第十一話 別れの予感
クライブとリンネの住む家造りが本格的に始まった。
場所は私たちの家のすぐ近く、同じ丘の上に建てることになった。
シオンとクライブは最初は乗り気ではなく、
「クライブなんて犬小屋で良いんだよ!」
「仰せのままに。
古来、我々人狼の民は住まいを作らず山や森で暮らしておりましたので」
などと言っていたが、
「お前たちが良くても子どもたちの教育に悪い!」
「そうです! 土や雨に汚れた姿でジークリンデ様の家に上がるつもりですか!」
と、私とリンネが説得したので2つ家を作ることにした。
この島は夏をすぎると嵐が訪れることもある。
風雨に晒される以上、できるだけ頑強な石の家を作ろうということになった。
クライブが地面をならし、私とリンネと子どもたちが必要な材料を調達して、シオンが建材に加工する。
下準備が終わると、シオンとクライブとジェイドとネイトは建物を組み上げていき、私とリンネとセレナは中で使う家具や生活用品を作る。
そんな風にして一ヶ月が過ぎる頃にふたりの家が完成した。
「やったあああ! 家完成!」
「結構面白かったな」
「もっと作れば、街、になるかも」
子どもたちは出来たての家に出入りしながらはしゃぎ合っている。
大人組は祝杯を上げながらその様子を見つめていた。
「まさか、親父と同じようなことをするとは思わなかったな」
「バアル王が?」
「ああ。この島に来て一緒にあの森の家を作った。
大嫌いな親父だけど、あれは少し楽しかったって覚えている」
シオンが父である魔王バアルとの思い出話を語ると、クライブは感極まって泣き出した。
こいつもあまり酒は強くなさそうだ。
「お二人はこちらのお屋敷も作られたんですよね」
「ああ。あれは大変だったなあ。
作ってる最中に私が妊娠して、悪阻だのなんだので作業できなくなって。
ほとんどシオン一人に作ってもらった」
「そうそう。新しい家で子どもを産んでほしかったからさ。
ま、いきなり3人もできちゃったから慌てて子ども部屋を大きく作り変えたんだ」
リンネはうっとりした目で私たちの家を眺めた。
「お二人は素晴らしいことをなさっていると思います。
大昔、人間が家を作るようになったのは小さな赤子を守るためだったと聞いたことがあります。
この家はお二人のお子たちへの愛の証のようですね」
「こそばゆいこと言うな」
私はリンネの脇腹を小突いた。
そうしているとクライネとナハトとムジークが寄ってきた。
「なんだ? お前たちも大きな家が欲しいのか?」
こいつらが子供の頃はシオンの建てた犬小屋で暮らしていたが、体が大きくなるにつれ、それぞれ島のどこかに自分の縄張りとねぐらを作るようになった。
「蒼き狼に小屋はいりません。
ジークリンデ殿」
「蒼き狼?」
クライブが言った言葉を聞き返す。
「ええ……彼らはおそらく蒼き狼と呼ばれる古代種、つまりあの古龍と同じ時代に生息していた種族です。
我々人狼族の間での伝承であり、信仰の対象でもあります。
このように大きく、知恵のある狼を他に知らないでしょう」
たしかに。
3匹はそれぞれ個体差はあるが、一番小さなクライネも牛のような大きさをしているし、落ち着きのないムジークも私たちの言葉を理解している。
いきなり島にやってきたクライブやリンネの命令にもちゃんと従っている。
「つくづく変な島だよなあ。
そんな古代種みたいなのが生き残ってたり、食料もたんまりあったり、宝石の原石まで見つかるんだから。
あっ! そうだ!
ネイトとジェイドがハーメルンで女の子にペンダントをあげてしまったんだった!
