第81話 【ジャスケダンジョン・十階層】
「マズイ――っ!?」
その声を上げたのは俺や凜々花、もちろん従魔たちでもない。
そんな焦りの声を一番上げなさそうな麗華が、とても焦った様子で漏れ出たと思わせられるほどに、か細い声で上げた声だ。
「――」
全身が冷えた。
見方だろうと一切の配慮がない、身体が芯から凍えるだけの冷気が、十階層全体に広がっている。
「……“氷睡蓮の花”」
花が咲く。
麗華の足元にとても美しい花が咲いたが、俺が抱いた感想は寒い。それ一点のみだった。
「――」
身体が震え、剣を持つことすらままならない。
怯えではなく、単純に身体が熱を求めて震えている。
そして咲いた花は時間が経過するにつれて、花びらが風に乗って舞っていく。氷製で重量があるはずだが、ダンジョン内に吹く微量な風に乗って宙を舞っていった。
刹那、俺たちの身体が吹き飛ばされた。
人を吹き飛ばす突風、それは何かが地面に衝突した際に生まれた衝撃波だ。
「何が落ちたんだ?」
何度か地面を転がり、その勢いを殺してから突風の発生源であろう場所に目をやる。
そこに居たのは、あまりに規格外の大きさを持った魔物。
ツチノコのように細い尻尾に丸まった胴体、そこから伸びる三つの首、そこに繋がった三つの頭。
それぞれの頭が舌をチロチロと出し、全身が鱗に覆われているその魔物は、名をヒドラと言い、未踏破ダンジョンである【富士山ダンジョン・五十階層】で門番のような役割を担い、数多の冒険者たちを屠って来た化け物だ。
「ヒドラ……」
【洞爺湖ダンジョン】の最下層である六十階層であった氷龍であろうと足元に及ばない。それが【富士山ダンジョン】が未踏破である理由でもある。
【富士山ダンジョン】の個体と全く同じ力を持っているとは思えないが、近しい実力はあるはずだ。そんな強敵を、麗華は俺たちみたいな足手まといを連れて、倒せるのか?
「爆ぜろ」
語気の強い麗華は見たことがなかった。
そんな感想を抱いている間に、ダンジョンには大きな変化が訪れる。
十階層に行き渡った氷の花ビラが一斉に弾けた。目には光を反射して輝いているだけにしか見えなかったが、ヒドラにとっては違ったようだ。
「――グラァァァ!!!」
ヒドラの悲痛な叫びが、俺たちの鼓膜を揺らす。
やはり俺たちは反射的に耳を塞いでしまう。だが一番近くに居るはずの麗華は、鼓膜を破るに足るであろう音を前にしても、平然としたままだった。
「……新しい力は便利」
そんな麗華の呟きが耳に入る。それと同時にヒドラの身体が爆ぜた。
それは身体に突き刺さっていた数多の氷の結晶が、急激に熱を孕み、ある温度を超えることによって爆ぜた。そうでなければ、俺はヒドラの体内が爆ぜた原理を理解することができない。
「降れ」
麗華の命令口調は、何処かぐっとくるものがある。
そんな危機感のない感想を抱きつつ、肩に降りて来た物に触れた。
「冷たい……雪か」
天候を変える。
これが麗華の本領という訳か。
「グラァ!!」
しかし雪が十分に降り積もるよりも早く、ヒドラが口にエネルギーを溜めた。それも純粋なエネルギー砲というわけではなく、人を溶かすレベルの猛毒を孕んでいる。
「麗華!」
流石に麗華であろうと、あれを喰らえば即死は免れない。
即死してしまえば、世界最高峰のヒーラーがいようと無意味になってしまう。
「ゴン太、たぬ吉、タマ、亀之助、悟空!」
従魔の返事と共に、それぞれが自分の役割を遂行した。
悟空はドラミングを行い、俺たちに有利な領域を作り上げる。それが終わると同時に、遠距離攻撃を持つ従魔たちの一斉放火がヒドラを襲う。
「グラァ」
ヒドラは煩わしそうにしてはいるが、全く効いている様子は見られない。だが射線をずらすことには成功し、ヒドラの口から放たれたエネルギー砲は、麗華の真横を通って行った。
「ありがとう」
麗華が飛んだ。
文字通り、跳んだのではなく飛んでいる。
「終わらせる」
「……」
目の前で行われる神業に、俺は言葉が出ない。
天より注ぐのは巨大な氷の矛。それがヒドラの頭の一つを貫いた。
「グラァァァ!!!?」
「――ッ!?」
その咆哮は耳が痛くなるだけでなく、俺たちの身体を吹き飛ばす突風を発生させた。
俺たちは地面に叩きつけられ、凜々花とまいちゃんは気絶、何とか受け身を取った俺も痛みで立ち上がれずにいる。
「はぁはぁ」
「麗華っ」
這いつくばりながら、ヒドラの方を見上げる。
そこには一本の頭が斬り落とされていながら、二つの頭でピンピンしているヒドラの姿があった。
「はぁはぁ、これでもダメ」
麗華の呼吸が乱れているところ、初めて見た。
それだけ消耗の激しい大技を使ってもなお、ヒドラを倒すのは叶わないのか。
「……再生」
麗華の呟きは、絶望が混ざっていた。その絶望は俺も感じている。
彼女がやっとの思いで一つの首を落としたのにも拘らず、その首が再生していた。
ちなみに【ジャスケダンジョン】本来のボスは、もっと可愛らしい蛇です。
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