第274話 野営の準備
広忠がフラグを建ててから、一時間。
本物の龍に襲われることなく、順調に京都への道を進めていた。
魔物に襲われていないわけではないが、全てが先刻の飛竜――いや、焔鷹未満の力しか有しておらず、簡単に対処することができていた。しかし時間を喰われるのには変わりなく、既に日は落ち始め、あと数十分程度で完全に夜を迎えるだろう。
「麗華、夜も進むのか?」
「……そのつもりだったよ」
「流石に休もう。麗華だって疲れているんじゃないのか? これは体力の話じゃなくて、精神的な話だ」
「……確かに疲れた」
「じゃあ地面に降りて、休もう」
俺の指示通り、氷球は高度を下げる。
地上には数体の魔物の姿があったため、俺が先に降りた。
「オーガか」
強靭な赤い身体に、額から伸びる短いツノ、その大きな身体に見合った金棒を持つオーガ。この身体になっていなければ、一人で対処するのは不可能だったであろう、かなり強い魔物だ。
「行くぞ」
「グラァ!」
それが三体。俺を囲むような立ち位置で、金棒を振り上げている。
俺は一番近いところに立つオーガに狙いを定め、一気に駆け出す。
オーガにとっては脅威的な加速だろう。その証拠に、オーガの目線は先刻まで俺が立っていたところから動いていない。
「“火拳”」
炎を纏った拳を、オーガの腹部へと突き出す。インパクトの瞬間、一気に火力を上げる。炎はオーガの全身を包み込み、反撃の隙を与えることなく燃やし尽くした。
残り二体のオーガは、既に動き出しており、濃密な殺気が背中を突き刺して来ている。殺気が読めなくても、足音がドスドスと耳が痛くなるほど鳴っているため、接近に気付かない人は居ないだろう。
「【シンクロ】」
背中側に“水弾”を生み出す。
ただ、これは射出するために生み出したわけではない。
「“湧沸”」
水弾を種に、宙を蛇のようにうねって進む“湧沸”を生み出した。
“湧沸”は一瞬でオーガに到達し、胸を貫く。噴き出す体液は、“湧沸”で巻き込んで、これから野営をする地面を極力汚さないようにした。
「“火拳”」
瀕死のオーガを燃やす。
これで三体のオーガは焼け焦げた肉塊へと変わった。自分の変化を知るために、鼻を鳴らしてみるが、飛竜の時に感じた空腹感はない。
飛竜が特別だったのか、オーガは食料としての魅力がなかったのか、竜という存在が特別なのか、理由は分からないが、取りあえず今回は食べたくならなくてよかった。
「麗華、制圧できたから大丈夫だ」
少し浮いたところで止まっていた氷球が、一気に地上へと降りた。
氷は一瞬で水へと変わり、その中から飛び出してきたたぬ吉たちが、突進してきた。全員が一気に突っ込んで来たため、頭から倒れてしまう。
「ほらっ、よしよし」
しかし地面に頭を打った程度では、血管一つ切れやしないだろう。
それだけ俺の身体は強靭に変化している。筋肉や骨に始まり、毛細血管の一つ一つでさえ、簡単には壊れなくなっていた。
「麗華、念のために壁を作ってくれないか」
たぬ吉たちに揉みくちゃにされながら、何処に居るのか分からない麗華に呼びかける。刹那、氷の壁が俺たちのことを覆った。言葉による返事はなかったが、声はきちんと届いていたようだ。
「ほら、ご飯を作らないといけないから、一旦退いてくれ」
たぬ吉たちは退いてくれた。
俺は空間拡張鞄から自前のキャンプ道具を取り出し、粛々と準備を始めていく。準備だけでも心が安らぐ。
薪を組み、指先から出した炎で着火する。
火力は調整したため、一気に炭へと変わるようなことはなかったが、今の火力では食料を一瞬で焦がしてしまう。だから何とかして火力を落とさなければならない。
「どうしようか……」
「悟」
「どうした、麗華?」
「私が温度を下げる」
麗華が焚火に掌を向けると、みるみる内に熱が落ち着いて行った。
これは、麗華の温度を操るスキルで、炎の温度を極端に下げたのだろう。それで温度が一気に下がったことで、火力が下がったという訳か。
「ありがとう」
「私も食べたいから」
「ああ、美味いもんを用意してやる」
まずは調味料の用意だ。
以前は調味料の多様性がほぼなく、味付けがシンプルな料理しか作れなかった。だが皇居要塞の奪取によって、レオン政権が所有していた食料や調味料が俺たちの手へと移った……つまり今回の料理は、言葉通り一味も二味も違うということだ。
「今日は素材からレベルが違うからな」
取り出したのは、これまたレオン政権が所有していた、旧文明でも高価だったA5ランクの黒毛和牛だ。どうしてレオン政権が所有していたのかは分からないが、手に入ったものはありがたく使わせてもらう。食品なんてものは、ずっと保管しておくような物でもないからな。
「じゃあ焼くか」
ある程度熱したフライパンの上へと、油を引いてから、和牛を乗っける。刹那、香りが爆発した。
「……おい、周りの魔物を集めるぞ」
「分かっているが、この匂いを嗅いでおいて、中断なんてできないだろ」
ヒトには退けない時がある。俺にとってそれが今だ。
和牛の匂いは、開いた天井を抜けて、外へと広がった。
その臭いは魔物を集める……これ以上は、次回以降をお楽しみに
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