第258話 決着と再生
無力に、江梨子の方へと向かうレオンの背中を見つめていると、一際大きな爆発音が、その視線の先から聞こえて来た。
レオンは視界に映っているレオンは、その移動を止めた――というよりも推進力を失い、重力によって地面に墜落したと表現するのが適しているのだろう。
「よく頑張ってくれたよ、悟。みんなもそうだ」
「……やっぱり王は江梨子の方が向いてるよ」
「それはないな。私は人のために、献身的に動くなんてことはできないからな」
俺は優しい風に包まれ、頭からポーションが掛けられた。
失った左腕は戻ってこないが、全身に負った傷の止血は完了し、これ以上悪化することはなくなったはずだ。
「エリザベスゥ!!」
レオンの頭の上にあった王冠は、江梨子による壁の破壊と共に消失したようだ。
王の座に胡坐をかいていたレオンは、その立場を失った瞬間に常人と変わらなくなったはずだ。皇居ダンジョンの占有で、多少のスキルを得ていようと、【先駆者】“筆頭”である江梨子のことを倒せるとは思えない。
「王の座に胡坐をかき、自己研鑽をしなかったお前は、その座を失った時点で終わりなんだ」
宙に浮かぶ江梨子は、重力によって地上に居ることを強いられているレオンのことを、見下ろしていた。
その行動が、王として崇められることに慣れ、肥大化したプライドを傷つけたのだろう。顔を茹蛸の如く真っ赤にして、掌を地の上に置いた。
「俺が【王の器】だけの人間だと思うなよ!!」
地に触れた瞬間、地面から巨大な円錐状の杭が伸びた。
それも1つや2つではない。数百に上る巨大な杭が、江梨子の逃げ場を失くすため、囲い込むように迫っている。
「なるほど、この広範囲に及ぶ操作能力が壁を作り、お前を王へと誘ったのか……なんとも悲しい話だ。この程度の力で王に成れるなんて、他の【先駆者】たちも泣いているだろう」
江梨子は流れた涙を拭うように、顔を隠している。だが俺には確信がある。江梨子は泣いているのではなく、レオンのことを煽っているんだ。
「【――】」
手の中に隠された口から、いつもの理解できない言語による詠唱が始まった。ヒトという存在から脱しようと、江梨子の言語を理解できないということは、少なくとも魔物由来の言語ではないということなんだろう。
「“――”」
突風。回転も加えられているから、竜巻と表現するべきか。
どちらにしても、練度も威力もレオンの数十倍、数百倍上を行く攻撃だ。当然、風に呑まれた数百の杭は、粉々に砕け散った。
「なっ」
レオンの表情からは、驚きと焦りが混ざったような感情読み取れた。
もうレオンに王時代の余裕はないんだろう。元から王による補正がなくなった時点で、江梨子に勝てないと分かっていたのに、それでも直ぐに倒さなかったのは、驕っていたんだろうな。
「あれだけの量を操れるのに、その強度は鉄程度しかない……どうやって壁を作った?」
そう、問題はそこだ。
今の杭がレオンが持っていた元々の力だとして、王に成るために作り上げた壁は、どうしてあそこまでの強度を持っていたのか、という疑問が浮かぶ。
時間の掛け方が違うと言われるかもしれないが、いくら時間を掛けたと言っても、豊臣による世界改変からそこまでの時間が経ったわけではない。だというのに、この巨大な壁を、江梨子でも壊すのに時間が掛かってしまうだけの強度で作り上げるというのは、不可能と断言できる。
「この壁を作るのに、何らかの協力者が居たはずだ」
「そうだよ、私たち【魔十二槍】が協力したんだ――」
「――」
今までのように急に現れたシュペン。
だが俺の目は、そこに注目しているわけではなかった。その背後。急に現れたシュペンの背後に、急に現れた存在――信綱に注目していた。
「だから私に攻撃は効かない――ッ!?」
シュペンの首が飛んだ。
宙を舞い、重力に従って地面に転がった。視界の天地がひっくり返っているであろうシュペンの目は、驚きで丸くなっている。だが時間が経ち、事態を理解して来ると、喚き始めた。
「なんでよ! 私はヒトの攻撃なんて効かないはずなのに!!」
「今までの攻撃から、霊系の魔物が元になっていることは、分かり切っておる。であれば、対抗する術を用意しておくのが、ヒトという存在だ」
信綱の手に握られているのは、今までの刀とは違っていた。
刀身は輝き、魔力を感じられる。対霊体生物に特化して作られた退魔の剣――なんてものが存在するのかは知らないが、そのようなものでシュペンの首を刎ね飛ばしたのだろう。
「悟、助けてくれよ。親切にしてやっただろ」
「……一度命を助けた、それでトントンだろ」
「じゃあ全員死ねよ!!」
地面に頭頂部が地面に着いた状態で転がるシュペンの頭。
その口が大きく開かれると、一つの玉が吐き出された。首が切断されているというのに、口の中から吐き出されたということは、奴の格納能力は口内で働く力なのだろう。
今の俺にはそんな考察しかできない。
「ダメだよ、シュペン。この玉は最期に使えって言われたでしょ」
「はっ?」
突如現れた人が、シュペンの口の中で輝きを放っていた玉を手に取り、口の奥へと押し込んだ。そして頭を持ち上げると、未だに立ち続けている胴体へと置き、一瞬にして繋げた。
「それにここに来たのは、レオンの【王の器】を成長させて、回収するためなんだから、殺しちゃダメでしょう?」
「す、済まない」
「どうして、お前が」
「どうして? それはどういった意図かな?」
「どうしてお前が、そいつの味方をするんだ!」
叫ばずにはいられなかった。
「以前も言ったと思うけど、私は医者でしかなく、病人や怪我人の味方だって」
「じゃあどうして、そいつと知り合いのような振る舞いをしているんだ!」
「そりゃあ、私は木下君の最初の部下であり、【魔十二槍】の筆頭だからね」
「――ッ!? ということはお前も魔人なのか」
「そうだよ。私の名前はアイン。君がクソ医者と呼んでいた私は、ユニコーンの魔人だよ」
全身で感じた殺気。
それはクソ医者――アインから発せられたものではなく、背中側、王の軍勢が居た側から感じたものだ。
「“氷槍”」
「……」
それはロジャースと麗華が発した殺気だった。
両者とも容赦のない一撃を叩きこもうとしていたが、アインに当たることはなかった。
「ごめんね、その程度の攻撃だと、私に傷一つ付けられないみたいだ」
アインは結界のように守られ、ロジャースと麗華の攻撃は当たることなく、そのエネルギーを使い切った。
「もう一回謝っておくけど、これは私の種としての本能なんだ。済まないが、君は処女じゃないね」
そのアインの発言に、ただでさえ麗華の力で冷えていた戦場は、氷河期かと錯覚してしまうほど凍り付いた。
クソ医者こと、アイン。
彼は正真正銘男であり、【魔十二槍】唯一の男です。
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