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第二十二話 剣王ザクロスの脅威

 俺は町の通りの中央にしっかりと座り込んで、ザクロスの一団が来るのを待ち構えていた。

 なんとか二時間は眠ることが出来たし、体調に問題はない。

 むしろ、昂ぶった感情が今にも爆発しそうで抑え込むのに大変だ。


「逸るなよ、ジェイド」


 ベリルがいつものように手で地面を付きながら俺のもとに近寄ってきた。


「あまり話しかけんな。

 気が削がれる」

「気負い過ぎは剣筋を歪める。

 姉さんのことは頭の外に置いておけ」


 ベリルのその言葉が俺の琴線に触れる。


「置いておけるわけねえだろうが!!

 ラピスがどんな目に合わされたか……お前が一番知っているだろう!!

 ムカつかねえのかよ!?」


 ベリルを怒鳴りつけると、奴は真っ直ぐな目で俺を見返す。


「当たり前のことで怒るな。

 僕にとって奴は姉さんの純潔とこの足の仇だ」


 ベリルは膝から下がない足の太ももを撫でる。


「……たしかに、くだらねえことを言っちまったな」


 俺は反省した。

 ベリルの言うとおり、気負いすぎだ。


「君はやっぱり優しいよ。

 姉さんを倒した時、絶対に君はひどいことをしないと思っていた」

「それはどうかな。

 あの時は溜まっていたからな。

 お前の止め方が間違っていたらザクロスのように恨まれるようなことをしたかもしれねえぜ」

「だったら、あの時はちゃんと姉さんを守れたわけだ」


 ベリルは普段のように微笑む。


「貧弱で役立たずな僕では君に願うことしかできない。

 勝ってくれ、ジェイド。

 ザクロスを殺しても姉さんの傷も僕の足も元には戻らないけれど……

 それでも、だ」

「それこそくだらない。

 言われるまでもなく殺ってやるよ。

 切り落とされた奴の顔にクソでもなすりつけてやれ」


 そんなことを話していると、だんだんと辺りの空気が重くなっていく。

 遠くから重い足音が何重にも重なって近づいてくる。


「ベリル」

「ああ」


 ベリルは建物の中に戻り、俺は腕を組んで仁王立ちになった。



 それからまもなく、ザクロスの部隊の先遣隊らしき鎧姿の兵が3人、俺のもとに現れた。


「デルウェイの統治権を簒奪したジェイドという者とお見受けする!

 我々は魔王レヴィアの臣において筆頭の席におはせられる剣王ザクロスのーー」

「うるせえ」


 口上を高らかに読み上げる兵の頭を拳で叩き潰した。

 残る二人は慌てて剣を取って俺に襲いかかってくるが、斬撃を放つ間も与えずに殴り殺した。


「聞きしに勝る怪力。

 大した麒麟児ぶりだな、ジェイドとやら」


 海の唸りのように低い声が俺に投げかけられる。

 声の主は巨大な馬にまたがっており、巨大な二本の角が耳元から伸びた兜をかぶっている。


「てめぇがザクロスとかいうクソ野郎か」


 俺は見上げるようにして奴を睨みつける。

 奴は俺をあざ笑い見下ろしている。


「怒りを買った覚えはないが……まあいい。

 レヴィア様の命とはいえ子どもを斬るのに我が剣を振るうのは不満であったが、どうやらそんな遠慮は必要ないようだな」


 ひらりと脚を回してザクロスは馬から降りた。


 デカイな……2メートル半はあるか。

 ケルブやクノスと違ってヒトの形をしているから余計にそのデカさに威圧感を覚える。

 鍛え上げられた四肢や胴回りはその全てに必殺の力を秘めているように思える。


「まずは……小手調べからゆくか」


 ザクロスが手をかざすと、他の兵がつけている鎧とは異なる漆黒に塗り上げた鎧を身に着けた兵士が10人、俺を囲むように並んだ。

 持っている得物や体のこなしからして、今まで襲ってきた刺客連中よりはできそうだ。

 だが、雑魚に時間を掛けている暇はねえ。


 俺はフレアキスの柄に手をかけて地面を蹴った。


 正面の兵の腹を鎧ごと貫き、左右の兵を蹴り飛ばす。

 囲まれないように一人ひとり殺していきたいところだが、敵の兵の練度が予想以上だ。

 俺の背後や側面を突こうと仲間が殺されそうになっていても気にもとめない。


「チッ! うざってえ!!」


 地面に伏せて攻撃をやり過ごすと敵の武器が頭上に集まるように交差した。

 そこを目掛けて寝転がったまま剣を振るう。

 フレアキスの桁外れの切れ味は敵の剣や槍を造作もなく叩き切った。


「オラアアアアアア!!」


 武器を失った兵たちを次々に斬殺していく。

 残り5人!


