第253話 足止め
レオンから王位を奪い取るための作戦が開始された。
江梨子は風のドームの維持を破棄し、浮かんで壁の下へと向かう。
再び空に現れたレオン。この行動が、俺たちの作戦が正しいということを教えてくれる……ブラフである可能性も捨てきれないが、この作戦が失敗で終わった時点で、俺たちの敗北は決まったようなものだ。
「あとは江梨子が壁を破壊するまでの間、あの怪物の足止めをすることか」
「王の軍勢の妨害を受けながらな」
「そうだな――」
動けない甲斐とロジャースはたぬ吉たちに任せた。
殺傷能力の低い水を操れるたぬ吉と亀之助が居るから、王の軍勢の足止めは俺たち以上にできるだろう。だから甲斐たちのことは一度忘れて、あの化け物の足止めだけを考えればいい。
油断をしなければ、王の軍勢の攻撃が致命傷になることはない。レオンとの戦いで足を引っ張られる可能性は否定できないが、空を主戦場とするレオン相手であれば、そこまで影響はないはずだ。
「じゃあ行くぞ、信綱」
「生意気な小僧だ」
揃って跳躍。
一瞬にしてレオンの眼前へと移動した。目が合う。その瞳は焦りで揺れている。王位に関する予想が、確信へと変わった。
「江梨子の下へは、絶対に行かせねぇよ」
拳を握る。
【シンクロ】で悟空から“赫猛”を借り、拳には炎を纏う。今の俺ができる全力のパンチ。それをレオンの頬へと、全力で振り抜いた。
左腕によってガードされてしまう。硬い。人の身体とは思えないほど硬い感触だった。今の膂力では砕き切れない……それは最初から分かっていたことだ。だからこの攻撃は足止めでしかない。
レオンのことを、江梨子とは正反対の方向へと殴り飛ばした。
一度着地し、煙が上がっている場所を目指す。王の軍勢が道を塞いできた。全力で拳を振り抜けば、風圧だけで道を開くことができるだろう。しかしいくら直接的なダメージを与えていなかろうが、攻撃したという印象は残ってしまう。
「チッ」
舌打ちをしつつ、拳を振るうことなく、そのまままっすぐ進む。
当然、王の軍勢による妨害が入る。パンチやキックが全身を襲う。痛みは少ないが、反撃ができない以上は足止めを喰らう。
それでも一歩一歩踏みしめて進み、レオンの下へと急ぐ。
今になって気付いたが、跳躍を終えるまで隣に居た信綱の姿がない。首を振って辺りを見回すが、あるのは王の軍勢の虚ろな顔ばかり。信綱も該当する感情を見れる顔は何処にも見当たらない。
「小僧、先へ行くぞ」
「はっ?」
思わず声が出てしまった。信綱の声が聞こえて来た場所が、頭上だったからだ。
驚きで頭の振りを止めてしまったが、直ぐに声のした方へと目線を移す。真上。そこに居たのは空を飛ぶ信綱――と表現してしまえば語弊があるかもしれない。詳しく表現するとなると、空を駆けている。
何もないところを蹴り、俺を囲っている王の軍勢の頭上を走り抜けていった。あれはホモ・サピエンスという種では、どれだけ超人であろうと不可能な行為――つまりスキル由来の動きだろう。
「これで足止めは続けられるはずだ。だが早めに合流しないとな」
また一歩進める。
痛みは少ないんだが、全身から血が流れ出ているせいで、段々と身体がふらつき始めている。まだ体内での血液生成量と出血量が釣り合っているから良いが、このままだとジリ貧で追いつかなくなるな。
「【シンクロ】」
竜馬の風の力を借りた。
張り付いてた王の軍勢を剥がすことには成功したが、これは応急措置にしかならないだろう。江梨子の風のドームが突破されるのと同じで、これも所詮は風の膜だ。一般人でも時間を掛ければ、突破できるものでしかない。
「今の内に走るか」
風の膜で王の軍勢を押し退け、そして駆け抜ける。
あと百人程度のところで、風の膜を超えて身体に触れて来る者が現れた。そして腕を握られ、足を止めざるを得なくなる。
「クソッ、あと少しだってのに」
殴られるよりも、腕を掴まれる方が厄介だ。
殴られるのは、こっちが我慢していれば進むことはできるが、腕を掴まれてしまえば、振り払わなければ進むことはできない。逆に振り払おうと思えば、簡単に振り払うことはできる。階級が違い過ぎるからな。
しかし無理に振り払おうとすると、一般人相手では死なせかねない。冒険者になったばかりの頃であれば、膂力も少し上がった程度だったため、一般人相手に腕を振り払っても怪我させる程度で済んでいたが、今は違う。無理に腕を振り払えば、一般人の身体は悲鳴を上げ、簡単に壊れてしまうだろう。
「……」
敵を気遣い、動けなくなってしまった。
古典的な表現かもしれないが、頭の中で天使と悪魔が言い合いをしているようだ。
一度残り百人のところまで駆け抜けた悟だが、王の軍勢は再び悟を中心に据え、円状に数万の肉壁となって、悟の歩みを拒む。
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