第256話 脱する
喉が悲鳴を上げたのだろう。味覚が血の味で満たされる。
どれだけの血を流したのか分からないが、常人であれば失血死しているであろう出血量だということだけは分かっている。
「ぺっ――」
そんな口に溜まった血の混ざった痰を吐き捨てる。
地面にぺちゃりと付いたそれは、とても赤黒くなっていた。だが喉に絡みついていた物が取れ、かなり気分が楽になった。
「本当に、人じゃなくなったみたいだな」
俺は吠えると同時に、剣の最も幅がある部分である鍔を抜けた。
本来であれば腹部には巨大な穴が広がっているはずだが、触れてみるとそこに穴があるどころか、傷一つ存在していない。
「まあいいか。身内を救えるのであれば、人である必要性はないよな」
跳躍する。
未だにレオンと江梨子は戦端を開いていない。江梨子は背中にレオンの覇気を感じつつも、壁の破壊だけに集中しているし、レオンは体力の消耗を避けるためにゆっくりと進んでいる。つまり足止めはまだ間に合う。
「“火拳”」
「――ッ!?」
殺気に気付いたのだろう、拳が炸裂するよりも早く、レオンは振り返って来た。拳が炸裂したのは、振り返ったレオンの左腕。骨が砕けるような感触を得た。それはレオンのものではなく、俺の拳の骨が砕けた感触だ。
激痛が走るが、全く動揺はない。先刻の剣で感じた痛みに比べれば、こんな痛みは屁でもない。
そのまま宙で身体を捻り、回し蹴りを放つ。これは右腕によって掴まれ、地面へと叩きつけられた。呼吸を整える暇もなく、反対方向へと叩きつけられる。脳が揺れ、意識が飛びそうになった。
「トドメを刺してやる」
宙へと投げ飛ばされた。
あまりの勢いに、身体に掛かるGのせいで、殆ど身動きを取ることができない。だが視界は明瞭。そんな瞳に映るのは、追撃を仕掛けるために、掌をこちらへ向けているレオンの姿だ。
先刻の剣であれば、どうとでもなる。だが麗華や甲斐、ロジャースのことを戦闘不能へと追い込んだ“王の裁き”が飛んでくるのであれば、少々マズイことになるだろう。
「“王の裁き”」
身動きの取れない身体へと、内側を破壊するエネルギーが浴びせられる。だが先刻ほど、身体への負担は感じられない。この事実と、たぬ吉たちが戦闘不能になっていないことも加味して、“王の裁き”は対人に特化した攻撃なのだろう。
つまり俺の身体は、客観的評価も人ではなくなったということだ。
「終わったな」
投げつけられたエネルギーを重力が上回ったようで、自由落下を始めた。遠く離れたレオンの目は、驚きで見開いているように見えるが、あまりに離れているため確証はない。
でも“王の裁き”が全く効かなかったことは、アイツにとって想定外であることに違いはないだろう。
「今度はこっちの番だ」
頭を下へと向け、足の裏から炎を放出する。
ロケットの要領で、レオンの下へと短時間で迫った。肉薄した瞬間、その表情は驚きで開いた口が塞がらないといった様子だ。
「江梨子の邪魔はさせねえよ」
炎を纏った拳を振り抜く。今度は防御されることなく、レオンの頬を捉えることに成功した。だが重たく、想定よりも殴り飛ばせなかった。
「何度言えば分かるんだ。お前程度が与えられるダメージでは、俺を倒すことは一生かけても不可能だ」
立ち上がったレオンは、口から流れた血を拭いながら、こちらを睨みつけてきた。その瞳からは苛立ちを感じる。そろそろレオンの攻撃が荒っぽくなっても可笑しくないはずだ。
「逆に、お前が俺を倒すのも不可能じゃね?」
見え透いた煽りだが、今のアイツであれば効くかもしれない。効かなかったとしても、こちらにデメリットはないため、ノーリスク、ローリターンの煽りだ。
「――よほど死にたいようだ」
消えた――じゃなくて高速移動だ。
それが分かったのは、眼前にその姿が現れたからであって、その移動を目で追えたわけではない。認識できたのは、腹部へと走る痛みにワンテンポ遅れてから。つまり攻撃されるまで、眼前に居るはずのレオンに気付けていなかったということだ。
「これで終わると思うなよ」
殴り飛ぶ前に、足を掴まれたため、吹き飛ぶエネルギーが全て足の関節へと襲い掛かった。
関節が外れた。思うように足が動かせない……まあ掴まれているからってのが、動かせない原因の割合としては高いんだが。
「足を掴まれているというのに、随分と涼しい顔をしているな」
「こんな状況でも、俺は攻撃できるからな」
炎の輝きが、視界を埋め尽くす。
その前に見えたレオンの表情は、これまでに見たことのない、焦りという感情が見て取れた。
肉体の破壊と再生を繰り返した結果、ヒトの割合が急激に減っています。
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