第十二話 大切なもの
※シオン視点です。
何が何やらわからないまま家の外に叩き出された俺に向かって、ものすごい速度でジークさんが突っ込んできた。
右手には剣ではなく木の棒……でもジークさんの全力で殴られたらただじゃ済まない。
「【サウザンド・イー」
「遅い!!」
前面に魔力障壁を展開しようとしたがそれよりも早くジークさんの棒による一撃が肩を打った。
痺れるような痛みが走り、それに引火するように熱い焼けるような痛みが肩から広がっていく。
「弱点その2。
高速での接近戦の中で展開するには魔法は遅すぎる。
私が特別速いわけじゃない。
たとえば昔の仲間にリュウシンという奴がいたが、攻撃速度は私よりも遥かに速かった。
ヤツならこの一瞬で三撃は当てている」
「ジ……ジークさん……やめて!
なんでこんな!」
「弱点、その3!!」
ジークさんの後ろ回し蹴りがみぞおちに入る。
内蔵を潰されるほどの衝撃が走り、俺の身体ははるか後方に吹き飛んだ。
「殺気を読むことが出来ない。
なまじ五感が優れているからそれに頼らないんだ。
だから、私が今本気だということも分からない」
髪を夜風にたなびかせてジークさんがゆっくりと近づいてくる。
殺気が読めない?
いやいや、今ジークさんがヤバイことくらい分かってるよ!
なんで!?
さっきまで話し合っていたのになんで豹変したの!?
俺の戸惑いをジークさんは意に介さない。
再び超高速で突っ込んでくる。
空を飛んで逃げる?
ダメだ! 翼を展開して羽ばたくまで時間がかかりすぎる!
仕方なく俺は後退し、距離を取る。
家のすぐそばの林の中に飛び込み、木と木の間をすり抜けて追撃を阻もうとするが、逆にジークさんは木々を足場にした立体機動で俺の目の前に回り込んだ。
そして木の棒で俺を滅多打ちにする。
必死で腕と膝を上げて直撃を避けるが、痛いっ!!
服の上からでも俺の肌が破れるように痛む。
痛みが俺の気持ちをざわつかせる。
なんで……なんで……
こんなことするんだよっ!!
抗議するように俺は拳を放つ。
やぶれかぶれの一撃だったが、ジークさんの額にクリーンヒットする。
ガツリ、という音と共にジークさんの動きが止まる。
「じ、ジークさん! 大丈ぶ――」
「弱点……その4だ!!」
ジークさんの腕と足が鞭のようにしなり、俺のガードをすり抜けて脇腹や首、内太ももに突き刺さる。
鋭い痛みに俺は声にならない叫びを上げる。
「身体のこなしが絶望的に下手。
いくらバカ力でも急所を捉えられない攻撃などそよ風のようなものだ」
ジークさんは額を赤くしているが涼しい顔をして俺を見下ろしている。
その目は見たことがないほど冷たく恐ろしい瞳。
およそ夫を見る目じゃない。
史上最悪のデーモンスレイヤー。
数多の魔族を虫けらのように鏖殺してきた『聖剣の勇者』ジークリンデのその姿だというのか……
「弱点その5。
お前は危機感が足りない」
ジークさんの魔力が拳に宿っていく。
マズイ! あんなので殴られたら!!
咄嗟にジークさんの足元に仕込んだ魔法陣を発動させる。
喋っている間に練り上げたものだ。
黒い炎がジークさんを包んだ。
服が炎に灼かれ、やがて肌に――
「なま……ぬるい!!」
身体を炎上させながらもジークさんは拳を突き出した。
拳は俺の胸を突き上げ、一瞬呼吸が止まった。
グラグラと揺れる視界の中でジークさんにまとわりついていた黒い炎が霧散していく。
「魔法耐性には自信がある。
お前の父親の全力の魔法を食らっても消し炭にならなかったんだぞ。
手加減した炎では髪の毛すら焼けん」
服の袖やスカートはほとんど焼け落ちた。
だが、彼女の言うとおり身体には傷一つ無い。
……俺は見誤っていた。
ジークさんの強さは知っていたつもりだったけど、実際に相対して味わう彼女の強さは想像していたものとは比べ物にならない。
もし、剣を持っていたのならすでに何度殺されたかわからない。
人間たちに追われていた彼女を保護し、この島に連れ帰ってきた経験から彼女は俺より弱いと思っていた。
実際、肉体の頑強さは俺のほうが勝るだろうし、魔力は比べ物にならない。
ジークさんが1000人の兵士を倒すのはそれなりに苦労するだろうが、俺ならば一瞬で片がつく。
だけど……一対一で戦ってこの人に勝てる気がしない。
彼女に近い力を持つレオンハルトやバルディオスを圧倒して倒したから勘違いしていた。
俺とあの二人は相性が良かったんだ。
ともに中距離での戦いを得意とする射撃手タイプ。
それならば俺は距離をおいたまま悠々と魔力を練れるし、相手の攻撃にも備えられる。
だが、接近戦に精通し、魔法を封殺してくる相手に俺の戦い方は相性が悪い。
勝てない……勝つイメージができない……
恐怖に体が竦む。
同時に頭の中で氷が溶けるように彼女がこんなことをした理由がわかった。
「……俺の負けだよ。ジークさん」
そう言って両手を上げるとジークさんの鋭い目つきが緩んだ。
「思い上がっていた。
俺はこの世で一番強いわけでもないし、不死身でもないんだ。
このまま続けたら俺は殺されるね」
なんだか自分の間抜けさ具合に笑えてしまった。
俺は何かに夢中になると周りのことが見えなくなってしまうらしい。
ジークさんにこんなことをさせなきゃ止められないくらいに。
「そうだ。お前はお前が思っているほどに万能じゃない。
今のこの暮らしだって私と二人で作り上げたものだ。
だから……お前の一存で投げ捨てていいものじゃない」
ジークさんの殺気が完全に霧散した。
すごく疲れたような悲しそうな、そんな顔をしている。
「ゴメン。ジークさん。
本当にゴメン……だけど……」
俺は歯ぎしりして地面を叩く。
「だけど、子どもたちが普通に暮らせる世界を求めるのは間違ってないよね?
