第246話 抜ける
意識が戻り、瞼を開けた。
敵に囲まれている可能性も考慮して、直ぐに動き出せる準備は済ませていたが、骨折り損でしかなかった。
「……なぜ攻撃しなかった。殺し切れるだけの時間はあったはずだ」
「私の正義感が、勝者の疲れたところを狙って、敗者が勝敗を覆そうとすることを許さなかっただけだ」
壁にもたれかかる俺の隣を陣取って腰を下ろしていたのは、火達磨となったはずのペドロだった。火達磨となったのが俺の妄想でないことは、焼け焦げている純白だった鎧が物語っている。
だが健康そうな小麦色の肌に、火傷の跡は一つも見当たらなかった。
「俺の炎はどうした」
「ああこれか……」
ペドロはおもむろに抜剣すると、自分の腕に傷を付けた。
血が流れ出る。だがそれは一瞬だけで、直ぐに傷は塞がった。
「……【再生】スキルか?」
「少し違うが、まあそう考えて貰って良い」
「そうか」
座り続けるペドロを横目に、俺は立ち上がる。
そして自然と見下すような構図になるが、ペドロのことを敗者だと見下すことはない。
「このまま上階を目指すが、お前は止めるか?」
「言っただろう、私は敗者だ。もう一回戦うチャンスが巡ってくるまでは、その足を止めるつもりはない」
「そうか……」
上を目指すために、階段の方へと向かおうとしたが、一度足を止めて、ペドロのいる方へと振り返る。
「なあペドロ。もし俺たちが勝利して、レオン政権が倒れたら、俺たちに協力してくれないか?」
「……そこに正義があれば、考えよう。もし正義がないのであれば、その時は力ずくで止める。親衛隊のペドロとしてではなく、正義感の強いペドロとしてな」
「……そうか。なら俺も自分なりの正義を考えておくよ」
「……」
ペドロが何かを口にしたのかもしれないが、再び足を止めることはなかった。そのまま階段へと足を運び、レオン政権が集まっている上階を目指し、階段を上る。
「ペドロの後だと、全く手応えのない相手だな」
階段を進む俺を拒んだのは、レオン政権側の下っ端たちだった。
幹部クラスのペドロに劣るのは勿論のことだが、千葉県で戦った【九十九組】の下っ端にすら劣っているように思える。
「面倒だな」
思わず口に出てしまったが、いくら雑魚くても、数が多ければ厄介だ。周囲への被害を気にしなくてもよいのであれば、この建物ごと破壊すれば良いだけなのだが、政権奪取後が非常に面倒なことになるため、弱めの攻撃で一人ずつ倒すしか手段はなかった。
「あと少しの辛抱だ」
向かってきた敵を殴りつけながら、階段の先を見上げる。
光が見える。それは人工的な明かりではなく、自然の母が海だとすれば、自然の父である太陽の明かりだ。
一歩ずつ足を進める。雑魚どものせいで、一歩一歩が体力を消耗する原因となっているが、今のところ誤差の範疇だと言えるだろう。
「ここからは顔を隠さないとな」
仮面を付ける。
顔全体を覆う仮面だが、視界が阻害されることはない。江梨子が所有している魔道具の仮面であり、気配を隠すだけではなく、普段以上の視界を確保することができる。
「やっぱり仮面は慣れないな」
そんな着けても徳しかない仮面を、ここまで着けて来なかったのは、違和感が凄かったからだ。違和感さえなければ、デメリットはなかったんだけどな。
「じゃあ行くか」
階段を上り切った。
久方ぶりの直射日光に、目を細めてしまう。仮面は視界を広げてくれるだけで、脳と直接繋がっているわけではない。そのため目を細めれば、きちんと視界も狭まってくれる。
まあ一秒もすれば目は慣れる。その一秒が隙となることは分かっていたため、どんな奇襲が来ようと受けられる心構えはしていた。だが攻撃がやってくることはなく、太陽光に目が慣れた。
「やっぱり邪魔しに来たんだ」
「……他の奴らは? それに麗華は?」
「君のお仲間のところへ向かったよ。そして麗華はここにある」
豊臣の配下である【魔十二槍】である、ロジャースを戦闘不能状態へと変えた女の魔人。
その魔人は掌でビー玉のようなものを転がしている。それが麗華だということは、何となく分かっている。
「返してもらうぞ」
「私のことを殺せたら、返してあげるよ」
魔人はビー玉のような物を、口の中へと放り込んだ。
口元から離れた掌には、既にビー玉のようなものはない。胃を掻っ捌いて、そこから取り出すしか方法はなさそうだ。
「行くぞ」
「来なよ。半端者」
魔人が何を指して、俺のことを半端者と呼んだのかは分からない。
俺のどこが半端者なのか気になろうと、これからやらなければならないことに変わりはない。この魔人の腹を掻っ捌くだけだ。
悟と魔人の一騎打ちが始まります。
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