新しいの作ってやらないといけないよね」
シオンはわざとらしく気づいたふりをして私に同意を求める。
「まったく、アイツら自分がどれだけ高価なものを持っているのか知らないからなあ。
あのペンダント一つで城を買っても余るくらいのお金が手に入ると言うのに」
私の言葉にリンネが青ざめる。
一方、シオンは上機嫌でリンネに声を掛ける。
「お前たちにも作ってやろう。
二人のおかげで暮らしに余裕ができたからな。
給料みたいなものと思ってくれ」
「そ、そんな高価なものいただけませんよぉ!!」
慌てふためくリンネを私たちは笑った。
その夜、シオンは宝石の原石を磨く作業をしていた。
この島で採れるサファイヤはオーシャンサファイヤと呼ばれる稀少な種らしく、外の世界では既に掘り尽くされたと言われている。
そんなものを路上で暮らす親子に与えては逆に身の危険を招きかねないのだが……ジェイドとネイトには物の価値を教えるべきかもしれんな。
「しかし、ネイトって女好きだよな。
クライブよりもリンネに懐くし、この前の街でも踊り子の女の子を見に行きたくてジェイドの誘いに乗ったんだろう」
「まったく、誰に似たんだか」
「俺はジークさん一筋だよ」
屈託のない笑顔で微笑みかけてくるシオン。
色男なところは間違いなくお前似だよ。
「最近、クライブと仲良くやっているな。
少しはわだかまりが解けたか」
「さあね。あのジジイは腹で何考えているか分からないところあるから。
だが、義理堅いのも確かだ。
俺たちの害になるようなことはしないだろう」
シオンは宝石を指で持ち上げてその形を凝視し、再び手元で磨き始めた。
「なあ、シオン。
この先どうする?」
私の言葉にシオンは作業の手を止める。
「まあ……なるようになる、なんて考えじゃいけないんだろうな」
リンネとクライブが暮らしに加わったことで子どもたちの知識や経験は今まで以上に広がっている。
同時に、外の世界への好奇心も湧き上がっている。
彼らの口から伝えられる外の世界のいろんなことに興味を持ち、また、一度だけ訪れた街の光景を絵に起こしたりしている。
あんなに怖い思いをしてもだ。
「子どもはたくましいな。
私が逃げてしまったあの世界に向き合おうとしているなんて」
「それが良いこととも思わないけどね。
魔王を自称する上位魔族がただでさえ数の少ない魔族同士で殺し合っている魔界コキュートス。
横暴な権力者が民を虐げ、国を引き裂いて争いあっている人界マリアーヌ。
それに、法王の死によって封印から解き放たれた古龍。
あれが一体だけとも思えない。
リンネから話を聞いたけど、法王は神の教えを人々に伝えるという務めを持っている存在だが、国家の王も人の世を束ね統治する務めを持っている存在だって教典に書かれているらしい。
で、エルディラードの国王は8年前から行方不明……
外の世界はキナ臭いことだらけさ。
本当に滅んでしまうかもしれないね」
他人事のように言うシオンだが、それは彼が外の世界に興味がないからだろう。
彼は自分の目の前のものしか見ない。
そのことを悪くは思わない。
生きとし生ける物すべてに愛情を持つことなんてできるはずないのだから。
だけど……
私はシオンの背中に抱きつき、耳元でささやきかける。
「シオン。私はお前と一緒になれて幸せだ」
「なんだよ、急に」
「お前は私に全てをくれた。
居場所も、日々の楽しみも、子どもたちも。
だから、私はお前を幸せにすることで応えたいと思った」
シオンは照れくさそうに頬を掻く。
私は――
「なのに、どうしてお前は私を置いていくんだ?」
冷たい槍で貫くように、シオンに問いかけた。
シオンの頬を掻く指がピタリと止まった。
息を吸う音が聞こえるほどの静寂が訪れる。
「……アハハ、バレてた?」
「何年一緒に暮らしていると思っているんだ。
子どもたちと家を建てたり、家族の証のペンダントを作り直したり、惜しみ方がわかり易すぎるんだよ」
「えーっ。普段から家族ファーストの父親っていう自負があったんだけどなぁ」
ヘラヘラと笑うシオンだが目が笑っていない。
首に回された私の腕を掴んで、静かに語り始める。
「俺にとってはどうでもいい生き物が蔓延るクソみたいな世界だけど、子どもたちにはどう見えているんだろうね?
でっかいドラゴンが現れるスリル満点の世界なのか、可愛い女の子や楽しいものに溢れた夢のような世界なのか……自分たちを傷つける者がたくさんいる恐ろしい世界なのか。
ただひとつ言えていることは……あいつらは外の世界に焦がれている。
この島の中で得られないものが外の世界にあることを知ってしまったんだ。
いずれ、俺達が止めても聞かずに海を渡るだろう」
シオンは遥か遠い未来の光景を見ようとするように目を細めている。
「でも、さっきも言ったとおり、今の外の世界は汚れすぎている。
人にも魔族にも余裕なんて無い。
同じ種族であっても殺し合いをしている連中だ。
そんな奴らに人間でも魔族でも天使でもないうちの子供達を受け入れることはできない。
だったら余裕を作ってやればいいって思わない?