幸せになって欲しいと思うのは自分勝手じゃないよね?
だって、俺達はアイツらに幸せにしてもらって、これからもきっとそうだ。
アイツらには俺達以上に幸せになって欲しい。
俺達の幸せのためだけにアイツらを作ったんじゃないんだから……」
ジークさんはいつか孤独になる俺のために子どもを作ると決意してくれた。
こんな医者も産婆もいない島で命がけで子どもを産んでくれた。
その尊い思いと行為が自己満足や自分勝手なもののわけがないんだから……
俺はいつしか泣いていた。
ポロポロとこぼれ落ちる涙が地面を濡らす。
「間違っていないさ。シオン」
ジークさんはしゃがんで俺の涙を拭う。
「私もお前と同じ気持ちなんだから。
私たちはまったく違う生き物なのに、いつのまにかすごく似た者同士になってしまったな。
お前が描く幸せは私の描く幸せと、きっと同じ色と形をしている。
それを得るためなら私は……」
ジークさんは俺の頬を両手でつかみ、キッと目を見つめて、
「もう一度剣を取る」
と宣言した。
「ジークさん……それは」
「私も島の外に行くということだ。
お前一人ではどうにもならなくても、私と二人ならなんとかなる。
古龍の時のように二人で戦えば私たちに勝てる者などこの世にいない。
お前は私が守る。
私たち家族の未来にお前がいないなんてあってはならないんだ」
「いやいやいやいや!?
え、チョット待って!?
何それ!? あんだけ俺のことボコボコにしておいて、やろうとしていること俺と一緒じゃん!」
動揺し喚く俺を見て、ジークさんは鼻で笑う。
「お前は一人でいこうとした。
私はお前と二人だ。
お前は無謀で、私は冷静だ。
どこが一緒だって言うんだ」
「でもでも! だって!
子どもたちはどうするの!?
まさか連れて行く気!?」
「そんなわけないだろう。
どんな事態になるか分からないのに子どもたちを手元に置いて戦えるか。
アイツらはこの島に残していく。
今はクライブもリンネも島にいるんだからな」
淡々と話すジークさんはすでに決意を固めている。
こうなったらもう聞かない。
……ああ、ついさっきまでのジークさんの気持ちをよーく理解できた。
こんなの納得できるわけがない。
だけど、
「シオン。お前がやろうとしていることは気軽にできるものじゃない。
私たち二人がかりで全てをなげうつ覚悟で取り掛かってもできるかわからない。
分の悪い賭けかもな。
だけど、そうまでしてでもやる価値のあることだ」
ジークさんの瞳に迷いはない。
かすかな月明かりを受けて輝くサファイアのような青い瞳。
俺が恋い焦がれた瞳。
「シオン。お前は私に人生をくれた。
この人生を強く輝かせたい。
そうすることがきっと、みんなの幸せにつながる」
とても、美しかった。
降り注ぐ太陽の光のように。
世界を覆う白い雪のように。
ジークリンデは強くて美しい。
俺のたいせつな宝物……
「俺は、君に傷ついてほしくない……」
誰にも彼女を傷つけさせたくなくてこの島に連れてきた。
たいせつなものなんてなかった俺が手に入れた、たいせつなもの。
そんな彼女に剣を再び取らせて、戦場に向かわせるなんて、
「私もお前に傷ついてほしくないんだ。
だから、一緒に戦わせてほしい」
……いや、違ったね。
ジークさんはモノじゃない。
自分の意志を持ち生きている、人間だ。
そんな彼女が俺を選んでくれた。
俺と生きることを。
俺と……戦うことを。
「愛しているんだ。シオン。
私にお前を守らせてくれ」
唇が重なり合った。強く、熱く。
ジークさんの焦げた服の匂い、俺の口の中の血の香り。
それらを呑み込むように甘い感覚が押し寄せてきて、胸がいっぱいになる。
この人間の願いを叶えてやりたい。
強く美しいこの女を守りたい。支え合いたい。
そして、一緒に生きていきたい。
そのために俺は……生まれてきたんだ。
「……わかった。
俺の前に立ち、俺を守ってくれ。
俺は君の前に立ちはだかる敵をすべて焼き尽くす」
覚悟を決めよう。
どんな危険な場所でどんなことがあっても俺はジークさんと生き抜く。
怯えるものなんてもうない。
「よしっ! じゃあ本格的に計画を練らなくてはな!
敵は世界だ! 中途半端は許されないぞ!」
声を上げて立ち上がるジークさん。
俺よりもずっと細いのに凄くたくましく思える。
当然か。俺より強いもんな。
「クライブとリンネにも話さないとね。
アイツラにはきちんと留守番してもらわないと」
「まったくだ。
いつぞやのように目を離したスキにどっか飛んでいきました……
なんてことになったらシャレにならん。
アイツらもみっちり仕込まないと」
これからのことを想像する。
一筋縄ではいかないだろう。
苦戦も命の危機も織り込まなければならない。
大勢の人の住む世界に介入するということは、彼らの運命を変えることでもある。
それは悲劇を呼び起こすかもしれない。
それでも、最後に俺達が思い浮かべる景色は同じだ。
家族が笑って暮らせる平和な世界。
そこを目指して俺達は戦いを始める。




