第55話 洞爺湖ダンジョン 上
【洞爺湖ダンジョン】の中は地上と変わらない。
違う点を挙げるとすれば、そのスケールと魔物が跋扈しているという点だろう。まだ一階層だというのに、洞爺湖は水平線が見える程に巨大。地上の洞爺湖を模しているのであれば、あるはずの中島すらも見えない。
「デカっ」
そんな簡単な感想しか口に出せない。
俺たちが呆気に取られている中、西園寺は感情の波を露出させることなく、水辺に掌を添える。
「“冷地”」
刹那、巨大な湖が凍結した。
表面だけでなく、湖の中までが完全に凍り付き、水中を縄張りとしていた魔物たちもまた凍り付いている。
「――」
これまでもそうだが、西園寺の圧倒的な力に対して、俺は唖然することしかできない。魔物であるゴン太たちもまた唖然としている。
「行くよ」
「あ、ああ」
元々湖だった氷の上を進む西園寺の背中を追い、俺たちも氷の上を進んで行く。氷の中には無数の魔石たちが見えるが、取り出すことはできなさそうだ。これだけの金脈に一切見向きもしない西園寺は、どれだけのお金を稼いでいるんだろうか……はぁ、虚しくなってくる。
「危ないよ」
「――」
思わず腰が抜けてしまう。
空から滑空してきた巨大な“怪鳥”。見たままの名前を付けられた魔物“怪鳥”は、弾丸が如く落下し、俺の命を奪わんとしていた。
西園寺の警告のお陰で避けることができたが、砕け散った氷を見た限り、受けていたら一撃で死んでいただろう。
「“冷槍”」
命の危機に瀕しているにも拘らず、頭はとても冷静だ。
目の前で呆気なく凍り付く、俺を殺そうとした怪鳥に対し、これといった感情を抱くことがないまま、俺は立ち上がった。
「ありがとう、西園寺さん」
「麗華でいいよ」
「……麗華さん」
「麗華でいいよ」
絶対に麗華と呼ばせる気だな。
断固として呼ばないぞ!!
「……」
「麗華」
怖かったからではない。
何となく、麗華と呼びたくなったから呼んだだけだ。断じて、怖かったから呼んだわけではない!
「行くよ」
「分かったよ、麗華」
「うん」
麗華はとても満足そうだ。
どさくさに紛れてタメ口で行ってみたが、許されたみたいだな。社畜時代に散々敬語で話していたから、冒険者みたいな自由な職業に就いたからには、話もラフに行きたかったからちょうどいい。
そんな戦闘には一切関係ないことを考えながら、中島にあった階段を降りる。
デジャブ
降りた先で抱いた感想は、その四文字だった。階段を降りたとは思えないほど、一階層にそっくりな二階層。
そんな状況でも、ここが二階層であると分かるのは、麗華が力を行使した跡がないからだ。
「進むよ」
刹那、ここが一階層なのか、二階層なのか分からなくなってしまった。麗華の力により、湖は完全に凍結し、生き残っている魔物は空を生息域としている鳥のような魔物のみ。
前述したように、空に魔物が居るということは分かっているため、先刻のように、油断して魔物に襲われることはない。
「じゃあ行くよ」
「分かった」
単純作業。
ダンジョンを凍らせる麗華の背中を追い、階段を降り続ける。何階層にも渡って降り続け、俺は何もすることなく二十階層まで降りて来た。
そこにあるのは一階層と変わらぬ光景だが、一点だけ違う点がある。洞爺湖中央に浮かぶ中島、そこには階段だけではなく、階段を守るように陣取る巨大な魔物の姿があった。
「中ボス、ギガントトロールだよ」
中島まで相当な距離があるにも拘らず、圧倒的な存在感を放つ魔物“ギガントトロール”は、十数メートルの巨体と、その身体に見合わぬ超スピードで大量の冒険者を殺してきた強力な魔物だ。
だが俺の身体に震えはない。隣にいる最強が、俺に対して最大の安心感を与えてくれている。
「戦ってみる?」
「はっ?」
イカレてんのか?
この言葉が頭をよぎるのは、久しぶりかもしれない。基本的にクソ医者と凜々花にしか思わなかった「イカレている」という言葉を、日本最強に対して感じるとは思いもしなかったな。
「頑張れば、君らでも勝てるかも?」
「いや、勝てるかもはダメだろ。確実に勝てるならまだしも、勝てるかどうかも分からない、必要のない戦いに挑む意味なんて全くないだろ」
「そうかなぁ? 私が居るから死ぬことはないし、戦っておいたほうが良いんじゃない?」
……正論だ。
久しぶりに正論で殴られた気がする。確かに絶対に死ぬことがない状況で、強敵に挑むのは良いことなのかもしれない。
「じゃあ頑張って」
「……ああ」
先刻までの安心感は消える。
目の前に立つ巨大な魔物に対する恐怖だけが身体を支配し、全身の震えが止まらない。ゴン太たちの頭を撫でていなければ、腰が抜けてしまいそうなほど怖い。
「頑張ろう、ゴン太、たぬ吉、タマ、亀之助」
「コン!」
「ポン!」
「ニャン!」
「カメ!」
ゴン太たちの元気な返事に、身体の震えは止まった。
俺はゴン太たちの前に立ち、凜々花の武器である【長谷部】を構える。
「行くぞ!!」
日本最強は伊達じゃない。
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