからにはそんな無様は許さん!
俺に殺されたくなければ食え!!
わかったな!!」
俺が怒鳴りつけるとリザードマンどもは慌てるように肉を口に運んだ。
まったく……バカばっかりだ。
俺にまで生肉をよこしやがるし。
肉の血を絞って、地面に火を起こす魔法陣を書いて肉を焼く。
プスプスと煙が上がり、香ばしい香りが広がる。
それに島から持ってきた香辛料をかけて食らいつく。
空腹だったから旨さもひとしおだ。
ペロリと平らげると、リザードマンどもが俺をじっと見つめていることに気づいた。
「俺の食い方が珍しいか?」
「あ……ああ……
やはりジェイドはマジリ?」
マジリ……只人と魔族の間にできた子どもを指す言葉だったな。
普通はバカにされたり弱い者扱いされる者らしいが、俺には当てはまらないだろう。
「ああ。父親が魔族で、母親が人間だ。
だが、どちらも強い人だった。
俺なんかよりもずっと」
父さんは魔界を統一していたバアルの息子だが、それに匹敵する以上の力を持っていたという。
母さんはそのバアルを倒した。
俺がこの魔界で好き勝手できるようになるには父さんや母さんと同じくらい強くならなければならないということだ。
「ジェイド……マジリはボスでも食べ物を分け合うのか」
リザードマンの質問に俺はため息をつく。
「さあな。そういうヤツもいるだろうし、そうじゃない奴もいるかも知れない。
だが、俺はなけなしの食糧を独り占めするようなさもしい王にはならないということだ」
「王?」
「そうだ、魔王。
俺は魔界の全てを手に入れる。
邪魔するやつは全て殺す。
俺は俺の欲しいものを必ず手に入れる。
だが、そうでないものはどうでもいい。
お前らで分け合うなり好きにしろ」
吐き捨てるように言ったつもりだったが、周りのリザードマンたちは目の色が変わる。
訝しげに俺を見つめていた目から、なんだか、もっと違う目だ。
【形のない耳】発動。
(ジェイド……コイツは今までのボスとは違う!)
(コイツについていけば肉が食える!)
(ゴブリン共が巣食っている狩場を奪える!)
(ジェイド……魔王ジェイド!)
(俺は……本当にこの男のために働きたい!)
うえっ……気持ち悪い……
やっぱり、この能力は極力使うべきじゃねえな。
俺は頭を振って、リザードマン共を無視するように寝床に向かった。
とにかく手下どもの食糧事情をどうにかしないといけないと考えた俺は、周辺でもっともマシな狩場を持っているゴブリンの縄張りを襲うことにした。
奴らは言葉を交わせないし、多種族に対して攻撃的だった。
もちろん皆殺しにした。
使い道のない害獣を生かしておく必要なんてない。
おかげで手下であるリザードマンたちの食糧事情は解決できた。
ここからが本番だ。
手下の中で比較的屈強な奴らに魔族が住む町を捜索させることにした。
魔界は途方もなく広い。
俺ひとりで放浪して街を探すのは効率が悪い。
道に迷って餓死する恐れもある。
ここはガマンだ、と自分に言い聞かせ村に居座って手下の帰りを待った。
捜索の成果は上々だった。
山を2つ超えたところに100人ほどが住まう町があるらしい。
様々な種族が混じっており、女の魔族もいることからじわじわと大きくなっているところだとか。
次の手としては悪くねえ。
俺はその手下に狩りで獲ってきた一番でかい鳥をくれてやった。
歓喜の声を上げながら羽のついたままの鳥を食らうその姿は汚らしいものだったが、まあいい。
力による支配と褒美による懐柔。
これはリンネが言っていた只人の社会における主従関係の基本だ。
先々のことを考えるならこの方が強い忠誠を作ることができるだろう。
クライブとリンネ。
殺してやりたいほど憎んだ二人だが、奴らが仕込んでくれたことはたしかに俺の力になってくれている。
クライブは殺したが、リンネは…………
まあいい。
どうせ俺はマリアーヌには行けないんだ。
生かしておいてせいぜいネイトやセレナに尽くしてもらおう。
それに、ネイトの奴はリンネのことが好きだからな。
リンネさん、リンネさんって犬のようにしっぽを振って……
ククク、と俺が思い出し笑いをしているのを見て手下どもがざわめいた。
そうか、そう言えばコッチに来てから笑ったことがなかったな。
俺は立ち上がり、手下どもに告げた。
「このクソみてえな不毛の地とはおさらばだ!
俺は新しい場所に行く。
お前らは好きにしろ!
新しいボスを立てて飯が食えるようになったこの地で暮らしてもいい。
俺についてきて新しい場所が見たいって奴は明日の朝、俺について来い!」
突然の俺の言葉に手下どもはどよめいた。
どうせ俺の足元にも及ばない連中だ。
ついてこなくても問題ない。
せっかくまともに飯が食えるようになったんだ。
この暮らしを手放したくないって気持ちも分かるからな。
手下どもを家から追い出し、俺は眠った。
そして翌朝。
俺から褒美をもらった奴は家の前で座りながら眠っていた。
やはり、只人式の支配の効果は抜群だな。
道案内がいるのは心強い。
そいつが目を覚ますと、俺は村の外に向かって歩き出した。
すると、家から次々に手下どもが出てきて、俺の後ろに着いてきた。
村を出る時に、後ろを振り向くと村中の手下どもが食糧と武器を持って着いてきたのがわかった。
「全員かよ」
俺が苦笑すると、
「ジェイド……俺達のボスはお前だけだ」
「お前に着いていけば飯が食える」
「お前のおかげで死なずにすんだ……
だから、俺の命はお前のものだ」
「お前の役に立ちたい」
敬語も使えないほどバカで弱っちいリザードマンども。
使い道は……なくもねえか。
家畜程度の価値すら無くとも餌付けした以上は面倒見てやらねえとな。
「いいだろう。着いてこい!」
俺がそう叫び、旅用のマントを翻して進み始めると背後からリザードマンたちの金物臭い雄叫びが轟いた。




