第268話 出立
「じゃあ江梨子、俺たちが離れる間は、お前が王代理として頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ。私にできることは、できる限り済ませておく」
「頼んだ」
俺と麗華、たぬ吉たちと広忠は、急造で作った門を潜り、京都を目指すための歩みを開始した。
背中から聞こえて来るのは、国民たちの声。好意的な声も、批判的な声も聞こえて来るが、どちらかというと好意的な声が多いような気がする。
「じゃあ道案内を頼む、広忠」
「ああ、分かった」
王国という制度から抜けた今、俺と広忠の関係は、娘のいる父親とその娘と深い関係にある男というものだ。だから敬語は止めて貰い、外に居る限りは対等な関係で居ると、事前に話し合って決めた。
「ここら辺の魔物は、大体殲滅済みだから良いが、問題は山梨静岡あたりだろうな」
「うん。あそこは【富士山ダンジョン】があるから、魔物のレベルがグッと上がると思う」
「だよな……でも歩いて行くには、遠すぎるよな」
「じゃあ私の氷で、向かう?」
「頼んでいいか? もし迎撃を受けたとしても、一撃で壊すような魔物は居ない……と願っておこう」
氷でできた巨大な球体によって、俺たちの身体は上空へと持ち上げられる。懐かしさを覚えるな。
初めて乗ったのは、眠りに就いた凜々花を目覚めさせることができるまいちゃんと接触するため、北海道の未踏破ダンジョンに向かった結果、北海道全域で起きたスタンピードに巻き込まれて、そこで麗華と出会った。結局、麗華と縁を結べたお陰で、まいちゃんの家に行くことができたんだよなぁ……あの頃はまだ、こんな世界になるなんて思いもしなかった。
「じゃあ行くよ」
一気に上昇すると、横軸に加速した。
氷球内は少し冷える程度で、見た目から想像するような極寒な環境にはなっていない。麗華は温度を操作できるから、気を使って外気と変わらないように気温を維持しているのだろう。
「ありがとな、麗華」
「何が?」
「……いや、なんでもない」
会話はあまり弾んでいない。
麗華は元々無口だというのもあるが、氷球の移動と温度の維持はかなりの集中力を要するだろうと思い、こちらから話しかけるのは極力避けようと思ってのことだ。
「――っ来る」
麗華の警告に遅れて、氷球が大きく揺らぐ。
俺や従魔たちは大丈夫だったが、裏方の人間だった広忠は、揺れに耐えられずに床に倒れてしまった。
「大丈夫か、広忠」
「ああ、済まない」
手を掴んで立ち上がらせる。
そして目線を氷球の外へと向けた。完全に透けているわけではないので、その姿は大まかな形でしか分からない。
「麗華、天井空けられるか?」
「分かった」
天井の氷が開く。
そこから外へと出ると、身体が持っていかれそうになる風が襲う。だが麗華の氷が身体に巻き付いてくれることにより、身体が吹き飛ばされることはない。
目線を斜め下へと向ける。視界に入って来たのは、巨大な鳥。日本の生物としてはあり得ないサイズの鳥なので、こいつは魔物のはずだ。
「広忠、この魔物の名前は分かるか?」
「こいつは……“焔鷹”だ”」
「焔鷹……炎を使ってくるのか、【シンクロ】」
先手を取られる前に、【シンクロ】でたぬ吉と亀之助の水の力を借りる。麗華の氷は熱を克服していると言えど、氷に炎は天敵。少しでも、もしもを避けられるのであれば、避けるのが良い選択のはずだ。
「来いよ、焔鷹」
「キィィィィー!!」
焔鷹の翼が、オレンジ色の炎に包まれた。
傍から見ると、鳥が火あぶりにされているようにしか見えないが、魔物を知る者からすれば脅威でしかない。
「取り敢えず、掛けるか」
掌に水の塊を生み出し、焔鷹の翼を狙ってぶん投げる。
一撃目は避けられてしまった。火花を撒き散らしながら、空を圧倒的な機動力で舞っている。
「地上に比べて、こっちは自由に動けないし、かなり面倒だなぁ」
と言いつつも、掌の上で水の塊を生み出すのは止めない。
そして再びぶん投げる。今度は焔鷹の軌道を予測した先を狙い、全力でぶん投げてみたが、命中する寸前に急停止したため、これまた避けられてしまった。
「キィィィィー!!」
燃えていたはずの翼が、一気に鎮火した。
これを見て、油断する者は居ないだろう。次の攻撃の布石だと思い、俺は一気に警戒度を引き上げる。
「キィィィィー!!」
「――ッ」
焔鷹の眼前に、巨大な火球が生み出された。
ただ放出されるのではなく、焔鷹の眼前にあり続けている。
焔鷹が動き出した。それに合わせて、眼前にある火球も移動している。つまりあの火球は、焔鷹の突撃を以て、攻撃と成るということだ。
「間に合うか?」
突撃して来る焔鷹に対し、俺は大量の水を生み出して、氷球を包み隠せるサイズの壁を創り出した。
だが厚さが足りないかもしれない。
そんな不安がありながら、焔鷹は火球と共に水の壁へと突撃してきた。
まだ山梨県に突入していません。
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