マリアーヌを引き裂いている邪魔な国境線を消して、コキュートスで調子に乗っている魔王連中を黙らせてやる。
戦いがなくなれば民の暮らしは楽になる。
暴君がいなければ人々は戦いを起こそうとは思わない。
そういう世界ならアイツラでも受け入れてやれるんじゃないかって」
「そのためなら私や子どもたちを手放すというのか」
シオンの言うように世界を変えるためにはこの島を出なければならない。
だが、それには危険が伴う。
子どもたちを連れて行くことは出来ない。
ハーメルンの街で起こった事件のことを考えると、マリアーヌに子どもたちの居場所なんてない。
少なくとも今は、子どもたちはこの島からは離れられないのだ。
「大望を成し遂げるまでは家には戻らないなんて、無鉄砲なことはしないさ。
ちょくちょく帰ってくるよ。
この背中の翼でビュー―ん! ってさ」
「帰ってこられればな」
私は冷たくシオンを見下ろす。
シオンは上目遣いで見返してくる。
「お前の力は強い。
だが、戦闘経験は乏しい。
あの古龍もお前一人じゃ倒しきれなかった。
そして、集団が作る国はあんな龍なんかよりもよっぽど手強い。
お前がよく言う世の中のままならなさを集約したものが国だ。
それを相手にお前が勝利を治めることができるなど、微塵も思えない」
「だったら……このまま何もするなって?
そんなの俺はゴメンだ!」
シオンはダンっと床を踏みしめて立ち上がった。
「人間どもに取り囲まれているネイトとジェイドを見たか?
あんな連中二人なら数秒で血祭りに上げられるくらい脆弱な連中だ!
だけど、その連中に怯えきって震えていたあの二人の姿を……ジークさんは見ていないだろう!
ショックだったよ……
まさか、アイツラにとって初めての街や住民との出会いがあんな悲惨なものになるなんて思っていなかった……
俺がアイツらを連れて行こうとしたジークさんに強く反対しなかったのは、外の世界をアイツラに見せてやりたいって気持ちがあったからだ。
俺達は居場所を作れなかったあの世界も、子どもたちには優しくしてくれるって……
根拠もなく信じていたんだ!」
シオンの目が潤んでいる。
分かっているよ。
だって私もお前と同じ考えだったから。
家族で揃って街を練り歩き、買い物をして、ご飯を食べて……
ヴァカンスのような時間を家族で過ごしたかった。
「無念を晴らすために世の中の在り方を変えようとする。
壮大なスケールの復讐だ。お前らしいよ。
だけど、それは子どもたちから父親を奪ってまで固執することか?」
「……一緒にいられなくても、俺達は家族だろう。
少しの間、離れて暮らすだけだ」
……ダメだ。
コイツはもう止められない。
言葉で言い聞かせようとしても無駄だ。
自分の考えが唯一の正解だと信じ切っている。
「お前の気持ちは、分かった」
うつむく、私の肩に手をかけるシオン。
「うん。子どもたちのこと頼むよ」
そう優しくささやき、顔をゆっくりと近づけてくるシオンの唇に――――
ドグシャアアアアアッ!!
「ブヘラッ!?」
私は渾身の拳を叩き込んだ。
シオンは勢いよく転がり壁に叩きつけられる。
「おぅっ……あぁ……じ、ジーク――」
「せあっ!!」
這いつくばるシオンの腹に蹴りを叩き込む。
ミシリ、とあばら骨が軋む感覚が足の甲に伝わるが、構わずに攻撃を続け、ついには窓を突き破ってシオンを家の外に叩き出した。
私も追いかけるように破った窓から家の外に出る。
痛みに体を震わせて地に這いつくばるシオンは恨めしそうな顔で私を見た。
「お前の弱点その1。
痛みに弱すぎる。
ろくに戦闘経験もなく、攻撃力全振りの戦い方をしているからな。
殺意を込めた拳の痛みにお前は耐えられない」
「じ、ジークさん……何を」
「世界を自分一人で変えられると思っているバカに現実を見せてやるんだ。
本気で抵抗して構わんぞ。
でないと――」
私は近くに落ちていた木の棒を拾う。
長さはちょうど剣と同じくらいでそれなりの重みもある。
いい塩梅だ。
「どうなっても知らん」
私は棒を振りかぶって地面を蹴った。