「ほほう。思った以上にやるな」

「偉そうにふんぞり変えてんじゃねえぞ!

 このクソ野郎が!」


 余裕ぶった態度のザクロスに苛立ちが募らせながら、襲いかかってくる敵を切り伏せる。

 残り2人!


 俺との実力差を思い知って2人はじわじわと後退していく。

 普段の俺なら戦意を失った雑兵なら見逃してやるんだがな……


 地面を蹴り、片方の兵士に肉薄した。

 コイツらはラピスを弄んだ部下の一人かもしれない。

 そう考えると、生かしておく気にはなれねえ!


 相対した敵兵の股間から頭にかけて剣を切り上げる。


「ギェエエエエエエエエエ!!」


 汚え悲鳴を上げて内蔵を飛び散らせて死にやがった。

 あと一人!


 逃げ出そうと背を向けた敵兵に向かって、フレアキスを投剣する。

 兜の後頭部から奴の頭の中央を貫き、糸が切れるように地面に倒れ絶命した。


 これで全部だ。


「肩慣らしはここまでだ。

 さっさと剣を取れ!」

「ふむ……ここで殺してしまうには惜しい使い手だ。

 どうだ? 俺の片腕になるつもりはないか?」

「ヘボ魔王の片腕の片腕ってどういうことだよ。

 命乞いは下手に出てするものだぜ」


 ザクロスが配下の者から大剣を受け取るのを待って、


「もっとも……テメエは何をしようがぶち殺してやるがな!」


 地面を蹴って飛びかかった。

 兜ごと頭を叩き割ろうと剣を振り下ろしたが……


「ヌンっ!!」


 ザクロスは俺の体ほどもある大剣を小枝のように振り回して、俺の剣を弾き返した。

 さらに地面に着地した瞬間を狙って追撃してくる。

 こちらも剣で受け止めたがあまりの圧力に身体が吹き飛び、側に建っていた木の家の壁を突き破って叩きつけられた。


「って……クソがっ!」


 すぐさま起き上がり、ザクロスに飛びかかる。

 パワーで負けているならスピードで勝負だ!


 ザクロスを中心に円を描くように駆け回り、小刻みに斬撃を放つ。

 攻撃は受け止められるが、反撃するスキは与えない!


「ちょこまかと……!

 これはどうだ!!」


 ザクロスの剣が地面を叩く。

 無数の石礫が俺を襲うが、構わず突っ込み奴の太ももを切り裂いた。


「グウッ!!」


 ザクロスの体が崩れる。

 間髪入れずに剣を振り下ろし、剣を持つ肩を切り落とした。


「グアアアアアアッ!」


 悲鳴とともにザクロスの腕が地面に落ちた。

 勝負あった!


