第248話 いの中
インパクトの瞬間、纏っていた炎が揺らぎ、一気に噴き出した。
目の前を炎が覆う。赤い壁の中、シュペンの驚くような表情が覗く。
「どうして殺さない」
「……なんでだろうな。お前ら魔人の顔を見ていると、ゴン太の顔を思い出して、殺し切れないんだ」
「……その甘さが、君の仲間を死なせるぞ」
「だから甘さを許容できるような、圧倒的な力を付けなければならない」
「まあ命を取らなかったお礼はしないといけないか」
そう言った魔人は、指を口の中へと突っ込んだ。
気持ち悪くても吐けない時にやるやつだよな……もしかして胃の中に仕舞った麗華のことを吐き出すには、吐しゃ物として吐き出すしかないのか?
もしそうだとしたら、ここで起きたことを絶対に麗華には話せなくなってしまう。まあ話さなければならない理由もないから、別に困ることはないんだが。
「うぉェ」
美人の嘔吐を目の前にすると、なんだか変な気持ちになる。
――カラン
ビー玉のようなものが地面に落ちた。それに麗華が封印されていようが、胃の中から吐き出されたことに変わりはないため、直ぐに触ろうとすることはできない。
ゆっくりと、逸らしていた目を、吐しゃ物ビー玉へと移動させる。段々とそれが視界に入ってくるが、吐しゃ物特有の色は見られない。それに安堵感を抱き、目線の移動を加速させる。
そして吐しゃ物ビー玉(仮)の全てが、仮面越しの視界に映り込む。見た感じ、吐しゃ物には見えない。胃の中に仕舞われていたというのに、掌の上で転がされていた時との違いは見つけられなかった。
「ほら、開放するから」
シュペンは自分の吐しゃ物と変わりないビー玉のような物を、一切の抵抗の意を見せることなく、摘まみ上げ、戦闘前と同じように掌の上に置いた。
「“玉化・解”」
ビー玉のようなものが輝きを放つ。
それは目を焼いてもおかしくない光量だが、光自体が優しさを帯びていて、見つめ続けても失明することはなかった。
三秒の時を経て、その輝きは全盛期を迎える。そこから収束したのは一瞬で、一秒にも満たない時間を経て、ビー玉のようなものは輝きを失った――というよりもビー玉そのものが消えた。代わりとしてそこに立つのは、見慣れた女性の影だった。
「大丈夫だったか、麗華」
「悟……うん、大丈夫だった」
いつもと変わらない麗華。
表情に疲労の影は見えるが、怪我を負っている様子はないため、一先ず安心できた。二人の間に空いた、ギリギリ触れられない絶妙な距離は、直ぐに消失する。
シュペンのジト目のような視線を、横から感じているが、気にせずに手を背中へと回す。胸の中で体温を感じたことで、ようやく麗華の生存を実感できた。
「はぁ、目の前で敵のハグを前にしている私は、どんな気持ちで居れば良いんだろ」
少し離れたところでシュペンがため息をついているような気がするが、俺たちがハグを止めることはない。ただ配慮はしている。久々の再会なのに、ハグ以上のことはしていないからな。
「他の親衛隊が、あの喫茶店へ行っているわけだけど、ハグしていていいの?」
「――」
麗華と離れ、真顔で向き合う。
シュペンの下へと向かい、握手する。手を掴まれた彼女は、とても不思議そうな顔をしながらも、手を振り払うような動きはしなかった。
「じゃあ行ってくるから!」
「……」
俺と麗華は、レオンがお披露目で使ったバルコニーへと出る。
そこから見える光景は、地獄と表現するには生ぬるいが、肝の小さい人が見れば失神してしまう程度の地獄絵図が広がっていた。
人が潰れたと思われる地面に広がる赤黒い染み、そこかしこに広がる肉片、そして倒壊した建物に巻き込まれてながらも、未だに命が尽きることなく想像しがたい激痛に襲われながら助けを求め続ける子供――これを『地獄と表現するには生ぬるい』と表現してしまう俺は、壊れてしまったんだろうな。
「これは江梨子の戦闘の余波によるものか」
建物内に居た時から聞こえていたが、未だに江梨子とレオンが戦っているであろう戦闘音――表現するのであれば雷鳴の如き爆音が鳴り響いていた。音量的に、要塞内であれば何処に居ても聞こえているだろう。
「江梨子は大丈夫そうだから、信綱のところへ行くか」
「のぶつな?」
「麗華は知らないんだったな。今回の作戦の協力者だ」
「悟が信じているのであれば、私も信頼する」
「じゃあ行くとするか」
俺たちはバルコニーから身を乗り出し、真下を見下ろす。見た感じ、地面まで結構な距離が開いているが、飛び降りても問題はないだろう。柵に足を掛け、宙へと身を放り投げる。
続くように麗華も宙へと舞った。
地面が段々近付いて来る。そして着地共に砂埃が巻き上がった。超人的なバネを活かし、喫茶店を目指す。
シュペンにトドメを刺さなかったことは、今後の展開にどう影響するのか!?
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