第251話 王の軍勢
俺の身体を落下から助け出したのは、江梨子が繊細な操作で操った風だ。しかし永遠と吹く風はない。身体を持ち上げていた風が止むと、身体は地面へと叩きつけられた。だが数十センチ程度の高さしかなかったため、少し痛い程度で留まる。
「――っ!?」
江梨子が戻ってきたことに対する安堵感で、頭から抜け落ちてしまっていたが、あの甲斐たちも“王の裁き”を喰らっていたはずだ。
辺りを見回す。甲斐たちの姿は直ぐに見つけられた。一番反応が遅かった甲斐は、地面に倒れている。微かに上下しているから、死んではいないだろう。
そして地面に膝を付いて、苦しい表情をしているロジャース。こちらも死んではいないだろうが、今後も戦えるのかというと、本人に聞いてみなければ分からないだろう。
最後にたぬ吉たちだが、圧倒的に格上であるはずのロジャースが膝を付いているというのに、誰一人倒れることなく、ピンピンとしていた。
「どういうことなんだ?」
「詳しいことは後で考えればいいだろう。私たちがするべきことは、レオンを倒すこと、それだけだ」
「この程度のこうげきで、俺を倒せると思うなよ」
「あのパンチで倒せるなんて、端から思ってねえよ」
煙が舞っている場所から、一瞬にして煙が晴れた。
超高速の移動によって突風が発生し、煙が吹き飛ばされたのだろう。
その要因であるレオンは、既に俺たちの前で浮かんでいた。その表情からは、吹き飛ばされたことに対する怒りを感じられる。
「愚民への配慮はもうやめだ」
「――」
その声色はとても冷たかった。
そしてその言葉から導き出される行動は、この場に居る全ての人間が理解できる。
「“王の軍勢”」
全身が震えた。
悪寒。何か最悪の事態が起こったかのような感覚だが、それが何なのかは全く分からない。理解できないということは、最大の恐怖だ。
「悟、最悪だ」
「何が最悪なんだ」
「分からないのか、この周囲360度全てから感じられる殺気を」
「――まさか」
「そのまさかだ。この要塞内で生存している、レオンを王と認めている数万の民が私たちへ殺気をぶつけて来ている」
つまりこの要塞は、国民皆兵を実現しているというわけだ。
スキルという力を得た現在、皆殺しにするのは比較的に容易いことだが、それを行った場合、この要塞は人のいない超巨大な廃墟と化す。管理は勿論のこと、俺たちの生命活動も何時かは限界を迎えてしまうだろう。
「悟、ここが分水嶺だ。ここで民を皆殺しにできれば、レオンの力もかなり弱まるはずだ。しかしそれを行えば、私たちの未来は想定できなくなる」
「……出来る限りのことはしよう」
「そうだな。私は悟の選択を尊重しよう」
至る所から足音が聞こえて来た。無理矢理動かされている民兵の足音のため、その音は一切揃っていない不協和音だ。だからこその感じてしまう不快感が、こちらの精神を削ってくる。
そして足音の主たちが姿を現した。
激闘によって一定範囲が開けた場所と化したことで、その軍勢がはっきりと見える。一方向に数千の軍勢が、全方向から来ていた。
「取り敢えずは風で拒んでおこう」
俺たちは風のドームによって包まれる。
軽く触れてみるが、押し返されるだけで、ダメージを受けることはない。いつもであれば全く役に立たない技なのだろうが、今回に限ってはかなり役に立つ技と言えるだろう。
「しかしずっとは持たないぞ。いくらスキルを持たない一般人の圧であろうと、いつかはこの壁は破られる。所詮風だからな」
「じゃあその僅かな猶予の内に、作戦を考えなければならないってことか」
「そうだ。あのレオンの邪魔を受けながら、という言葉が付くがな」
江梨子に言われ、目線を移す。
そこにはとても冷酷な目つきで、俺たちのことを見下ろしているレオンの姿があった。そして右掌がこちらへと向けられている。
「何か来るッ」
その動きが攻撃の合図だということは、俺も江梨子も分かっている。
しかし内容が分からなければ、対応のしようがない。俺たちにできることは、警戒度を高めることのみ。受け身で居るしかない。
「小僧ども、甘さは身を滅ぼすが、その甘さが人を突き動かすこともある」
聞こえて来た声は、聞き覚えのあるものだ。
民の軍勢の中から飛び出したのは、全身に殴られた跡のある信綱だ。跳躍。一歩だけでレオンの下へと到達し、納刀していた刀を抜いた。
居合斬り。神速と表現するに足る抜刀術は、刃をレオンの首へと迫らせた。どんな再生能力を持っていようと、身体と頭が離れれば、回復することは叶わない。それが今まで様々な情報を積み重ねて来たダンジョン協会の答えだ。
「――」
刀は振り抜かれた。
現在、“王の軍勢”は風の壁を叩き、何とか突破しようとしています。
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