第十四話 僕たちの決意
※ネイト視点です。
クライブのお話は長くて、聞き終える頃には日が昇っていた。
僕たちにも分かるように知らない言葉を何度も細かく言い直しつつ喋ってくれた。
だから、僕たちは全員クライブの喋ったことを理解したつもりだ。
島から大きな海を渡ったところにあるマリアーヌ大陸で暮らす人間とコキュートスで暮らす魔族が何百年も戦い続けていたこと。
僕たちが生まれる前、お母さんが『聖剣の勇者』ジークリンデとして、人間を滅ぼそうとしていた魔王を倒したこと。
お父さんのお父さんはその魔王で、お母さんは天使だったということ。
僕やジェイドはセレナはその血を継いでいるから人間、魔族、天使の姿をしており、またその力は普通の人間や魔族に比べてはるかに強いということ。
世界を救ったお母さんは悪い人間たちに命を狙われて逃げ回っていたこと。
人間を殺すことを嫌がったお父さんは住む場所を追われてこの島にやってきたこと。
ふたりが出会って、お互いに愛し合って、僕たちが生まれたこと。
そして、お父さんとお母さんは島の外の世界を救うために旅立って、今も元気で頑張っているだろうということだ。
何をどう頑張っているのかはクライブも知らないらしい。
ただひとつ、たしかなことはこの島の外に出ていったのは僕たちが他の人間や魔族に嫌われるこの世界をどうにかしたいと思ったからだ。
一度、人間の街に行った時、僕とジェイドは人間たちに怖がられて石をぶつけられて、僕たちもひどく怖い思いをした。
お父さんとお母さんはそれが許せなかったのだとクライブは言う。
そんなことが当たり前にまかり通る世界そのものを変えたくなるくらいに。
一晩中、眠っていなかったのに眠れない。
それはジェイドもセレナも同じだった。
リンネさんは僕たちがまた外に行かないように見張っているけれど、そんなつもりはない。
言われたのだ。
今の僕たちが外の世界に行っても、お父さんとお母さんの足手まといになるって。
僕たちが弱くて小さいからお父さんとお母さんは僕たちを置いていってしまった。
悔しくて、悲しくて、涙がポロポロこぼれ落ちた。
「泣くな、ネイト」
ジェイドはものすごく怒った顔をしている。
僕は知っている、そんな顔をしているジェイドはいつも泣きたいのをガマンしているんだ。
「クライブの言っていることは本当だった?」
「そうだな、ひとつを除いてな」
ジェイドのカンは鋭い。
特に人が嘘をついている時はすぐに見破る。
「どこが嘘だったの?」
「……お父さんとお母さんが今も元気だっていうところ。
ウソ、っていうよりクライブは信じていないのさ。
こんなに長い間帰ってこないのは、クライブもリンネも想像していなかったんだ」
ジェイドが奥歯をギリギリと噛みしめる。
僕はジェイドの言葉を聞いてもっと怖くなった。
「じゃあ……もうお父さんやお母さんに会えないの?」
僕は死んだ、という言葉を使わなかった。
言ってしまえば本当にお父さんとお母さんが死んでしまうような気がしたから。
ジェイドはうつむいたまま、何も話さない。
「お父さんとお母さんは生きているよ」
僕たちの間を割って入るようにセレナが言った。
そのすぐ後ろにはリンネさんがつらそうな顔をして立っている。
そして、重苦しく口を開く。
「セレナちゃんは……私たちの見えないものを見ることができるように思えます。
不思議なことですが、そういう力を持った者はごくまれにですがいます。
それに、セレナちゃんは天使様の血を色濃く受け継いでいらっしゃる。
あながち、でたらめではないと思います」
リンネさんの言葉を聞いて、僕はセレナを羨ましく思った。
コイツだけはお父さんとお母さんの何かに触れている。
だから痛がっているとか生きているとか、そういうこともわかるんだ。
「リンネさん、なんでお父さんやお母さんは帰ってこないんだろう?
