Gravity - 008 - 青年たちが惑う話
その後も、小室は相変わらずだった。
和真にくっついたり離れたり、甘えたり突き放したり。
和真が、自分たちをまるで惑星のようだと例えたことがあった。地球から見た惑星は、ふらふらと動いて、近づいたり遠ざかったりをくり返し、ときに重なりあったりする。
「そうは思いませんか?」
「……ロマンチストぉ」
「あ、今茶化しましたね」
「茶化してない茶化してない」
「いえ絶対茶化しました」
自分たちも惑星のように、いずれ何かに飲み込まれてゆくのだろうか。
和真が愛おしいと思う。もらえる愛が嬉しい――同時に、苦しく感じる。与えられる分を、なにひとつ返すことができない。それどころか、壊してばかりいる。
小室は、時々そうするように、ポケットに手を入れてそっとコインの縁をなでた。
今だに、ふたりの関係性をからかわれることがある。そういうときは和真が適当にあしらって、追い返してくれる。
嫌な動悸がはじまる。和真への申し訳なさ、そんな馬鹿げたからかいをしてくるやつらへの苛立ち。
(……俺たちを放っておいてくれ)
小室は不意に、ポケットのコインを取り出した。
――手に馴染んだ、古びたコイン。何度も何度も触ってきたせいで、金色の塗装もすべて剥がれて、刻印の凹凸もすっかり滑らかになっている。
これを触っていると、少しだけ呼吸を取り戻すことができる。
「……あ」
不意に、和真は声を上げた。
「ん?」
「わかった、立花駅ですね」
「なんの話?」
「そのコイン」
「……これ?」
「はい、立花駅の開通記念コインだ。思い出しました」
こんなに滑らかになってしまったのに、和真には見覚えがあるらしかった。
「……これ、そうなんだ」
「はい。僕も昔持っていました、確か誰かにあげてしまったんですが」
「…………あげたんだ、誰に?」
「うーん、誰だったかな。確か知らない男の子に」
――まさか、そんなはず、あるわけがない。
そう思うのに、聞かずにはいられなかった。
「憂くん?」
「…………それってさ、花枝緑地公園?」
和真が、少しだけ目を見開いた。
記憶が、勝手に引きずり出される。
***
それは、5月くらいだったと思う。
その頃すでに両親の中は険悪で、怒鳴りあうこともあったし、ただお互いにピリピリとした空気を出していることもあった。
まだ7歳だった小室にできることはなく、ただ嫌気がさして家を飛び出した。
行く当てもなく街をさまよう。
たまたま、休めそうな公園があった――花枝緑地公園だ。ベンチにでも座って時間をつぶそうと、そこに足を踏み入れた。
公園にはきゃあきゃあと子供のはしゃぐ声と、それに応える大人の声に満ちている。失敗だったと小室は思った。その喜びに満ちた声は、そのときの小室にとって毒にしかならなかった。
場所を変えようと思って立ち上がりかけたときだった。見知らぬ少年が、目の前に立っていた。
「ねえ、どうしたの」
「……別に、なんか用」
「君が、さみしそうにしていたので」
「…………ほっといてくれ」
何か思い付いたらしいく、少年はズボンのポケットをごそごそと探りはじめた。
金色の塗装がされた、ピカピカのコインが入っている。
「開通記念」の刻印と、列車のイラストが彫られたコインだ。
「これを君にあげます」
「…………なにこれ」
「勇気のあかしです。持っていると勇気をもらえます」
「は、なにそれ」
そのとき、かずま、と少年を呼ぶ声が聞こえた。
随分と、日が傾きはじめていた。
「お母さんが呼んでる。私もう行かなくちゃ」
「あ、おい、これ」
「あげます! じゃあまたね!」
小室にコインを押し付けて、少年は声の方に走り出した。
おい、と呼びかけたが、振り向きはしなかった。
***
「……花枝緑地公園です」
「ひとりぼっちのガキに、これやったろ」
「…………はい」
小室は、手のひらのコインを見た。
塗装も凹凸もほとんどない、古びたコイン。
ゆっくり和真の方に視線を戻す。
「…………お前だったんだな」
人目もはばからず、小室は和真を抱きしめた。
***
それから徐々に、小室の行動は落ち着いていった。
無意味に女の子と遊ぶことはしなくなったし、連絡しないことも少なくなっていった。
ある日、小室は不意に、小さく声を上げた。
「あ」
「どうしました」
「なんか俺、大丈夫な気がする」
「……そうですか、よかったです」
きっと本当に、もう大丈夫だ。
大丈夫だと、思えた。




