第269話 焔鷹
焔鷹が水の壁に衝突した瞬間、眩い光が瞳を襲う。
視界が真っ白に包まれ、焔鷹の姿を捉えられなくなった。そして遅れて襲い掛かって来た爆風。あまりの衝撃波に、俺の身体を固定していた氷が砕け、氷球から吹き飛ばされてしまった。
「――っ」
空中へと放り投げられ、視界が白んだままで、上下左右が曖昧になってしまっている。いくら頑丈になっているとはいえ、この高度からの自由落下は死を免れられない。
できるだけ早く体勢を立て直して、落下のエネルギーを殺さなければならないだろう。
未だに視界は戻らない。だが冷静になってみたら、上下左右は曖昧ではないだろう。水中とは違って、落下という現象が存在している以上は、上と下とでは風の当たり方が違うのだから。
「【シンクロ】」
竜馬の力で減速を試みてみたが、焼け石に水でしかなかった。
最初から分かってはいたが、自然現象の力というのは、生半可な力では打ち勝てないってことだ。
落下速度がドンドン上がり、身体中にまとわりつく風の膜が、恐怖を煽ってくる。未だに視界は白いまま。ただ戻りかけている。あと十数秒もあれば、視界は戻ってくるはずだ。まあ地面に激突するまでに、どれほどの猶予があるのかが分からないため、安心は全くできない。
「……仕方ない。【六道】“天道”」
“天道”に内包されている権能は、飛行、陽光、重力の三つだが、飛行の力ではここまでに積み重ねられたエネルギーを消し切れるかどうかが分からない。そのためまずは重力の力を行使した。
「――ッ」
反重力。
地球に存在する重力に対して、同程度の重力を反対方向で生み出す。結果、俺は無重力状態になる。その状態で飛行の権能を行使することで、落下は止まった。
「かはっ――」
だが吐血をしてしまい、一時的にゴン太由来の力が使えなくなってしまう。代償はあるが、ここで死ぬよりかは、何倍もマシだ。
「遠いなぁ」
地面に着地して、氷球がある上空を見る。
焔鷹の炎と水の壁がぶつかって、水蒸気爆発を起こしたわけだが、焔鷹は未だ健在に見えた。
「この距離を天道で向かえるかというと……まあ難しいだろうな」
“天道”は燃費が悪い。
俺の身体が慣れていないというのもあるが、そもそも持続時間が短すぎるため、ここから氷球に到達する前に、その効果は切れて、再び落下してしまうだろう。
「どうやってあそこへ行くか……取り敢えず跳躍して、行けるとこまで行ってみるか」
膝を曲げ、一気に伸ばす。全力の垂直跳び。
いくら超人的な身体能力を得ていようと、遥か上空にある氷球までは、届かなかった。だが攻撃の射程範囲内に、焔鷹を入れることはできた。
「【シンクロ】」
【シンクロ】で借りたのは、たぬ吉の“湧沸”だ。
「“湧沸”」
掌から二つの意味で湧き上がる水。
蛇のようにうねりながら、焔鷹の身体を目指して宙を進んで行く。合わせて俺の上昇は止まり、重力に従って落下し始めた。
「届くか?」
“湧沸”はかなりの速度で進んでいるが、あと数秒もすれば焔鷹が射程範囲内から出てしまう。間に合うかどうかは五分五分。焔鷹の動き次第で、当たるか当たらないかが決まるだろう。
「――」
物理的に声が聞こえたわけではないが、麗華の声が届いたような気がする。
焔鷹が射程範囲内から出ようとしている刹那、その身体を氷の鎖が絡め捕った。そして俺の方へと近付けようとしている
「キィィィィー!!」
耳が痛くなるような焔鷹の鳴き声に、思わず耳を塞いでしまいそうになった。もしここで塞いでいたら、俺の“湧沸”は空振りで終わってしまっていただろう。だが鼓膜が破れることを許容したことで、“湧沸”は焔鷹の身体を突き刺した。
「地で戦おう」
焔鷹の胸部に突き刺さった“湧沸”は、地上へと引きずり下ろすために、身体へと巻き付いて行く。胴体だけではなく、翼へも絡みついたことで、焔鷹の飛行能力が著しく低下した。
「【シンクロ】“赫猛”」
拳に力を籠める。
今の俺にゴン太の魔力由来の膂力はない。だから一撃で決めるには、“赫猛”で膂力を底上げする必要がある。
「こっちに来い」
“湧沸”を引っ張る。
焔鷹の身体がこちらへと近付いた。俺は殴るために拳を握る。掌を閉めたことで、“湧沸”が解けた。
だが慣性が働き、焔鷹の身体は変わらず、こちらへと近付いて来た。
「終わってくれ」
向かってくる焔鷹に対し、拳を振り抜く。
拳に熱を感じる。熱湯どころではない。炎由来の高熱が拳を襲い、指の皮膚が焼けるような感覚を得るが、気にせずそのまま振り抜いた。
吹き飛んだ。爆散したという訳ではない。言葉の通り、地面へと殴り飛ばしたということだ。
地面に舞う砂埃を目にしながら、俺もまた、地面へと落下する。
先刻とは違い、かなり高度が低い。大したダメージは受けないだろう。だが【六道】は使えないため、自由落下を避ける術はない。
焔鷹
全身から炎を放出し、体内で孕んだ熱を攻撃として使用する。
その名の通り、鷹の高度な空中機動を魅せる。
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