第十三話 僕たちの反発
※ネイト視点です。
「うわあああああああ!!」
隣で寝ていたセレナの叫び声を聞いて、僕は跳ね起きた。
セレナは涙と鼻水をこれでもかというほどに垂らしながらベッドの上で膝を抱えて泣いていた。
「どうしたの? セレナ?」
「いやあ……いやあ……」
僕が泣いている理由を聞くけどセレナは答えず泣き続けている。
「うるせえな! ピーピー泣いてんじゃねえ!」
「ジェイド! イジワルするなよ!
セレナは女の子だぞ!」
寝ているところを起こされて機嫌が悪いジェイドはセレナや僕に突っかかってくる。
「けっ! 女の子は守らなきゃいけない、か?
リンネにいい子いい子されたい奴はたいへんだな」
「なんだとぉっ!!」
僕はジェイドに掴みかかり、取っ組み合いの喧嘩になる。
そこに騒ぎを聞きつけた、クライブとリンネさんがやってきた。
「こらっ! ジェイド様もネイト様も!
喧嘩をやめなさい!」
クライブが僕たちを強引に引き剥がした。
「どうしたんですか、セレナ。
怖い夢でも見ましたか?」
リンネさんはセレナを抱っこして背中を優しくさすっている。
ようやく落ち着きを取り戻したセレナはゆっくりと、
「……お父さんとお母さんが……痛がってた……」
そう呟いた。
翌朝、井戸の水で顔を洗いながら僕は昨日の夜のセレナの言葉を思い出している。
セレナは変わり者で、言葉を喋れるのに会話がおかしくなることがしょっちゅうだ。
だけど、不思議なちからを持っている。
去年、収穫前の麦をセレナが全部刈り取ってしまう事件があった。
リンネさんやクライブはカンカンだったけれど、セレナは、
「こうしないと麦が全部死んじゃう」
と悪びれることなくそう言っていた。
セレナの言葉のとおり、その夜、嵐がやってきて雨と風で島は水浸しになった。
そうなることを知っていたのだ。
他にもジェイドが崖から落ちて怪我をして動けなくなっているのを一番最初に見つけたり、病気を持った猪が水飲み場に行くのを阻止したりしたことがあった。
セレナは僕たちが見えない何かを見ることができると僕は思っている。
そのセレナが「お父さんとお母さんが痛がってた」と言ったんだ。
僕は恐くて仕方がない。
お父さんとお母さんは一年前「仕事がある」と島の外に行ったきり、一度も帰ってきていない。
僕とジェイドとセレナのことはお父さんやお母さんの友達であるクライブとリンネさんが世話をしてくれている。
二人とも僕たちに優しいし、暮らしの中で困ったことなんてない。
だけど、ずっとこうやっていたいとは思わない。
お父さんとお母さんに帰ってきてほしい。
背の高いお父さんに肩車をしてほしい。
静かに笑うお母さんに頭を撫でてほしい。
きっと、それはジェイドもセレナも思っていることだろう。
朝食を終えた後、ジェイドは僕を海岸に呼び出した。
「ネイト、昨日のセレナのことどう思う?」
「うん……やっぱり、お父さんとお母さんに何かがあったんじゃ」
ゴツンと頭を殴られた。
ジェイドは気に食わないことがあるとすぐに殴りかかってくる。
僕はコイツのそういうところが大嫌いだ。
「何するんだよ!」
「お前が寝ぼけてるから目を覚まさせてやったんだ!
バカのセレナが言ってることを真に受けるんじゃねえ!
あんなのはな! お父さんとお母さんに会えない寂しさから出た出まかせなんだよ!」
ジェイドはイライラしながら地面の砂を蹴る。
「バカのセレナでも分かるくらい……おかしいんだよ。
お父さんとお母さんがこんなに帰ってこないなんて」
そっぽを向いて弱々しくつぶやく。
ジェイドのバカやろう。
お前だって寂しいんじゃないか。
「いつ帰ってくるか聞いても、リンネさんもクライブも「もうすぐ」としか答えてくれないもんね」
「そうだな。てか、あのふたりがこの島に住むようになってからお父さんとお母さんがおかしくなったんだ。
ものすごく優しくしてくれると思ったら、すごく悲しそうな顔をしたり。
本格的に魔法や剣について教えてくれるようになったのもあの頃からだ。
ほんの、三ヶ月位だったけど……
なあ、ネイト。もしかすると、あのふたりがお父さんとお母さんを追い出したんじゃないか?」
ジェイドは真剣な表情で僕を見てくる。
「そんなこと……ないと思うよ。
リンネさんもクライブも僕たちに優しい。
お父さんやお母さんのことをいつも褒めている」
「でも、あのふたりは本当のことを言っていない。
俺のカンだけどな」
どうせ僕の意見を聞くつもり無いなら最初から聞かなければいいのに。
でも、ジェイドのカンの良さは本物だ。
特にクライブやリンネさんが何かをごまかそうとしたりしている時は。
だから、僕はジェイドが疑っているのなら、それは間違いないと思った。
「ジェイド、ネイト」
セレナが翼をはためかせながら僕たちのもとにやってきた。
「お父さんとお母さん痛がってた」
「それは夜に聞いたよ」
「チッ、痛がっているわけ無いだろ。
お父さんもお母さんも強いんだから」
ジェイドの言葉を無視するようにセレナは僕たちに近づく。
僕とジェイドを見比べるようにした後、手を取って、
「お父さんとお母さんを助けに行こう」
と言った。
リンネさんとクライブの目を盗みながら、僕たちは島を出る準備をした。
肉の燻製やそのまま食べられる果実を樽いっぱいに詰め込んで、武器や道具を袋に詰めた。
そして、夜になり、クライブとリンネさんが寝ているのを確認すると僕たちは家の外に出た。
「よし! 準備はオッケーだ!
