第76話 スキルの通じない魔物
目が覚めた。
眼前には、見覚えのある双丘があり、後頭部には柔らかな物を感じる。
経験したことのあるその光景と柔らかさは、凜々花に膝枕されている際に経験する物だ。
「ありがとな、凜々花」
「大丈夫ですよ」
俺は凜々花の膝から上半身を起こし、周囲を確認する。
そこにはゴブリン大将軍がやられた後にも湧き続けていたであろうゴブリンたちが、氷漬けにされている姿が散見できた。
俺が眠ってからは、麗華が迫り来るゴブリンを対処してくれていたのだろう。
そんな戦い続けていたであろう麗華だが、俺の隣に座る彼女の姿に疲労の様子は一切見られない。
「麗華もありがとな」
「気にしなくていいよ」
「……そうか」
麗華にとってゴブリンを氷漬けにする程度のことは、一切の疲れも伴わない作業ってことか。
「……じゃあ八階層へと降りるか」
「コン!」
従魔たちの返事を聞き、八階層へと繋がる階段を降りる。
階段を進むにつれ、ゴブリンが纏っていた汚臭は鼻から抜けていく。
階段を降り切った先、鼻に香るのは草原のいい匂いだ。
野生動物が発する独特の匂いが香ってくることもなく、ただ草原の爽やかな香りのみが匂ってくる。
「ここが【ジャスケダンジョン】の八階層か」
「普通の平原に戻りましたね」
凜々花の言う通り、この階層には七階層にあったような砦はなく、ただの平原が広がっている。
魔物の姿が隠される程度には草木が伸びているため、降りてきて即攻撃を受けるような不条理な場所ではなく、まいちゃんが言っていたように比較的楽な階層なんだろうな。
「……これはちょっと不味いです」
「何が不味いんだ?」
「魔物の気配を全く感じ取れないです」
凜々花の【気配察知】は、生物の気配を感じ取って大まかな位置と数を把握できる強スキルだ。しかしそんな【気配察知】スキルでも弱点はある。それは相手が気配を消せるようなスキルを所有している時だ。
ダンジョン嫌悪派と思われる人間の襲撃を受けた際、そいつらは【気配察知】に引っ掛からなかったが、魔物で引っ掛からないのは、これが初めてだ。
「りりちゃんに頼っていた悟くんたちにとっては、楽な階層とは言えないかもね」
「――ッ!?」
俺は反射的に身体を動かした。
すると元々俺が立っていた場所に短剣が突き出されている。
「たぬ吉!」
「ポン!」
俺は確実に死角からの奇襲を受けている。
しかし身体が反射的に攻撃を避け、即座にたぬ吉へと攻撃を頼んでいた。たぬ吉の急須から放たれる“湧沸”だったが、短剣を突き出していた魔物は再び姿を消し、その攻撃が直撃することはない。
「クソっ、逃げるのが速いな」
「流石アサシンゴブリンだね」
「アサシンゴブリン……奇襲を専門としているゴブリン種か」
まいちゃんが教えてくれたおかげで、奇襲を仕掛けて来た魔物の正体を知ることができたが、俺はアサシンゴブリンが攻撃を仕掛けてきた際に、それがアサシンゴブリンであると認識できなかった。
それなのにまいちゃんがアサシンゴブリンだと分かったのは、俺以上の動体視力を持ち合わせているのか、ダンジョンに対する知識が豊富なのか……仲間としては前者である方がいいが、前衛を務める身としては後衛に劣っている気がして後者の方がいい……いや、素直に前者であることを願おう。
そんなまいちゃんへの嫉妬心は心の奥底に閉じ込めておきつつ、未だに俺たちのことを狙っているであろうアサシンゴブリンのことを警戒する。
「……凜々花、一歩下がっていろ」
「は、はい」
この中で最も感知能力が低いのは凜々花のはずだ。
凜々花は【気配察知】という感知スキルがあるが故に、自分の感覚は鍛え上げられていない。当然、同じパーティーである俺たちも影響はあるのだが、北海道遠征の際に少しは鍛えられている。
それにどうしてだか、俺は気配を消した相手に対して敏感に反応出来ている。嫌悪派の刺客の時も、先刻のアサシンゴブリンによる奇襲の時も、俺は反応できていた。
だから奇襲を得意とする相手は、俺が前衛となって攻撃を受け止めるタンク的な役割を持つべきだ。
「――ッ!」
今度は避けるのではなく、剣で受け止めることができた。
短剣を思いっきり剣にぶつけたことにより、多少なりともアサシンゴブリンの腕に痺れが走っているはずだ。
「今だ!」
凜々花や従魔たちの攻撃が、アサシンゴブリンを襲う。
俺も反撃に移ろうとしたが、アサシンゴブリンが飛び退いてしまったため、剣が空振ってしまった。
「チッ、あと少しだった」
もう少し反撃に移るのが速ければ、斬撃は直撃していたはずだ。
凜々花やゴン太たちの攻撃により、アサシンゴブリンの体力は残り少ないのだろうが、再び気配を消してきたため、油断はできない。
「……やっぱりか!」
俺は予想していた場所に剣を突き立てた。
刃はアサシンゴブリンの首を捉え、頭を刎ね飛ばした。
「はぁはぁ」
アサシンゴブリンが姿を見せたのは、凜々花の背後。
二度の奇襲でアイツも分かっていたのだ。凜々花は奇襲に対して耐性がないということを。
「大丈夫か、凜々花」
「ありがとうございます」
地面に倒れ込んだ凜々花に、手を伸ばして立ち上がらせる。
「じゃあ俺が前衛を務めるから、凜々花は中衛辺りで頼む」
「はい」
並び順を変え、八階層を進んで行く。
何故、悟が奇襲に反応できるのかが分かるのは、もう少し後になります。
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