「この程度で魔王の片腕ね……

 大したことねえじゃねえか」

「むうぅ……」


 ザクロスが後ろに下がる。


「ビビってんのかよ。

 あんなに偉そうな態度を取っていたくせに……」


 焦るザクロスの顔を見て、怒りが募る。

 この程度の奴にラピスが汚されたということに。

 今の俺がその時にラピスの側にいればそんなことにはならなかった。


 ゆっくりと地面を踏みしめながらザクロスに近づき剣を掲げる。

 叩き切ってやる……


「ジェイド!! 避けなさい!!」


 近くの建物の二階の窓からラピスが叫んだ。

 同時に、ザクロスの口元に笑みが浮かぶ。


「っ!?」


 俺は反射的に飛び上がった。

 だが、俺のふくらはぎに激痛が走り、地面を転がった。


「な……にぃっ……!?」


 切り落とされたザクロスの腕が動いている。

 その手に握った剣の刃には俺の血が付着していた。


「残念だったな」


 俺の頭上から低い声があざ笑うように響く。

 そして、顔面に蹴りをぶち込まれた。

 さっき切り裂いた方の脚で……


「ガハッ!」


 地面に大の字になって倒れた俺の腹の上にザクロスがのしかかり、拳を地面に叩きつけるようにして俺の顔面を殴りつける。

 何発もくらう内に意識が薄れ、目の前がグラグラと揺れ始めた。


「ジェイドっ!!」


 ザクロスの頭目掛けて、ラピスが剣を突き立てようと飛び降りてきた。

 だが、今度は切り落とされた腕が蛇のように飛び上がりラピスの首を掴んで地面に叩きつけた。


「ククク……

 いつか聞いた声だと思えば、逃げ出したメス猫じゃないか」


 ザクロスは口角を上げ、俺に興味を失くしたように立ち上がり、首を掴む腕を振りほどこうともがいているラピスの腹を脚で踏みつけた。


「アアアアアアッ!!」


 ラピスの痛々しい悲鳴が響く。


「貴様がここにいるということは、あの弟もいるということだな。

 さあ、どこにいる」

「だ……誰が言うか……」

「ふうん」


 ザクロスは足を上げて、再びラピスの腹を踏みつけた。


「ガッ……ハアあっっ!」


 ラピスの口から血が吐き出される。

 その光景を見て、眼の前が真っ赤になる。


「や……ろおおおおお!!」


 痛む体を気力を振り絞って持ち上げるが、斬られた足が言うことを聞かない。

 みっともなくヨタヨタとふらつく俺を見てザクロスが笑った。


「根性もあるな。だが、その状態で俺には勝てん。

 見てのとおり、俺は無傷だ」


 ザクロスがそう言うと切り落とされた腕を切り口にねじ入れるように組み合わせる。

 すると、鎧とその下の服が破けているだけで身体は継ぎ目なく接合された。

 再生能力……剣王だなんて名乗っているから剣の腕に特化した奴かと思っていたが……

 いや、斬撃が通用しないのなら剣の勝負で負けることはないか。

 何にせよ、見誤った代償は高くついた。


「ラピスから……その汚い足をどけろよ……」

「ラピス?

 ……ああ、このメス猫の名前か。

 便器に名前をつける習慣はないんで忘れていた」

「てめぇっ!!」


 昨夜、ラピスの口から聞かされた言葉が頭をよぎる。

 怒りと恐怖にに歪められたあの表情も。


 気に食わねえ……全くもって気に食わねえ……


 俺はラピスを自分のものにしてやろうと思っているのに、違うやつがラピスの身体を心を傷つけている。

 この状況が気に食わねえ!!


「ほお……凄まじい殺気だな。

 このメス猫に惚れているのか?」

「てめえの知ったことじゃねえよ!」


 傷まない方の足で地面を蹴り、ザクロスに飛びかかる。

 だが、片方の脚では力が入らない。

 のろまな動きで斬撃を放つも、たやすく受け返されてしまう。


「くそぉっ!!」

「くく……言わずもがなだな。

 なあ、小僧。もう一度だけ言うぞ。

 レヴィア様に仕えろ。

 そうすれば、このメス猫の命は助けてやる」


 ザクロスの言葉に気持ちが揺らぐ。

 この状況では勝ち目がない。

 上手く行けば逃げることくらいならできるかもしれないが、確実にラピスは殺される。

 だったら、今は従順なふりをして……傷を癒やして機を窺うべきだ。

 だけど……そんな卑怯で惨めな真似をするなんて嫌だ。

 嘘をつくのだって。

 俺は魔王になる男だ。

 気に食わないやつは皆殺しにする。


 なのにこんな奴なんかに頭を下げて命乞いをしろと!?

 できるわけがない!!

 こんなところで自分を曲げてしまうなら俺は何のためにクライブを殺したんだ!!


「ジェイド……」


 ラピスはか細い声で俺を呼んだ。

 俺は形のない耳を開く。

 ラピスの心の声が流れ込んでくる。


(ジェイド、聞いているわね。

 もう、ザクロスに勝てる可能性はないわ。

 万が一、ザクロスを討てたとしても、私もあなたもろくに戦えない状態では残党に滅ぼされる。

 だから、そうなる前にベリルを連れて逃げなさい。

 あの子は絶対に守らなきゃいけない。

 私の両親が私に遺してくれた使命……

 大丈夫……怖い……こんな奴に……嫌だ……何されても……あんなこともう嫌だ!

 死んだほうがマシ!

 だから逃げて! 助けて!