頼んだぜ、セレナ!」
僕とネイトはそれぞれ荷物をしっかりと抱きしめる。
その僕たちの肩を掴んでセレナは羽を羽ばたかせて浮き上がる。
「セレナ! 重くないかい?」
「へいき。じゃあ、いく」
セレナは羽を大きくはためかせて、前に進もうとした瞬間だった。
何かの影が、セレナをさらった。
セレナから引き剥がされた僕とジェイドは荷物もろとも地面に落ちた。
「いててて……ネイト、大丈夫か?」
「な……なんとか」
かなりの高さから落ちたせいでお尻が割れそうなほど痛い。
「ネイト、ジェイド。
何をしているんですか?」
僕は静かなその声に背筋がゾクッとした。
恐る恐る振り返ると、リンネさんがすごく怒った顔で僕たちを見下ろしていた。
「夜、寝静まった時を狙ったのは賢かったですな。
ただ、貯蔵庫を荒らした後に片付けをしなかったのは悪手ですぞ」
セレナを腕に抱いたクライブがのしのしと歩いてきた。
「しっぱい」
「そうだな、大失敗だ」
僕はため息を付いて、ジェイドは悔しそうに地面を拳で殴った。
リンネさんはしゃがみこんで、僕とジェイドの肩を掴んだ。
「いったいどこに行くつもりだったんですか」
「島の外……」
僕が目をそらしながら答えるとリンネさんは肩を掴んで僕の目をじっと見てくる。
「何のために?」
その目が怖くなって、僕は口を閉ざしていたけど、
「お父さんとお母さんを探しに行くために決まってるだろ!」
ジェイドが吠えた。
「もううんざりなんだよ!
リンネもクライブも本当のこと言わずに嘘ついて!
セレナは寂しがるし、ネイトもいじけているし、こんなの俺は嫌だ!」
僕はいじけたつもりはないが……でも、ジェイドの気持ちはわかる。
何を聞いても「もうすぐ帰ってくる」とか「お父さんとお母さんは僕たちのことが大好きだ」とか僕たちが嬉しくなる言葉を繰り返すだけのクライブやリンネさんが信用できない。
「僕も嫌だ! お父さんとお母さんを探しに行くんだ!
お父さんとお母さんに会いたい!
また、みんなで一緒に……暮らしたい……っ……」
大声で叫んだらなぜだか泣きたくなってきた。
そこにセレナが、
「お父さんと、お母さん……もう帰ってこないの?」
なんて言うもんだから、僕も……ジェイドも……怖くて、悲しくて大声で泣き出してしまった。
わあわあ、と声を上げて泣く僕とジェイドに釣られて、セレナも泣き出した。
島の外まで聞こえるくらい大きな声で僕たち三人は泣いている。
クライブはどうしたらいいのか悩むように顎を撫でていたが、
「ごめんなさい……」
そう言って、リンネさんは僕たち三人をその胸の中に抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何度も何度もリンネさんは僕たちを抱きしめながらそう言った。
僕やジェイドも怒られた時、ごめんなさい、って謝る。
だけど、リンネさんのごめんなさいは、僕たちのものよりもずっと、ずっと重くて、深くて、悲しいものに聞こえた。
「クライブ殿……もう、私には無理です……
この子たちに黙っておくことなどできません……」
リンネさんの声が震えている。
「ああ。貴殿はよく今まで耐えられた。
拙者よりも、ずっと親心を育んでしまったのにな」
クライブは優しく包み込むようにリンネさんの言葉を受け止めた。
「ジェイド様、ネイト様、セレナ様。
今のあなたたちでは島の外に出ることはできません。
それだけの力がないからです。
だから、御父上も御母上もあなたたちを置いていったのです。
安全なこの島の中で平和に暮らせるように」
クライブは僕たち三人の目を見て語り聞かせてくる。
僕はジェイドと目が合ったが、ジェイドは「嘘をついていない」と首を縦に振った。
「教えてほしい。
お父さんとお母さんは何のために島の外に行ったの?
島の外で何をしているの?」
僕の言葉にクライブはゆっくりとまぶたを閉じて、
「長い話になります。
それにあなたたちにはまだ難しいことも多い。
だが、知らなければならない。
御父上と御母上がどのような存在で、どのような使命を持ってここから旅立ったのか。
……拙者が平和に暮らしていた家族にしてしまったことも含めて」
と言った。
どこかが痛いのか、クライブの顔は微かに歪んでいた。




