第281話 龍の焼肉
断面を前にしただけで、食欲が刺激される龍肉。
それを適切に料理したら、どれだけの美味さになるのか、想像するだけで涎が零れて来る。
「じゃあ肉はどのくらいの硬さなのか……」
足を切断していた大剣よりも一回り程小さい大剣を、足の切断面へと突き刺した。硬い。だが身体から足を切断するときに比べたら、幾分柔らかく感じる。ブロック状に切り出していく。
これまた時間が掛かった。足を切断するときに比べれば、かなり楽な作業だと言えるが、それでも重労働だということに変わりはない。
「ふぅ、この肉塊を得るために、計何時間を費やしたんだろうな」
元々の目的は龍の撃退だったため、肉を得るために時間を費やしたというのは語弊があるかもしれないが、結果的には龍肉を得るために追加で時間を費やしているわけで、龍肉を得るために戦ったという受け取り方もあながち間違っていないだろう。
「ふぅ、これだと俺一人分にしかならないから、最低でもあと七つ切り出す必要があるのか……ふぅ、頑張るか」
それからというもの、俺は一人で龍肉をブロック状に切り出していった。
その間麗華や従魔、広忠たちは各々自分がやりたいことに時間を使っていたようだ。まあキャンプ飯は俺がやりたいことの一つではあるから、麗華たちとあまり変わらないと言われればそこまでの話だが、流石に美味しいって言って貰いたい。もしマズイと言われた場合、俺はショックで死ぬかもしれない。
「はぁはぁ、やっと切り出し終わった」
「お疲れ様、悟」
「ああ、ありがとう」
麗華から渡されたコップを、一気に飲み干す。
中身は普通の水だったが、汗で水分の抜けた身体を一気に潤してくれた。
「じゃあキャンプ飯を始めるか」
「頑張って」
麗華に応援されながら、焚き火用の薪を組んで行く。
丁寧にやらなかったとしても、体内から火力の操れる火を出せる以上は、的確に肉を焼けるのだろうが、こういうのは様式美だ。結果だけではなく、過程も楽しんで行く。これが娯楽ってものだろう。
「よし、着火だ」
指先を組んだばかりの薪に近付ける。
そして着火。無事に薪は燃え、事前に予想していた通りの火力で安定した。
「じゃあ焼いて行くか」
サイズがサイズなので、一つ一つ焼いて行くことしかできない。
成功したら麗華に、もし失敗したら俺用の肉ということでいいだろう。
「――っ」
フライパンの上に龍肉を置いた瞬間、香りが爆発した。
狭いキッチンなどではなく、空気の移動を妨げることのない屋外だというのに、龍肉の香りは鼻と食欲を刺激し続けている。まだ表面すら焼けていないというのに、この香りを出せるのだとしたら、完全に調理を終えた時はどんな香りを放ってくれるのだろうか……そんな疑問で頭が一杯になってしまう。
「……」
「悟、口」
「おっと」
麗華に指摘されて、慌てて口を拭う。
意識を強く持とうとしないと、この魅惑の香りに持っていかれて、直ぐに涎が垂れてきてしまう。せっかくの龍肉を涎で汚すなんて、勿体なすぎる。
「じゃあじっくり焼いて行くか」
龍肉は炎や熱に対して耐性があるのか、中々火が入って行かない。
ただ少しずつ熱は入って来ているので、焼けないなんてことはないはずだ。
「……味付けはどうするか」
これだけの匂いを出せるのであれば、このまま味付けなしで進んだとしても、旨味の爆弾を持っているはずだ。しかししっかりとした味付けをした龍肉も食べてみたい……ここまでの苦労を無駄にするなんてことは絶対に嫌だ。後悔しない選択を……。
「よし、味付けなしで行くか」
そこそこ表面が焼けて来たので、フライ返しを使って引っくり返す。箸やトングでは掴み切れないサイズだから、こうすることでしか引っくり返すことはできない。やろうと思えば、もっと小さくすることはできたが、龍肉はワイルドに行きたいから、苦労を取った。
「……焼けたな」
龍肉による焼肉は成功した。
フライパンから皿に移し、麗華へと渡す。
「いただきます」
「おあがりよ」
いただきますに対して某食戟作品のように返してみたが、あの作品の手の込み具合に対して、こちらはシンプルな焼肉に過ぎないから、なんだか恥ずかしくなってきた。
「あむ……」
そんな羞恥心に襲われていると、麗華が一口食べた。
焼いていて思ったが、火を通した龍肉は一般的な牛肉を凌駕する柔らかさをしていた。麗華も驚いているのだろう。龍肉を一口食べた瞬間から、目を丸くして微動だにしていない。
「麗華、大丈夫そうか」
「……」
「どうした?」
何かブツブツと言っているが、あまりに小さな声に、俺の聴覚でも聞き取ることはできなかった。
「うまぁーい!!!」
ダウナー系の麗華が急に叫び出した。
あまりに急で、あまりに大声だったせいで、俺は腰が抜けてしまった。
龍肉は美味い。
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