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第十七話 許されざる者の旅立ち

第3章はジェイドが主人公です。


※ジェイド視点です。

 クライブを殺した。

 ずっとずっと殺してやりたかった。

 あの島で家族仲良く暮らしてきた俺たちを引き裂いた。

 この世界の事情や両親の正体を知らされてもその気持は変わらなかった。

 だってそうだろう。

 父さんを利用しようとして、出来ないと分かれば殺そうとした魔族ども。

 母さんに救われたのに、その恩を忘れて裏切った只人ども。

 そんな連中を救うために父さんと母さんを危険な世界に引きずり出して帰らぬ者にした、その元凶だ。

 父さんと母さんがダメだったと判断すれば、次は俺たち兄弟を自分の夢の手駒にしようとした。

 弱っちいネイトとバカなセレナに父さんと母さんを助けるなんて餌をちらつかせて。

 何百回殺しても飽き足りない。

 なのに、一瞬で死にやがった。


「バカ野郎……」


 俺に戦い方を教えてくれた。

 俺の才能を見出してくれた。

 父さんと母さんに代わって食事や身の回りの世話をしてくれた。

 なのに、あっさり死にやがった。


「バカ野郎……バカ野郎……」


 強くはないけど賢かった。

 俺の知らないことをたくさん教えてくれた。

 俺の身を案じてくれた。

 俺は……大嫌いだったけど、大事な人だった。


「……バカやろおおおおおおおおお!!

 うああああああああああ!!」


 細切れになったクライブの残骸の前に手を付いて叫んだ。

 そして、胃の中にあるものを吐き出した。

 俺は殺した、殺してしまった。

 7年間、一緒に暮らした者を。

 父さんと母さんがいたあの頃に戻れないように、クライブがいたあの頃にも……もう戻れないんだ。



 身体の中にあるものを全て吐き出して、ようやく落ち着いてきた。

 もう島には戻れない。

 俺はネイトとセレナからクライブを奪ったんだ。

 アイツらだってクライブに思うところはあっただろう。

 だが良い感情も悪い感情もすべて行き場を失った。

 これは裏切りだ。

 ともに生まれ育った弟妹への。


「進むしかねえ」


 この裏切りの罪は許されることはない。

 だが、せめてもの償いだ。

 ネイトやセレナが幸せになれるよう俺は生きよう。


 クライブの企みに感情的な同意はできないが、この魔界で俺が力を得ることは悪いことじゃない。

 父さんや母さんを探し出す力を持つ者を探すにしても、天使や魔族の血を引くアイツらを守るにしても力が必要だ。

 俺は兄弟の中で最も強く力を受け継いだ。

 だから、その力を弟妹のために使わなくちゃいけない。


 遠くに見える、複数の家が並んだ場所を見つめて、俺は歩き出した。




 集落の中に入ると俺は周囲の視線を一斉に集めた。

 周りにいるのはトカゲと人間の間の子のような魔族ばかり。

 リザードマンとかいう種族だ。

 リンネが絵付きで説明してくれたっけ。


「おい小僧。この村に何の用だ?」


 俺を見ていたヤツの一人が声をかけてきた。

 背は俺より高いがやせっぽっちで強そうには見えない。

 しかし、俺を見下ろした目は嘲るように笑っている。


「この村で一番強いやつに会わせろ」


 クライブの教えどおりならば、群れにはボスが存在する。

 そのボスを力でねじ伏せれば群れは自分に従う。

 その様子が圧倒的であればあるほど、群れは自分に忠誠を誓うという。

 まあ、


「おい、聞いたか!?

 この山羊の小僧、一番強いやつに会わせて欲しいんだと!」


 ゲラゲラとリザードマンたちは笑う。

 予想していたことだが、俺は見くびられている。

 クライブも言っていたが、俺の見た目は下等な魔族には弱っちい者に見えるらしい。

 150センチもない低い身長。

 男か女か見分けがつかない中性的な顔。

 そして、山羊というおとなしい動物に由来する魔族的特徴。

『愚者は見た目だけで多くを推測し、過ちを犯す』

 だっけか……クライブの教えは。


()()()()()()()()


 俺は問いかけた。

 同時に【形のない耳】を発動させる。

 これは人の心の声を聞く能力だ。

 幼い頃は直感程度の精度でしかなかったが、ここ数年、クライブやリンネの心の声に聞き耳を立てているうちに、耳で聞く程度には鮮明に聞き取れるようになってきた。

 ただ、使用している間は無防備になる上、気持ち悪くなる力だからあまり多用したくはない。


(コイツ、人間との『マジリ』くせえなあ)

(カワイイ顔してるじゃねえか。

 ゲルブに見つからない内に飼ってやろうか)

(腹減ったし……食うかな)

(会わせたらどうなるんだろう)

(ゲルブは家の中で寝転んでるんだろうな)

(てか、この村の作りを見ればわかるだろ。

 中央にでっかい家をおっ建てていやがるんだから)


 うん……わかった、もういいや。

 あ〜〜気持ちわりい!!


