第57話 洞爺湖ダンジョン 下
最下層である六十階層そのものがボス部屋となっていた。
階段を降り切ってすぐに、そこは強大な力を持った魔物の縄張りであることが分かる。
肌を刺すような殺気、身体を震わせることすら許さない重圧、芯まで凍えさせる冷気、その全てがボスの強大さを示していた。
「氷龍……」
キレイな水色の鱗を持った蛇のような西洋型のドラゴン。
巨大な洞爺湖から突き出た頭部は、だいぶ前に戦ったギガントトロール程度の巨大さだ。
「下がってて」
「分かった」
俺は麗華の隣から一歩下がる。
刹那、突風と共に麗華の姿が消えた。彼女が立っていた場所にはクレーターが出来上がっており、いかに彼女の身体能力が優れているのかを物語っている。
そして先刻のものとは比べ物にならない突風が俺たちを襲う。体重の重たい亀之助を除いて突風に吹き飛ばされ、ダンジョンの端にある壁に激突する。
「くっ――」
突風に押し付けられながら、何とか湖の方に目線をやると、そこには氷を纏うことで巨大化させた拳を振り抜いた麗華の姿と、その拳を喰らったことで大きく仰け反っている氷龍の姿が見えた。
「すげぇ」
子供みたいな語彙力のない感想しか、口にすることができない。
負けじと氷龍は口を開き、全てを凍てつかせる息吹を放った。その攻撃は麗華を一点狙いし、銃弾を優に超えるスピードで放たれる。
「――」
距離があり過ぎて何を言っているのかは分からないが、それが技名だということは直ぐに分かった。
息吹から身体を守るように、麗華の前方に生み出された氷の盾。それは常識の範囲内の分厚さでしかなかったが、息吹に貫かれることなく彼女の身を守り抜いた。
刹那、盾が弾ける。攻撃に負けたという訳ではなく、盾はその役目を終えて矛へと転じた。
弾けた氷の粒は氷龍へと襲い掛かり、数多の鱗を貫いている。
「グラァァァァァァ!!!!!」
痛みに悶える氷龍の絶叫がここまで聞こえて来る。
それと同時に湖の名から飛び出した氷龍。改めて分かる規格外の大きさに、俺は口を開きっぱなしにして見ていることしかできない。
「――」
それに合わせて麗華の纏う空気も変わる。
当たり前のように空中を浮遊している彼女の姿は、天使と聞いても納得できる厳かさがあった。
「――」
彼女は掌を、同じく空を飛んでいる氷龍に向けている。
刹那、巨大な氷塊が掌から噴き出した。その氷塊は、掌で支えられるとは思えぬ質量を持っているが、そこは特段気にならない。
その氷塊が氷龍の巨体を呑み込み、不可視の壁に押し付けているという事実に夢中で、そんなことはどうでも良かった。
「グラァ!!」
氷龍は身体をうねらせ、何とか氷塊の拘束から抜け出そうとしている。だが全く氷塊は動かず、それどころかどんどん身体に食い込み、押し付ける圧を強めてすらいた。
「終わり」
遠く離れているにも拘らず、何故だかその声だけは鮮明に聞こえて来た。
刹那、氷龍の姿が消える。それに似た氷像は存在しているが、あの巨体を一瞬で凍り付かせるのは麗華でも不可能だろう……そんな現実逃避は止め、麗華の下へと駆け寄る。
「終わったのか?」
「うん、楽勝だった」
誇らしげにVサインを送ってくる麗華。
俺は何とも不思議な気持ちを味わっていた。
彼女は六十階層のボスを無傷で生還してみせたが、対する俺は十階層のダンジョンすらクリアできていない。圧倒的な力の差を前にし、酷い無力感に襲われていた。
「どうしたの?」
「……何でもない」
「そう、じゃあ次のダンジョンに行こうか」
「そうだな」
宝箱を開封する麗華を横目に、俺は帰還用の魔法陣に乗り込もうとする。しかし彼女に肩を掴まれて、無理矢理止められてしまう。
「私が先に行くよ」
「確かに、俺の実力だと危ないよな」
「……」
「すまなっ――はぁ」
善意から来る言葉だったのだろうが、無性にイラついてしまい、だいぶ語気を強めて言ってしまった。
悲しげな麗華の背中を見て、謝罪の言葉を述べようとしたが、彼女は既に魔法陣に乗っており、一階層へと帰ってしまった。慌ててその背中を追い、俺も魔法陣に乗り込む。
「あっ?」
目の前で起きている光景を理解できなかった。
口から垂れている血液。
可愛らしい胸から突き出た槍のような武器。
あれだけ安心感のあった麗華の顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
「貴様が我々の計画を邪魔した男だな」
麗華に槍を突き刺している男が話しかけて来る。
計画の邪魔なんてした覚えはないが、彼女がこうなっているのは俺が原因らしい。
目の前が真っ暗になる。
また親しい人を失うのか……。
怒りの感情が昂るにつれて、ゴン太たちの唸り声が大きくなり始めている……ような気がする。既に俺は冷静ではなく、周りを的確に把握することなんてできない。
「魔物ごときに頼るなど、なんと情けないことだ――」
男は麗華に突き刺さった槍を引き抜こうとした。
しかし引き抜くことはできず、彼女ごと完全凍結する。
「面倒なことをしてくれる」
希望は見いだせた。
麗華はまだ死んでいない。
【ダンジョン嫌悪派】による襲撃です。
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