第285話 懐かしい
あの女性が帰ってくるまでの間、俺たちは暇になった。
魔物の襲撃を警戒して、いつでも戦闘を始められる準備はしておいたが、一向に魔物の姿を捉えることはなかった。これは憶測に過ぎないが、ここら一帯の魔物はあの女性のグループによって、掃討されているのだろう。
「どういう判断で来るか……いきなり攻撃してくる可能性も捨てきれないからなぁ……念のため準備は済ませておいてくれ」
「分かった」
「――」
俺のお願いに対し、麗華と従魔たちの揃った鳴き声が返って来た。
広忠の返事がないのは、自分は戦闘の役に立たないという自覚があるからだろう。まあ凜々花の居場所を知ることができる広忠には、戦わせるつもりはないから、それでいいんだがな。
「――ッ!?」
警戒度を高めていたという訳ではないが、油断していたわけではないのに吹き飛ばされた。幸い、地面に叩きつけられた際のダメージはあったが、突進によるダメージはゼロに等しい。
直ぐに立ち上がろうとしたが、腹部に感じる重さが、その行動を拒んできた。
「誰だっ――」
腹部に居るそれがタックルを仕掛けて来たというのは、状況証拠的に99パーセント間違いではないだろう。しかしそんなことはどうでもよかった。目を合わせた相手は、無理矢理別れさせられた時と、なんだか違って見える。
「凜々花……だよな」
「ああ、私は凜々花だ。久しぶりだな、悟」
「久しぶりんぐッ――」
無理矢理唇を奪われた。
そのことに対して特に思うことはないが、どうして広忠は凜々花の接近を伝えなかったのか、それだけを問いただしておきたいのだが、首を凜々花に固定されているせいで、確認を取ることができない。
「はぁはぁ、見ない内に雰囲気が変わったか?」
「いいや。私は私だ。変わっていないだろう」
違和感の正体はあれだ。
凜々花が原因で俺の意識が長期間戻らなかったとき、アイツの偉そうだった性格が、弱々しいものへと変わった。その性格が変わる前の偉そうな性格に戻っている。
「そうだな。凜々花は元からそんな感じだ」
「いやぁ、まさか悟が隻腕になるとは、思っても居なかった」
先に立ち上がった凜々花が、腕を突き出してくる。ここで左腕を突き出して来たら性格の悪い奴だが、凜々花はしっかり右腕を突き出して、右腕しかない俺が掴みやすいようにしてくれている。
その腕を掴むと、俺の身体は立ち上がった。
以前の凜々花とは全く違うな。雰囲気は勿論のことだが、膂力も圧倒的に強くなっている。
「将軍! 危ないので、先へ行かないでください!」
「将軍?」
「ああ、私のことだ。まあ来てもらえば分かるから、一度一緒に来てくれないか?」
「ああ、分かった」
遅れてやって来た少しおバカな女性が、凜々花のことを将軍と呼んだ。
日本における将軍と言えば、古には坂上田村麻呂、比較的新しいので言えば徳川家康。最初は武によって主に蝦夷などの征伐を行う役職が、武士の台頭と共に武家の棟梁としての職へと変わり、天皇家と朝廷の権力の低下に伴い、武と政治のトップとなった征夷大将軍のことだろう。
オタクみたいな思考をしてしまったが、端的に言えば天皇より授けられし、武の棟梁ということだ。最後の将軍である徳川慶喜が大政奉還を行ってから、ダンジョンの発生と言うイレギュラーを以てしても、将軍が誕生することはなかったはずだが……凜々花が江戸幕府以来の将軍になったということなのか?
「れいちゃんと――父さん」
「凜々花。元気だったんだな」
「……ああ、元気にやっていたよ。まあ色々と大変だったけどな」
凜々花と広忠の間には、目に見えない壁があるように思えた。
だが俺たちが水を差すわけにはいかない。親子の関係に、部外者が口を挟むのはご法度だかな。
「……」
とても気まずい。
麗華だけは特に気にしていなさそうだが、俺や従魔たちは勿論のこと、少々脳筋の気がある女性も気まずそうな表情を浮かべている。
「悟」
「どうしたんだ?」
気まずい空気の中、急に凜々花が名前を呼んできたため、少しどもってしまいそうになったが、何とか詰まることなく返事することができた。
「窪田王国と名乗ったってことは、日本国の復興はないと思っているってことだろう?」
「……うーん。そもそも日本とか考えていなかったなぁ。ただ【豊臣】……【十聖】の真の黒幕だった羽柴とその部下たちに勝つには、安定的な基礎が必要だったから、国を名乗っただけで、別に日本から独立するとかは考えていなかったな」
「……そうか」
「……」
再び静かな空間へと戻る。
それからは、凜々花たちの本拠地に到着するまで、口を開く者はいなかった。
将軍の職を冠する凜々花、その理由とは!?
ブックマークと★★★★★をお願いします




