第241話 祭りが始まる
倒れたロジャースをベッドに寝かせてから、一時間程度が経過した。
眠っているロジャースは身じろぎ一つせず、ただ目を瞑って倒れている。心臓は動いているが、呼吸をしていない。
ダンジョンに適応した超人であるロジャースであれば、一日程度は持つと江梨子は言っていたが、一日しか持たないと考えるべきだろう。
あの侵入者と戦うのが祭りの日である一週間後になってしまうため、ロジャースのタイムリミットには間に合わないということになる。
「江梨子、早めるべきではないんだよな?」
「ああ。今攻めて、レオンを倒したとしても、要塞内にレオン政権の残党が残ってしまう。そうなれば、政権奪取後の要塞運営が厳しいものになってしまうだろうな」
未来を考えたら、祭りで一網打尽にするのが最適解なのか。
今を優先するか、未来での要塞運営を優先するか……勝機があるのであれば、悩まずに後者を選ぶが、強敵がレオンだけじゃないことが分かった今、ロジャースという戦力を失って戦うのは、かなり痛いだろうな。
「……まあ勝機はあるんだろ?」
「勿論だ。私と悟、信綱が本気で戦えば、五分以上の勝機はある」
「私はァ!?」
「……未知数としか言えないな。スキルの全貌も、その杖の真価も分からない今、甲斐の実力を評価する物差しが、要塞外で脅してきたという胆力しかない。そんな状態で戦力として含めるのは、指揮官としては失格だ」
「――」
並べられた正論に、甲斐は顔を真っ赤にするしかなかったようだ。
俺も可哀そうだとは思ったが、変に庇って、自分へと飛び火しては構わないため、藪蛇を無理に突くつもりはない。
「とにかく、ロジャースの件は様子見。私たちがするべきことは、祭りの際にどれだけ犠牲を出さずに、レオン政権を倒すか、その一点に尽きる。だから祭り当日に全力を出せるように、各々が休息を取ることが大事だ」
解散のような雰囲気ができたが、この喫茶店以外は敵地、そもそもこの喫茶店を襲撃を受けた以上安全ではないが、ここ以上に安全な場所はないため、ここから出ることはできない。そしてここは信綱の自宅兼、喫茶店。風呂や部屋があっても、広いわけではない。
つまり解散の雰囲気ができた場所から、動かずにコーヒーを嗜むことしかできない。
「ふぅ、江梨子」
「どうした?」
「これはレオンを倒してから話せば良いことなんだが、江梨子はこの要塞のトップに立つのか? ダンジョン協会では総裁という立場には座っていたが、進んで表舞台には出て行かなかっただろ。この要塞は言うなれば国家。トップの席に座るのであれば、表舞台に立たざるを得ないだろ?」
「確かにそうだな。私は進んで表舞台に立つつもりはない」
「じゃあどうするんだ……麗華に任せるのか? 確かにレオンの婚約者として発表された後であれば、少なくとも江梨子以上の正当性はあるか……」
だが麗華の性格上、国のトップは向いていないはずだ。
アイツは比較的自由な冒険者ですら、一度引退している。国家の運営なんてできるとは思えないな。
「確かに麗華であれば、この中で一番正当性があるな」
「だけど向いていない。それは江梨子も分かっているはずだろ」
「ああ、あの子に組織のトップは向いてない。私の後継を打診したこともあったが、即答で断られてしまったからな」
初耳だ。だが納得できる話でもある。
実力は先駆者に次ぐ……表舞台に立っている冒険者の中では、圧倒的トップ。その整った容姿と、権力をものともしない毅然とした態度は、冒険者との関わりが少ない一般層からのウケも良いはずだ。
「まあ私も引退するつもりはなく、冗談交じりで口にしただけだったから、断られてしまったのかもしれないが、トップに向いていないというのは確かだろうな」
「じゃあ誰がこの要塞のトップをやるんだ?」
「君だよ、悟」
「はぁぁ?」
全く意味が分からない。
冒険者として名が売れているわけでも、元が有名人って訳でもない。テイムというスキルを得ただけの、ただのおっさんだ。
「こんな状況で選挙なんてできるわけないから、この要塞のトップは、言ってしまえば王様だ。そんな重役を、普通のおっさんである俺ができるわけないだろ」
「悟は未だに自己評価が低いようだ」
「低いつもりはないぞ。ただ自分の身の丈ってものを知っているだけだ」
「……きっとブラック企業に入っていた弊害だろうな。悟、君は優秀だ。三十二で冒険者を始めてから一年未満で、未踏破ダンジョンをクリアしてみせた。これを優秀と評ぜずに、なんと評せばいい」
「確か洞爺湖ダンジョンはリッチが悪かっただけで、そこまでの難度ではなかったはずだ」
あれは亀之助が居たから攻略できただけで、俺一人でクリアできるようなダンジョンではなかった。
「はぁ、悟は従魔の力は自分のものではないと思っているだろ」
「当たり前だろ。たぬ吉たちの力は、たぬ吉たちの力であって、俺の力ではないんだからな」
「違うな。従魔の力は、主人の力だ。それを主人の力だとしない場合、スキルも自分の力と言えなくなる」
「……その考え方も一理あるかもしれないが、もしたぬ吉たちの力を含めたとしても、江梨子や麗華には到底叶わないだろ」
「……ふっ、これ以上の口論は意味を成さないだろう。あとの話し合いはレオン政権との戦い後にするとしよう。その時には分かるはずだ。悟の実力というものが」
「過大評価だ」
俺が江梨子や麗華に勝るはずはないんだからな。
そして一週間の休養期間を経て、祭りの日を迎えた。
あの日以降、敵の接触はなく、ロジャースが目を覚ますこともなかった。しかし予想と違った点があり、ロジャースは一週間という長い間呼吸していないにも拘らず、心臓は変わらず動き続けていたということだ。
「では行くとしようか。今日は祭りだ」
「祭りだな」
「なに当たり前のこと言ってるのよ」
「……」
指摘されたことが恥ずかしかったらしく、江梨子は頬を赤く染めていた。
ついに皇居編も終盤戦です。
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