第56話 洞爺湖ダンジョン 中
「行くぞ!!」
ギガントトロールは接近する俺のことを見ても、全く動こうとはしない。格下だと見くびっているのか、そもそも飛び回る蠅としか思っていないのか……どちらにしても、動かないのは好都合だ。
「ゴン太!」
言葉にせずともゴン太には伝わった。
背後から感じる暖かい狐火の熱。それが生み出された瞬間、ギガントトロールの目が光った気がする。
「――」
刹那、俺は吹き飛んでいた。
ギガントトロールが何をしたのか、全く分からない。分かることといえば、数秒後に俺は地面に叩きつけられるということだ。
「かはっ――」
落下の衝撃で肺から空気が抜ける。
意識も一瞬だけだが暗転し、【長谷部】を手放してしまう。
「……何処だ?」
全身に走る激痛を我慢しながら上半身を起こし、ギガントトロールが何処に行ったのかを探す。
直ぐに見つけることができたが、そこはゴン太たちの目の前。その巨体が俺の目線を遮り、ゴン太たちがどうなっているのかが分からない。
「ゴン太――」
俺は立ち上がり、ゴン太たちの下へと駆ける。
一歩一歩踏み出す度に激痛が全身に走るが、【シンクロ】でゴン太の回復能力を行使し、無理矢理身体を動かす。
走りながら拾い上げた【長谷部】を構え、ギガントトロールの首元を狙って振り抜く。
刹那、俺の目に斬撃が映った。空中へと放ったため、不可視の存在であるはずの斬撃が、俺の目に映っている。それは三日月状の炎という形でだが。
「“狐火”?」
その疑問が解決することはなく、斬撃はギガントトロールの首元へと到達した。
燃える斬撃は、ギガントトロールが振り向くよりも早く首を切断し、身体を指揮する頭部を失った身体は前のめりに倒れる。
「ゴン太!!!」
それは却ってよくない状況を生み出してしまった。
ギガントトロールが倒れた先、そこにはゴン太たちが居る。そしてギガントトロールはまだ絶命していないらしく、巨体のまま倒れるだろう。
もしゴン太たちがあの巨体の下敷きになってしまえば、流石にマズイ。
「――!?」
何とかゴン太たちの下へと駆け寄ろうとするが、身体が言うことを聞かない。痛みとかではなく、物理的に身体が動いてくれない。俺は走るどころか地面に倒れ、【長谷部】を握っていることすら無理だ。
「ギガントトロールを一撃だなんて、凄いね」
聞こえて来た絶対的な安心を齎す声。
刹那、倒れるギガントトロールの身体が止まった。一瞬で凍り付いた巨体。その攻撃が致命傷となったようで、凍り付くのと同時に魔石へと変わった。
「はぁはぁ……良かったぁ」
巨体が消えたことで開けた視界。
その先に居る元気そうなゴン太たちを見た安堵感から、張り詰めていた気が解け、俺の意識はそこで暗転した。
◇◇◇◇◇
目が覚めた。
眼前に広がっているのは、可愛らしい双丘。
不敬だと殺されてもおかしくない思考を浮かべてしまったが、麗華は気付かなかったらしく、首を傾げてこちらを見つめている。
「起きた?」
「は、はい」
俺は目を見開く。
眼前に双丘が広がっているということは、俺の後頭部の下にあるのは西園寺の膝。俺は【日本最強の冒険者】“絶氷の薔薇姫”西園寺麗華に膝枕されていたようだ。
「す、すまん」
俺は膝の上から飛び退き、麗華から距離を取った。
その際、視界の隅に驚くゴン太の姿が見えたため、今の俺が飛び退くことができたのは、ゴン太が回復してくれていたのだろう。
助けてくれたゴン太を驚かせてしまったのは申し訳ないが、そんなことを考えていられる余裕はない。
「はい、君が倒したギガントトロールの魔石」
「えっ、でも」
「私はこの子たちを助けただけ。放置していても倒せていたよ」
麗華から受け取ったギガントトロールの魔石。
今まで目にしたことがないほどに巨大で、いくらになるか想像がつかない。
「じゃあ進もうか」
「あっ、はい」
巨大な魔石に感動を覚える暇もなく、麗華は階段を降りる。
麗華に置いて行かれては生き残れないため、急いでその背中を追う。降りた先、二十一階層に広がる光景は、二十階層までのそれとはまったくの別ものであった。
「……なんだよこれ」
「超巨大洞窟だよ。中ボスを超えた先の階層に生息している魔物は、それまでの魔物とは一線を画す……って誰かが言ってた。私にはよく分からないけど」
麗華は変わらずダンジョンを凍り付かせる。
巨大な洞窟は氷室へと変わり、俺にとって一番の強敵は寒さとなった。
「さむっ」
「コン?」
「ありがとな、ゴン太」
ゴン太の“狐火”が、冷える身体を温めてくれる。
「可愛いね」
「あっ、はい」
俺がゴン太たちを撫でていると、気付かぬ間に西園寺が隣にいて、ゴン太のお腹を撫でていた。
「じゃあ行こうか」
「分かった」
そこから先、最下層である六十階層まで魔物と接敵することはなかった。全ての魔物が出会う頃には魔石へと変わっており、俺は超長距離を歩いただけだった。
次回、【洞爺湖ダンジョン】のボスとの戦闘です
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