第276話 全力の一撃
俺も龍も、火達磨にはならなかった。
炎を放出したのは確かだが、鱗が一定の熱を吸収する効果でもあるのか、殆ど燃え広がらずに鎮火してしまった。
「チッ――」
このまま背中に居てもできることはないため、龍の背中から飛び降りた。地面までの距離はかなりあったが、飛竜を食して強化された肉体は、落下程度で傷付くことはない。
「【六道】を使わないと、倒す術はないだろうな……チャンスを探るか」
「グラァァァァ!!!」
龍は大きく開いた口を、こちらへと向けて来た。
その口内には、濃密なエネルギーが見える。あれを正面から喰らえば、灰しか残らないだろう――灰も残らないかもしれないな。
「……」
後ろを見たが、そこに麗華たちの姿はない。
もし避けたとしても、俺たちに被害はないだろう。しかし方角的には京都があった。もし威力減衰が少なく、京都まで届いた場合……ないと思うが、もしもの時がある。
「どうしたものか……攻撃で使いたかったが、仕方ないよな。【六道】」
【六道】。
仏教由来の六つの道。これまで“天道”を多用し、状態異常を掛ける“人間道”を攻撃手段として使用してきた。だがこの二つでは、あの息吹を止めることはできない。これは予想ではなく、確信している。
「“餓鬼道”」
“餓鬼道”。
それに内包された権能は、二つある。まず一つ目は相手に満たされることのない飢えと渇きを付与する力。そして今回使用した、満たされることのない飢えと渇きを満たすための力――“悪食の口”だ。
掌を突き出し、異空間を開く。それは餓鬼の口であり、全てを喰らう悪食の口である。
「グラァァァ!!!!!」
放たれた全てを溶かす高温の息吹。
それが“悪食の口”に触れた瞬間、一気に呑み込んで行く。だが息吹を無力化しているのは、悪食の口内に入ってからであって、そこに至るまでは、そのままの熱を孕んでいる。つまり放射熱だけで肌が急速に焼け焦げていた。
「――ッ!?」
今のところ息吹の火力と再生能力が拮抗しているようで、全身が焼け焦げるみたいなことは起きていないのだが、肌で感じる痛みが尋常じゃない。これまでに経験してきた痛みの中でも、トップクラスに痛かった。
「――根競べだ」
俺の“悪食の口”が解ける方が先か、龍がエネルギーを使い切るのが先か……見た目的には敗北必至な体格差だが、内包されたエネルギー量と外見は比例関係ではないからな。
「……」
「グラァァ」
龍の鳴き声が弱まって来た。
だが未だに息吹の火力は強いままだ。
「かはっ――」
こちらは【六道】の代償で内臓がズタズタ。これは魔の存在としての再生能力では、治療し切れない傷だ。時間の経過で治るのを待つしかない。もう少しで代償の肥大化で、【六道】の効果が切れてしまう。
「グラァ……」
「――っ!」
息吹が止まった。
根競べで勝った。だがこちらも【六道】の代償で内臓がボロボロだ。このまま戦いが長引けば、こちらが負ける。だから龍がエネルギーを使い切った今、倒し切る必要がある。
「麗華ァ!」
「分かった」
阿吽の呼吸。
名を呼ぶだけで、麗華は理解してくれた。氷の階段。それは“天道”の力を使わずに、俺を空へと導く。エネルギーを使い切り、満身創痍で地面に倒れる龍の真上。
「【シンクロ】」
借りた力は悟空の“赫猛”とたぬ吉の熱湯、タマの“線斬”、亀之助の“水弾”、そして竜馬の風の力だ。従魔たちの力を一つに纏める。
右手の上に“水弾”を生み出し、それをたぬ吉の力で熱湯に変える。それを竜馬の風で不規則に回し続け、運動エネルギーを溜める。そして悟空の“赫猛”による膂力で、思いっきり握り締める。
「【六道】」
既に内臓はボロボロ。これ以上使用した場合の代償が、どれほど大きいのかは想像もつかない。だがここで勝てなければ、今後生きることすらできないのかもしれない。であれば、ここで力を使い切るというのも、間違った判断ではないはずだ。
「天道っ」
大量の血が口から出る。
だが右手は使えないため、大量の血が舞った。零れた血が熱湯の“水弾”に混ざり、赤黒いものへと変わった。
「はぁはぁ、これで終わると良いな」
氷の階段から身を投げた。
落下するのに合わせて、頭を下へと向ける――というよりも右手を龍の背中に突き出すような形を取った。
【六道】で使用した権能は、これまで使用したことのなかった陽光だ。
だがまだ発動はさせない。着弾まで待つ。待機状態は代償を負い続けることになるが、待つ。
そして掌が龍の背中へと到達した。その瞬間、全力で“水弾”を握り、掌から陽光の力を発した。陽光は俺が放つ炎以上の熱を持ち、当然水蒸気爆発は起こる。その爆発は俺によって齎される音であり、タマの力が作用する攻撃だ。
今の悟は内臓の七割が損傷しています。
それでも生きていられるのは、既にヒトではないからです。
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