 思わず頭に手を当ててしまう。

 今、この場に10人以上のリザードマンが集まっている。

【形のない耳】は聴こえる声を本当の耳のように選別することは出来ないから、同じ大きさの声が一斉に脳に流れ込んでくる。

 島の中でこの能力の対象になるのは言葉を使えるネイトとセレナとクライブとリンネの4人だけだった。

 これだけの人数の心の声を聴くのは始めてだし、何よりコイツラのは汚い。

 さっさと片付けよう。


 俺は人混みをかき分けるようにゲルブ、とかいう群れのボスの家に向かう。

 止めに入るかと思ったが、リザードマンたちはニヤニヤして俺を遠巻きに見ているだけだった。


 ゲルブの住む家は草で編まれた屋根と壁で出来ており、吹けば飛びそうなみすぼらしいものだった。

 広さだけは俺の住んでいた家くらいはあるが、中に家具のたぐいは無く、地面そのままの床に食べ散らかしと思われる動物の骨が転がっていた。


「なんだ、今日の食事か?」


 黄色い肌をしたリザードマンが肘をついて寝転がっていた。

 なるほど、これがボスか。

 他のリザードマンより縦にも横にも二回りほど大きい。

 強い者が弱い者を従える。

 魔界の大原則に則って、選ばれたボスということか。


「立てよ。寝転がっているのを刺殺しても力の証明にならねえんだ」

「……ほほう。俺の首を取りに来たか。

 生きのいい獲物は大好物だ」


 ゲルブはその巨体をゆっくりと引き起こして、俺の前に仁王立ちした。


「かかってきな」


 そういって、腰のあたりを指差す。

 俺に剣を抜けってことか。

【形のない耳】を使うまでもなく、コイツナメてやがんな。

 とはいえ、まっとうに敵と戦うのはこれが初めてだ。

 とりあえず、様子見、かなっ!!


 剣を抜かず、拳を握り込んでゲルブの腹部を殴る。

 すると、奴は弾かれたように後ろに飛んでいき、草で出来た壁をぶち破って外に転がった。


「ウゲ……オイゴゴ!! グギゴエゴエゴ!!」


 奇声を上げながら、仰向けになって手足をジタバタしている。

 気持ち悪い悶絶の仕方だ。

 だが、これで確信した。

 俺の力は十分に魔界で通用する。


「グググ! ヤリイイイイイ!!

 誰か槍をおおおおおお!!」


 槍? ああ、そこに立てかけているのか。


 俺はその槍を掴み、ゲルブの前に投げ捨てる。

 奴は目を点てに大きく開いて顎を開けて俺を威嚇する。


「殺してヤル! 殺して喰ってクソにして放り出してやる!!」

「できると思ってんのか」


 半笑いでそう煽ってやると、ゲルブは槍を突き出して突撃してきた。

 大きな体格に合わせて巨大な槍ではあるが、如何せんノロい。

 切っ先の軌跡を予測して、最小限の動きですべてかわし切る。

 その光景を村中のリザードマンが見ている。

 誰も彼も俺の動きに驚愕しているようだ。

 じゃあ、次は力を見せてやるか。


 ゲルブの渾身の一突きを片手で柄を掴んで受け止める。


「フゴオオオオオオオオ!!」


 叫びながら槍を押したり引いたりしているがピクリとも動かさせない。

 極め付けに、


「そらよっと」


 手刀で槍の柄を叩き切ってやった。

 観衆にも見えるようゆっくりとした速度で。

 狙い通り観衆は「おおおおっ!」と湧いた。

 当のゲルブはようやく力量の差を認識したのか、地面に這いつくばり頭を下げる。


「お、俺の負けだ!

 これからはアンタがボスだ!

 アンタのために俺も働く!

 だから殺さないでくれ!」


 これが命乞いってやつか。

 心底怯えているように見えるけど……どれ。


(見逃せ見逃せ見逃せ見逃せ見逃せ!

 甘い顔をして後ろ向いた瞬間、尻尾で頭をかち割ってやる!)


 やっぱ……能力だけじゃなく、本物の目も鍛えなきゃいけないな。


「分かったよ」


 俺は両手を上げて、ゲルブに背を向ける。

 次の瞬間、ゲルブの長い尻尾が俺の側頭部に直撃した。


「げヒャアああああ!!」


 嬉しそうに雄叫び上げやがって。

 側頭部に当たっている尻尾を手で掴むと、ゲルブの顔から表情が消えた。


「嘘つきは嫌いだ」


 尻尾を引っ張ってゲルブを引きずり倒し、足で尻尾の根元を踏んづけた。

 そして、そのまま力を込め、長い尻尾を引きちぎった。

 ゲルブの金属を引きずったような悲鳴が村中に響き渡り、その恐怖が周りで見守っていた手下どもにも伝播した。


「待ってくれ!

 嘘をついたことは謝る!

 だから」

「俺に命令してんじゃねえ」


 わめくゲルブの頭を踏み潰した。

 クライブの時と違って何も思わなかった。

 狩りで獣を狩った時のような高揚感すらない。

 きっと、この村のリザードマンを皆殺しにしてもそれは変わらないだろう。


 俺がゆっくりと辺りを見渡していると、慌てたようにリザードマンたちが集まってきて、這いつくばって頭を下げた!


「アンタが新しいボスだ!」

「お。俺達はアンタに従う!

 ぜ、絶対に!!」


 ……どいつもこいつも恐怖に竦んでいやがる。

 心の声も俺を怒らせないように気をもむものばかりだ。

 とりあえず、成功かな。


「俺の名前はジェイド。

 とりあえず、食い物と水をくれ。

 それから物知りなやつは俺にこの辺りの状況を教えろ。

 あと、この家に寝床を用意しろ」


 そう言って、俺は主のいなくなった家の中に入っていった。

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