生きているのに……」
「おそらく……問題を解決できていないということでしょう。
あの二人が世界を救ったのならば、真っ先にここに戻ってきます。
あなた達以上に大切で大好きなものはありませんから。
それができないということは、問題を解決できず、また帰ることもできないほど苦労されている。
もしくは、この島に危害が及ぶのを恐れているのかもしれません。
昔、ジークリンデ様は聖剣に印を刻まれ、そのせいで追跡されてしまっていた。
もし、自分たちがこの島に帰ってきたせいで、敵がこの島に押し寄せるのを案じている……そんなところだと思います」
「結局……僕たちが弱くて小さいから、お父さんもお母さんも帰ってこれないんだね」
お父さんとお母さんがかわいそうだった。
僕たちもお父さんとお母さんに会えなくて寂しいけど、お父さんとお母さんも僕たちに会えなくて寂しいはずだ。
僕は悔しい。
大好きなお父さんとお母さんがそんな思いをしているのに助けてあげられない自分が。
拳をギュッと、握った。
「ネイト。俺も同じ気持ちだ」
ジェイドが拳を握った僕の手首を掴む。
「今の俺達は弱くて小さい。
だけど、来年の俺たちは今より強く、大きくなる」
ジェイドがお父さんのように紅い瞳で僕を見つめる。
僕も負けじと見つめ返す。
乱暴者で自分勝手だけど、僕はジェイドのことが好きだ。
コイツは弱音を吐いたりしない。
どんな難しいことだって絶対にあきらめないで頑張って、すぐにできるようにしてしまう。
僕もそうなりたい、って心から思う。
「うん。そうだね、ジェイド。
強くなろう、一緒に」
僕とジェイドは揃ってリンネさんを見て、
「リンネさん! 僕たちを強くしてほしい!」
と言った。リンネさんは目をまあるくして驚いていた。
「お前もお母さんと一緒に戦った英雄なんだろう。
だったら、いろいろ教えてよ。
狩りじゃない。命をかけて敵と戦う方法とかさ」
「私は……そんな大した英雄じゃありませんよ。
最後の戦いの末席に加わったものの役立たずでしたし、何で生き残れたのか不思議なくらいです」
「それでも今の俺達よりは強いだろう」
ジェイドはリンネさんに近づいてその右手を握った。
「頼む、リンネ。
俺たちは待っているだけなんて嫌なんだ。
強くなってお父さんやお母さんを探しに行きたいんだ」
真っ直ぐに目を見つめてくるジェイドをリンネさんは無表情で見下ろしている。
僕もジェイドに加勢するようにリンネさんの手を取って、頭を下げる。
「言うことを聞くから!
昨日みたいに勝手に飛び出したりはしない!
リンネさんが僕たちのことを大丈夫だって思った時に、外に行かせてくれればそれでいい!
お願いします!」
目を強くつぶって、頭を下げていると、
「ほんとうに手のかかる……すばらしい子どもたちですね」
リンネさんの柔らかい声が聞こえてきた。
「いつかはこんな日が来るとは思っていましたが、大分早かったです。
あなた達は本当に立派だ」
リンネは、僕とジェイドの前に跪いた。
「私は、いつも思っていました。
何故、神は非才の私に英雄となる道を与えたのだろうと。
魔王を倒した最後の英雄の一人と言えど、私はあなたがたの母に遠く及びません。
本来なら教会騎士団の一人として埋もれていった程度の騎士です。
そんな私がジークリンデ様と共に戦い、魔王バアルの討伐という経験までさせて頂いたことに対する神のご意思はなんであったのか……
今わかった気がします」
リンネは僕たちの手のひらを取り、祈りの言葉を呟く。
「『我が血で研ぎ、我が鼓動で鍛えた、我が剣を捧げる』
私が教えうる凡百の剣であれども、あなた方がふるえば比類なき剛剣となるでしょう。
きっと、私の剣はあなた達に伝えるために今日まで預かってきたのです」
そう言って、リンネさんは僕とジェイドの手の甲にキスをした。
「貴殿一人ではすぐにへばってしまわれるだろう」
家の用事を片付けたクライブが濡れた手を拭いながら現れた。
「拙者もあなたたちに持っているものを捧げたい。
これはあなたたちのお祖父様である魔王バアル様に立てた忠義。
そして無理な願いを聞き入れてくれたシオン様とジークリンデ殿に対する恩返しであります。
必ずやお二人を無双の戦士にして奉ろう」
リンネさんとクライブが僕たちを鍛えてくれる。
僕はジェイドを見ると、ジェイドはニヤリと口角を上げて頷いた。
「やるぞ、ネイト」
「ああ、ジェイド」
僕たちは互いの拳をぶつけ合った。
「私も、きたえる」
ふわふわと宙を舞っていたセレナが降りてきてそう言った。
僕とジェイドは笑いながらセレナの肩を抱く。
「ああ、三人で強くなろう」
「おう!サボったらただじゃおかねえぞ」
「……たぶん、一番サボるのはジェイド」
なんだとー、とジェイドがセレナを捕まえようとするが、ヒラヒラとセレナはその手をかわす。
僕はそんな二人を笑いながら見つめていた。




