第245話 “発勁”
「【シンクロ】」
借りた力は“赫猛”と竜馬の風を纏う力。
竜馬の力は、騎乗時に風圧を抑制するためのものだが、走り回る上で風圧を抑制できるのは、かなりありがたいことのはずだ。
「行くぞ」
「来い、侵入者よ」
再び駆け、拳を突き出す。
炎は纏っていない。“赫猛”で強化された膂力を存分に活かす、シンプルなパンチだ。目に映るのは剣の腹。このまま突き出せば、これまでのように防がれてしまうのは、目に見えている。
しかしタイミングをずらそうとしても、ペドロであれば反応して来るだろう。であれば、膂力のみで押し切り、第二撃目を当てることに力を入れるのが最適解のはずだ。
「――」
大気が割れるような爆音が鳴ったが、ペドロの剣には傷一つ付けられていない。足が滑るように後退することもなく、ただその場に仁王立ちしたままだ。
「――っ」
腹部に掌を添えられた。
これが攻撃の準備であることは明確だったが、あまりに自然な動きだったため、反応が遅れてしまった。
「“発勁”」
その言葉が耳へ届くのと同時に、俺の身体は壁に激突していた。
激突の際に負った痛みだけではなく、攻撃されたと思われる腹部の違和感が、立ち上がることを拒んでいた。
身体が言うことを聞かない。これは痛みが原因ではなく、腹部にある違和感が原因なのだろう。でなければ、根性でどうにもできない理由に説明がつかない。
「これは効いただろう。これはスキル由来の“発勁”だからな」
「スキル由来の“発勁”だと?」
なんとしても情報を抜き取らなければ。
腹部に感じている違和感は、段々解消されてきているが、そのカラクリが分からない限りは、何度も喰らってしまうだろう。
「この“発勁”は【勁力】によるものだ」
「【勁力】だと?」
「このスキルは、力の源である丹田に作用し、一時的に機能を停止させる力を有している」
想像の百倍簡単に吐いてくれた。
しかし【勁力】……これはかなり厄介なスキルだな。丹田に直接作用して、身体を動かすエネルギーを出させないようにするなんて、どう対抗したものか……。
「速く立て、窪田悟よ。もう動けるはずだ」
「バレていたか」
ゆっくりと立ち上がり、ペドロの顔を見る。
とても真剣なものだ。だいぶ優位に立っているだろうに、その表情に油断は感じられない。強い正義が故の、驕らなさ。敵にするととても厄介な相手になるな。
「本気を出すなら、早くしろ。確かに私は時間を稼げば、戦いにおいては勝利に違いないが、あまり好みではないのだ。やるのであれば、正面から叩き潰す。それが私の正義なのだからな」
「本気を出す? 俺は最初から今この時まで、ずっと本気を出しているぞ」
「……なぜそこまでして隠そうとするのか、私には全く理解できない。だが本気を出すつもりがないのであれば、その状態で散るがよい」
ペドロの剣が輝いた。
業物だということは、一目見た時から分かっていたが、凜々花の【長谷部】と同じように、能力を有している武器だったとは……かなり苦しいぞ。
「――」
神速に等しき詰め。
俺は反応するのがやっとだった。発勁を警戒して片腕で腹部を守り、首から顔にかけては右腕で守る。全ての攻撃をカバーできるわけではないが、手痛いダメージを負うであろう攻撃は、カバーできているはずだ。
「甘いな」
腹部を守っている左腕に、ペドロの掌が添えられた。
嫌な予感がする。嫌な想像が頭をよぎった瞬間に、後方へと跳び退こうとしたが、ペドロの攻撃が炸裂する方が速かった。
「“発勁”」
再び吹き飛んだ。
先刻と同じように、壁に激突して、丹田の異常で立ち上がれない。だが先刻とは違い、ペドロは詰めて来ていた。
「これ以上、己が正義を守れば、仕事を全うできない。卑怯とは言うなよ、窪田悟」
「端から卑怯なんて言うつもりはねえよ」
壁に寄りかかる俺に対し、ペドロは輝く剣先を突き立てて来た。
頬から血が垂れる。しかし剣先が頬から離れると、血を垂らしている頬の傷は、一秒にも満たない一瞬の時で塞がった。
「ではさらばだ」
「そうだな、サヨナラだ」
俺は目を瞑る。
暗い瞼の裏に映るのは、今となっては繋がりすらなくなってしまったゴン太の姿だ。
『コン』
聞こえて来るのその鳴き声が、幻聴であるということは俺が一番分かっている。なんたって繋がりがないのだから。
「賭けは勝ったみたいだ」
「……何を言っている?」
「丹田の異常で、スキルは使えないみたいだが、ゴン太の力は変わらず使えるみたいだ」
掌に炎が灯る。
「――ッ!?」
ペドロの涼しい表情が、焦りへと変わる。
だが遅い。俺は全身から炎を噴き出す。大火は近くに立っていたペドロのことを巻き込み、火達磨へと変えた。体内の炎が自分に対してダメージを与えることはないが、シンプルに体力を酷く消耗してしまった。
火達磨の状態で暴れるペドロを横目に、俺の意識はブラックアウトした……。
敵地での気絶、悟の安否は!?
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