二日目
私は夢を見た。
また同じ夢を。
昨日見たものとは全く変わらない夢。
ただ湖の上を歩いている。
昨日はパニックで気づかなかったが、足音がないことに気づいた。
浮かんでいるわけでもなく、足にはしっかりとした水面の感触を感じた。
ただ湖の上を歩いている。
景色も全く変わらない。
私はこのものの身体にしがみついている魂であるが為に、身体を自由には動かせない。
私はこのものが往く処をただ見守るだけであった。
何もない地平線を見ながらそう考えた。
私は目が覚めた。
私はまたじんわりと汗をかいていた。
体がじんわりと温かい。
先程まで歩いていたように。
昨日と違うのは夢を覚えていたことである。
私は怖くなった。
何かが近づいてきているのではないかと思った。
私は友人に連絡した。
一人の空間など耐えられなかった。
友人と昨日の喫茶店で落ち合った。
私たちは夢の話をした。
私たちは全く同じ夢を見ていたようであった。
私たちはこの気味の悪い話を互いの秘密としていたようであった。
自分たちのことに何かしらの関係があったのだろうかと思い、最近の出来事について話し合ってみたが、夢に関係のあるようなものは全くもってなかった。
まずまず夢の情報が少なすぎるのも、この推理を不可能にしている。
ふと、私はどこかの心理学者のことを思い出した。
その心理学者の患者は、「目を細めて太陽を見つめると、太陽のペニスが見え、自分が頭を揺り動かすと、それも動くが、それが風の正体だ」と語った。
ある心理学者は、ミトラ教の古い神話を読み、その患者の言っていた「太陽のペニス」についての記述を見つけたのだそうだ。
そしてその心理学者は、そのことに対して必死に研究し、ある答えにたどり着いたのだという。
それは、人には普遍的無意識または集合的無意識と言って、動物にとって普遍的なもので、個人の心の真の基礎であるのだと。
私はこのことを友人に話すと、友人は少し顎に手を当てて考えたあと、もしかしたら自分たちだけがこの夢を見ているのではないのかもしれないと言った。
友人はテレビ会社に電話をした。
その担当者も同じ夢を見ており、記事の話はスムーズに決まった。
私たちは結果を待つべくそれぞれの家に帰った。
その日の夜、テレビニュースを見ていると私も関わりのあるニュースが始まった。
それは、集団で同じ夢を見たという内容であり、それを見るとアメリカの州の約半分が、同じ夢を見ていたのだという。
私はこの夢を、まさしく普遍的無意識によって起こされるシンクロニシティであると感じた。
私は何かの前触れなのではないかと思った。
私は途端に怖く感じた。
それでも眠気はやってくる。
私はベッドに入り、眠った。




