第244話 ペドロの正義
ペドロと一定の距離を維持しつつ円を描くように歩く。
こいつも俺のことを警戒しているのだろう。同じように、一定の距離から詰めて来ようとはせずに、円を描くように歩いている。
どちらかがリスクを取って、詰める選択を採らなければ、無駄に時間を使ってしまうだけだろう。それは俺の敗北を意味する。アウェーで、戦力でも負けている側が、時間を浪費するのは無意味、もっと言えば利敵行為と何ら変わらないだろう。
「――」
十数秒もの間続けていた歩みから、一気に最高速度まで加速する。
既に【シンクロ】による“赫猛”は行使済みだ。拳には炎を灯し、ペドロの顔を狙って全力で振り抜く。加速からを時間にして、一秒にも満たない刹那の行動だったが、ペドロは反応していた。
抜剣と共に、守りの構えを取っている。
このパンチをフェイントとして、別の攻撃放つことも頭をよぎるが、過信でなければペドロは防いでくる。そう思い、そのまま拳を振り抜いた。
衝撃が走る。揺らぐ髪の毛が、一瞬視界を塞いだが、直ぐにクリアになる。俺の拳を、剣の腹で受け止めたペドロの表情は、脅威とも思っていない、そんな涼しいものであった。
「貴様の拳はこの程度か。わざわざ私が降りて来なくても、下っ端で十分だったようだ」
「驕るのは、勝ってからにしろよ」
前蹴りを放つ。
感触が悪かった。炸裂タイミングに後方へと跳んで、衝撃を逃がしたのだろう。その証拠に、蹴り飛ばしたはずのペドロは、壁に激突する前に、後ろへの勢いを殺し切っている。
「確かに驕っていたのかもしれないな。では本気で潰すとしようか」
「――っ」
纏う雰囲気が変わった。
これまで正義感という覇気は纏えど、人を絶対に殺すという殺気は纏っていなかった。だが今のペドロが纏うのは、絶対に殺すという殺気。こちらも本気を出さなければ、一瞬で潰される――
「かはっ」
何をされたのか分からない――とまでは言わずとも、認識するのがやっとで、受け止めきることはできなかった。先刻のペドロとは違い、俺は壁に激突することで、ようやく攻撃の勢いを殺すことができた。
肺から押し出された酸素を、再度取り込むために、呼吸が乱れる。この間にペドロの追撃があったら、拙かったのかもしれないが、幸い追撃を仕掛けてくることはなかった。
「それが己が正義に従った行動ってことか?」
「そうだ。敵であれ、弱っているところを追撃する趣味はない。正面から戦い、己が技量で叩き潰す。それが私の正義だ」
「足元を掬われそうな、正義感だな!」
駆ける。距離は十数メートル程度だろうか、詳しい距離は分からないが、直ぐに詰まる程度の距離しか開いていない。
「【シンクロ】」
駆けると同時に借りた力は、亀之助の水を生み出す力だ。
炎を纏った拳の上から、さらに水を纏わせる。冷たい水は放射熱で温まり、煮え湯のような熱湯へと変わった。
「同じことの繰り返しだな」
ペドロは守りの構えへと入った。
「【シンクロ】」
“湧沸”を行使。
拳に纏ってあった熱湯を、一方向のベクトルに絞り、破裂させる。指向性を持った熱湯の破裂は、ペドロの剣だけに熱湯を降り掛けた。剣を握っている右手が、焼けたような音が耳へと入る。
ペドロレベルであれば、直ぐに治るような火傷でしかないため、ダメージを与えるという面では失敗だ。しかし不意を突くという点では、成功したと言える。
「――」
焦る表情が映る。
だがその表情は直ぐに潰れる。俺の拳が炸裂することによって。
先刻と違ってきちんと吹き飛び、壁に激突した。土埃が舞っているため、その姿を認識することはできないが、先刻までの涼しい顔は維持できていないだろう。
「乙女の顔を狙うなんて、正義のせの字もない行動だな」
立ち上がったペドロは、口元に付いた血を拭いながら、こちらへと歩いて来る。その表情は一見涼しく見えるが、こめかみの皺が怒りを物語っていた。
「そんなに怒るなって。皺が跡になって、年齢が上で見られちまうぞ」
「――ッ余計なお世話だ」
これまで一貫して涼しかった表情が、遂に怒りで染まる。
歪んだ表情に、朱で染まる頬。見る人が見れば、癖に刺さるような表情だろう。こんなことを口にしてしまえば、ペドロのいらない底力を引き出してしまいかねないため、心の中で留めておく。
「怒りに任せて来いよ」
「――私は自分を律し、正義の下、行動する!」
剣と拳が重なる。
発せられた衝撃波は、俺とペドロの両者を吹き飛ばした。空中では対処のしようがなく、俺たちは反対方向の壁へと激突した。衝撃と舞う煙で、視界が著しく塞がった。
「はぁはぁ」
やはり酸素を取り込むためには、呼吸が乱れてしまう。
だがそれはペドロも同じはずだ。ここの戦況は五分と言ったところ、作戦全体で見れば、若干俺が劣っているといったところか。
「【シンクロ】」
ペドロとの戦いはまだ続きます。
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