第254話 ピーキー
江梨子が言っていたように、ここが分水嶺。
選択を誤れば、勝利を得たとしても、未来は得られない。
うじゃうじゃと張り付いて来ている王の軍勢は、腕だけでは満足せずに、身体中を掴んで来ている。力で振り払わなければ、一ミリたりとも動けそうにない。
「諦めはしない。【シンクロ】」
借りた力は“赫猛”だ。
上昇した膂力を使い、俺の身体を掴んでいる人を引き摺ってでも、一歩ずつ前へと進む。引き摺られている人は、顔とか身体を地面に擦られているから、相当な痛みを感じているだろうが、死にはしないだろうから我慢してくれよ。
「――ッ!?」
俺たちの頭上を何かが通り抜けた。
先刻、空を走り抜けたスピードから考えるに、信綱ではないことは確かだ。そして信綱ではないということは、候補は一人しかいない。
「信綱は負けたのかッ」
追わなければならない。
全力で跳躍すれば、まだ間に合うはずだ。だが跳躍しようとしても、身体を掴んでいる奴らが、文字通り足を引っ張ってくるはずだ。だから一瞬でも拘束を全て解いてから、一瞬で跳躍する必要がある。
「このスキルを使うしかないか……」
頭に浮かぶのは、地下のダンジョンでワイトキングを討伐した際に得たスキルだが、これは性能がピーキーすぎて使いどころを間違えれば、大きな失敗となってしまう。
だがここで使わなければ、江梨子の邪魔をするために進むレオンのことを止めることは叶わない。だからここが使いどころのはずだ。
「【六道】」
これは仏教の輪廻転生における六つの世界を指す言葉だ。
しかしこの【六道】のスキルが持つ効果は、名の通り六つ存在している。最初の道は“天道”。
その能力は名の通り“天”に関する力。
飛行、陽光、重力の三つの権能が含まれている。
「“天道”」
俺の身体を掴んでいる人々に対し、身動きが取れなくなる程度の重力を与える。その状態で飛行の権能を使用すると、身体を掴んでいられなくなり、俺は解放された。
「かはっ――」
口元を押さえると、大量の血が掌に付着した。
これが【六道】スキルのピーキーな点だ。スキルを使用する度に、臓器のどこかに傷が付く。これは《《スキルでは治せない》》傷であり、人間の新陳代謝でも治らない傷だ。
人間がこの力を使い続けると、先に待っているのは死。
つまり寿命を借りて、強大な力を得るというピーキー過ぎるスキルだ。しかし俺の身体は既にヒトとは違っている。半分……とまではいかないが、四分の一程度は魔物と似たものに変質している。
そして魔物には、身体をある程度再生させる力がある。四肢の欠損まで行くと、特殊な力を持つ魔物でなければ再生できないが、傷ついた内臓程度であれば再生することができる。
結論、この人間が使用すると寿命の前借を行うこととなる【六道】スキルは、俺が使用しても一時的な内臓の負傷に留まるということだ。
「はぁはぁ」
だが痛みは感じるし、再生するまではスキル以外の力の出力が下がってしまう。だからピーキーであることに変わりはない、ということだ。
「あと七秒か」
あと五秒もすれば、【六道】の飛行の権能は解けてしまう。
眼下にはぞろぞろとゾンビのように追いかけてきている王の軍勢が居るため、着地と同時に駆け出さないといけないだろうな。
疲労は溜まってしまうだろうが、ここで踏ん張らなければ、ここまでの努力が全て無駄になってしまう。根性で頑張らないと。
「ゼロ」
俺を空へと浮かべていた反重力的な飛行能力は終わり、重力に従わざるを得なくなる。落下。一秒程度で地面に落ちると、追いかけて来ていた王の軍勢が、一気に加速した。
直ぐに跳躍の構えを取り、レオンのことを追いかけようとする。だが先頭を走っていた一人の民が、足を掴もうとしている。間に合わない。そう思い、顔が歪む。
「己が正義に従っておいて、その表情はないだろう」
「――ッ!?」
俺と王の軍勢の間を隔てるかのように、空から何かが降って来た。
舞っていた煙も落ち着き、隠されていた姿が露わになっていく。
その強い正義感を表す純白の鎧、健康さを表している程よく焼けた小麦色の肌、そして麗人と評するに値する中性的に整った顔。その全てがペドロであると伝えている。
「ペドロ……」
「民を強制的に兵としたレオンに、正義は存在していない。であれば、それを止めようとするお前たちに正義があると考えた」
「――っ足止めをお願いできるか」
「任された。正義の騎士として、何人も突破させないことを誓おう」
「ふっ、頼んだぞ」
背中を向け、走り出す。
背中側には一切の警戒も残していない。アイツと出会ってから、殆ど経っていないが、ロジャース以上の信頼はできている。
「たぬ吉……もう少しだ、頑張ってくれ」
視界に入って来たのは、水のドーム張り付いている王の軍勢の姿だ。
それがたぬ吉たちを襲っている王の軍勢だということは、分かり切っている。だが手を出している暇はない。今の俺にできることは、たぬ吉たちの力を信じる、ただそれだけだ。
皇居編も終わりが近付いて来ています。
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