 お願い! ごめんなさい! 私よりも! 私を!)


 ラピスの心が乱れている。

 ベリルを救うために取り繕おうとする心とザクロスへの恐怖におののく心がせめぎ合って。

 俺が逃げれば、ラピスの願いは叶えられる。

 だけど、残されたラピスに待つのは、ザクロスの怒りと欲望のはけ口にされるような陵辱。

 


 ダメだ……



 そんなものを見過ごせるほど俺のプライドは安くない。

 逃げても降伏しても俺のプライドは折られてしまう。

 だったら……

 

「わかった……

 レヴィアに……忠誠を誓おう」


 剣の柄を握る手が震える。

 噛み締めた奥歯が割れそうになる。

 俺がどんな顔をしているかはザクロスのニヤけた顔を見れば一目瞭然だ。


 俺は……負けたんだ。


「潔いな、ジェイド。

 約束通り、このメス猫は返してやろう」


 悔しい。自分の力の無さが。

 母さんならこんな奴が口を開く前に切り伏せていた。

 父さんなら一睨みするだけでこんな奴ひれ伏していた。

 二人のように強くないから……俺はプライドをかなぐり捨ててようやく女ひとり取り戻せるんだ。


「もっとも、俺たちが嬲り尽くした後、息があればの話だがな」


 ラピスの顔に舌を這わせるザクロス。


「ううっ……」


 ラピスの顔が引きつり、うっすら涙が目尻に滲んだ。



 ――――は? 



「ふざけるなああああっ!!」


 俺は目の奥が弾けそうなほどの怒りに突き動かされザクロスに飛びかかる。

 すると、ザクロスは目を細め瞬時に剣を俺に突きつけた。

 しまった! 安い挑発に乗っちまった!

 地面を離れた俺は軌道を修正できない。

 ザクロスの剣の切っ先がラピスから離れ、俺に向けられる。


「死ね」


 剣を振りかぶり高らかに掲げられた腕を見て俺は死を覚悟した。



 だが、剣は振り下ろされなかった。


「でやあぁっ!」


 地面から塊のような何かが飛び出し、ザクロスの腕に絡みついた。


「ベリル!?」


 ザクロスの腕に絡みついたのはベリルの両腕だった。


「なっ!? このっ!」


 ベリルをもう片方の腕で殴りつけようとするザクロス。

 だが、ベリルは木々を飛び回る猿のようにして攻撃を躱し、ラピスの側に降り立った。

 一方、注意をそらしたザクロスに俺は斬撃を浴びせかける。


「でやあああああっ!」

「ちいいっ!!」


 俺の剣はことごとく受け止められたが、ザクロスを退かせることには成功した。


「姉さん! 大丈夫かっ!!」


 ラピスを抱き上げ叫ぶベリル。


「ベリル……また……無茶して……」


 弱々しくもベリルの腕を掴むラピス。


「このガキ……脚を失ってもなお俺の邪魔をするか!」


 ザクロスが怒りに満ちた目でベリルを睨みつけている。

 この脚では奴を切れるだけの剣が放てない。

 どうすれば……


「ジェイド。君はそんなものじゃないだろう」


 ベリルが俺に声を掛ける。


「脚が使えないのは不便だけど、なにもかも諦めなきゃいけないわけじゃない。

 残されたもので何ができるか……

 頭を使って考えるんだ」


 俺はベリルの下半身を見つめる。

 膝から下がないため、ズボンを裾を縛り詰めている。

 一〇年前、ベリルは脚を代償にしてラピスを窮地から救い出した。

 そして、今も脚が無くてもザクロスに立ち向かい、ラピスを……俺を救った。

 全てを投げ出そうとしてしまった俺を……


「……フンっ!!」


 俺は自らの頬を殴った。

 一体、俺は何を血迷っていたんだ……



「何が貧弱な役立たずだ。

 クソ根性見せやがって」


 口に溜まった血を吐き出して、俺は剣を逆手に握り直した。

 ベリルとラピスを一瞥し、ニヤリと笑みを浮かべる。


「お前に言われるまでもねえよ。

 見せてやるよ、俺の本気をな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんな所で更新停止中とか卑怯やん…恋模様とか魔王への道筋とか何より直近のここからどう大逆転するのかワクワクするところで止まってるなんてつらい… それくらい面白いのにぃぃぃぃうわぁぁぁん …
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