第302話 検察官
俺がサインした書類を持って、甲斐は部屋を後にした。
部屋に一人残された俺は、書類の山と格闘している。一度崩れた書類の山は、優先度合いというものが消失し、残っているのは遠近というシンプルな概念のみ。ただ近くにある書類から、読み込みサインするという単純作業を、甲斐が帰ってくるまで繰り返した。
甲斐が出て行って以降、開かれることのなかった扉が再び開かれた。そのスパンは時間にして約一時間。法に関する知識を持つ者を、探し出すのに掛かった時間にしては、だいぶ短い時間だろう。
「連れて来ましたよ」
「その人が、法関連の知識があるという人か?」
「ええ。こちら旧日本国における検察官の職を務めていた、小早川景子様です」
「一応、司法試験は合格しています」
甲斐と共に部屋に入って来たのは、旧日本国時代であれば環境に合っていないにも拘らず、一般的な服装となっていたスーツに身を包んだ、仕事人としか表現しようのない、真面目そうな女性だ。
いつ何時危険が訪れるのかも分からないという環境だというのに、スーツのパンツスタイルなんて、旧日本国以上に適していない服装だというのに、未だにその服を着続けているのは、何らかのこだわりというものがあるのだろう。
「……甲斐、彼女の持つ法関連が正しいという根拠は?」
本人の証言が正しいとは限らない。
こんな世界になった以上、身内以外への信頼度は著しく落ちている。ただでさえ法治国家時代も嘘つきはいっぱい居たのに、こんな法すらも存在していない世界になったのだから、他人を言葉を信頼することなんてできない。そもそも国王になったからといって、国民全員に信頼されているとは思っていないからな。
「私が持つ限りの法知識に嘘を交えながら投げかけ、その正負を完答してみせたのが小早川様です」
「なるほど……」
この調べ方であれば、まあまあな信頼性があるか。
前提として甲斐の法知識が豊富で正しいというのがあるが、今の甲斐はエリートと言っても過言ではないから、きわめて正確性のある調査方法……だと思う。
「なら一旦は信じておこう。これが嘘だった場合、それ相応の罰を負ってもらう。構わないな?」
本気の殺気は出していない。
だが一般人であれば、ある程度の恐怖を感じる程度の圧を出しながら、小早川に確認を投げかけた。目が合っている。圧を掛け続けているが、その表情に焦りや恐怖は感じられない。そもそも冷や汗すら流さないのは、どんな肝の座り方をしているんだ。もしくは、この程度の圧には屈しない実力者だったのか……どちらにしても、油断できない相手には違いないだろう。
「ええ、構わないです。私は正真正銘、旧日本国の検察官でしたから」
「……であれば、構わない。甲斐、今回の招聘理由について説明してやれ」
「はい、畏まりました。小早川様を今回お呼びした理由ですが……」
甲斐の説明が始まった。
俺はそちらから目線を外し、再び書類の山へと目線を向ける。しかし完全に意識を外したわけではない。急に暴れ出した場合は、即制圧できる程度には意識を向けている。
偶々手に取った書類は、窪田王国ダンジョン協会からの要請書だった。
要請者は江梨子。ダンジョン協会の総裁であり、窪田王国における最高戦力だ。
滅茶苦茶長い文が書いてあったが、極めて短く要約すると『現場は人が足りていないんだ、お前も手伝え』と書いてある。まあもうちょっと柔らかな言葉が使われていたが、江梨子自身の気持ちはこのくらいのことを言いたいんだろうな。そう思うほどにトゲトゲとした文章だった。
「はぁ」
「王、説明が終わりました」
「早かったな……それで、小早川は対応できそうか?」
「できるかできないかで言えば、できるでしょう。しかし向こうの思うようにいかなかった際、どのような手段を取ってくるのか分かりませんので、下手に刺激するのは最適解と言えないと思います」
「なるほどな……潰すのは容易でも、繋がりのある個人や商会、企業から恨まれると考えたら、安易に潰すのは駄目。しかし受け入れるのは、王としての権威が失墜するからもっと駄目……俺たちが選ぶべきなのは、丁度いい塩梅で攻め立てるってことか」
「そこまでは言っていませんが……その通りだと思います。私にできることは、法関連の話から、政権側の支払い義務はないということを説明するだけで、それ以上のことは何もできませんので、最終的な判断は国王様側で決めるのが、よろしいかと思います」
「……ありがとう。最終決定はこちらで決めるから、それまでの間、来客室で休んでいてくれ。帰ってくれても構わないが、我々は商会側の攻撃から君を守る術はない。よく考えて、選んでくれ」
「こちらで待たせていただきます。できればお風呂に入りたいのですが……」
「図太い奴だな……まあいい。甲斐、案内してやってくれ」
「畏まりました」
俺は再び一人になった。
どうしたものか……あの女、最初から最後まで、俺から目線を外していなかった。全く、油断のできないものを内側に引き入れるのは、こんなにも精神が擦り減るんだな。
窪田王国のダンジョン協会の主な仕事は、皇居と地下のダンジョンの管理。
特に地下のダンジョンは協会所属の冒険者たちに条件なく開放しているため、そっちの管理が忙しく、【皇居ダンジョン】の管理が疎かになって来ているので、文句を言っています。
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