第271話 デジャブ
全力の跳躍は、飛竜の背中へと俺を運んだ。
その勢いのまま、風と水のエネルギーの塊を、飛竜の背中へと叩きつけた。砕ける鱗。だがその下に隠れていた強靭な筋肉に拒まれ、大したダメージは与えられていないように思えた。
「チッ、ここまでか……いや、十分だ」
【六道】の代償が解けた。
右手に炎を纏い、飛竜の鱗が禿げた部分へと、全力で叩きつける。強靭な肉が拳を拒もうとしてくるが、圧倒的な熱は肉を固くするのではなく溶かし、その強度を一気に下げた。
何秒かの時が経ち、俺の拳は強靭な筋肉を貫いた。
「グラァァァァ!!」
耳をつんざくような絶叫に、どうにかして耳を塞ぎたくなった。だが右腕は飛竜の背中へと突き刺さっていて、左腕に関してはそもそも存在していないせいで、鼓膜が逝ってしまった。まあ他の怪我を負うことなく、数十秒くらい経過すれば治るだろうから、そこまで気にする必要はないんだが……。
「――」
背中側にあった氷球が正面へと移動した。
そして天井に開いた穴から麗華が顔を出し、何かを言っている。だが鼓膜が逝っているせいで、何を言っているのかが分からない。
こんな時に読唇術があればいいのだが、そんな高等技術は有していないので、鼓膜が治るまで麗華が何を言っているのかが分からない。表情から読み取れるのは、理由は分からないが切羽詰まっているということだけだ。
「――ッ!?」
吹き飛ばされた。
まず確認したのは、右腕だ。同じように、理解できない吹き飛ばされ方をした際に、左腕を失っているのだから、当たり前の行動だろう。
幸い、右腕はあった。軽く拳を握ってみたが、特に変化はない。
吹き飛ばされたということは、再び落下しているということだ。まあ【六道】の代償は解け、“天道”を使って飛行できるため、そこまで危ない状況ではないんだが、視界の先に映っている存在が、少々問題だ。
「飛竜が二体……つがいってことか」
俺の攻撃によって、背中の鱗が禿げている飛竜に加えて、一回り程大きい飛竜が飛んでいる。あれは雄なのか、雌なのか、そもそも魔物に雌雄の差が存在しているのか、あれの関係については何も分からないが、ただ一つだけ分かることがある。あの大きい方は、小さい方に比べて強いということだ。
「まずは着地をどうするか……」
飛竜が二体に増えたことよりも、俺は落下途中だという方が問題だ。
この状況で追撃を喰らえば、【六道】の“天道”を使わざるを得ない。そうなれば、今後の戦闘に大きな影響を齎すだろう。
もし追撃に来なかったとしても、狙いが氷球に移ることになるため、これまたマズイ事態だ。麗華やたぬ吉たちが乗っているとはいえ、麗華の意識は氷球にあり、従魔たちはあの鱗と言う名の鎧を剥がせるだけの火力はない。悟空の拳だけ鱗を砕ける可能性はあるが、接近できない以上は不可能と同義だ。
まあ結局、どうにかして氷球の元へと戻らないといけないってことだ。デジャブ……としか思えないが、まだ間に合うはずだ。先刻とは違い、一時的に失っているのは視覚ではなく聴覚、直ぐに【六道】の“天道”を使えば戻れる。
「“天道”」
重力によって地面へと押し付けられていた身体が、ふわりと軽くなった。上昇ではなく、横軸方向の移動にエネルギーを注ぎ、飛竜の元へと移動する。
「かはっ――」
やはり吐血してしまうが、何度やっても口から血が出て来るのには慣れないな。思わず口を押えてしまう。
「慣れないとな。ただでさえ腕が一つしかないんだから、口元を押さえるのに使っていたら勿体ない」
全身を影が覆った。
見上げる。そこには二体の飛竜と氷球がある。
飛竜は口から炎を飛ばし、氷球を焼き尽くそうとしている。表面は溶けているように見えるが、サイズはそこまで小さくなっていないように見えた。
間に合った……で大丈夫そうだな。
腕を赤く染める。これは炎ではなく、“赫猛”によるものだ。
「まずは小さい方だ」
一気に上昇する。
“天道”の効果が尽きそうになっているのが分かるが、ここだけは持ってほしい。拳を突き上げた状態で、小さい飛竜の方へと突っ込んだ。
真下からの急襲は、飛竜でも感知が遅れたのだろう。
飛竜が鳴き声をあげたのは、俺の拳が飛竜の腹部に到達してからだ。
「やはり腹部は柔かった」
確かなダメージは与えられたが、腹部に穴を開けたわけではない。
ただ強力なパンチをお見舞いし、筋肉や内臓にダメージを与えたに過ぎない。そのため未だ飛竜は二体とも健在だ。
「“人間道”」
“天道”の力が解ける瞬間、六道の効果を“人間道”へと変えた。
“天道”に内包された権能は、飛行、重力、陽光の三つに対し、人間道に内包された権能は、その名にある“人間”に相応しい能力だ。
【六道】
・天 道……飛行、重力、陽光
・人間道……???
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