第240話 先手
「詳細は、マスターから頼むよ」
「ああ。一週間後、レオン政権の樹立一か月を記念して、大規模な祭りが開かれる。そこには要塞内各地に展開されていた親衛隊や、部下が勢ぞろいする」
「そこを狙う訳だな」
「そして祭りには、一つの目玉情報があるらしい」
「それは俺も聞いた」
祭りについて、とある噂がまことしやかに囁かれている。
ただ弾圧的な政権を持っているレオンが、嘘の噂を許すとは思えないので、基本的に事実ベースの噂なのだろう。
「レオンが婚約する、それも相手は冒険者であれば知らない者は居ない、かなりの有名人である、だろ」
「分かっているとは思うが、その相手は……西園寺麗華の可能性が高いだろうな」
麗華の容姿はかなり整っている。
そして日本でもトップクラスの実力とスキルを有している……レオン政権の箔を裏付けするには、うってつけの人材って訳だ。
「奪還するには、絶好のチャンスって訳だ」
「逆に言えば、このチャンスを逃せば、麗華を救い出すチャンスがなくなってしまうってことだ」
「分かっている。このチャンスを逃すつもりはない」
拳を強く握り過ぎるあまり、掌から血が垂れて来る。
腕を下へと向けているため、流れ出る血は握った拳を伝って、地面へと落下した。
――ポチャン
下に水たまりがあるわけでも、大量の液体が落ちたわけでもないので、そんな音が鳴るはずはなかったが、確かに俺の耳はそんな音を聞き取った。
「「「――ッ!?」」」
足元が揺れる。
最初は地震かと思ったが、この場に居る全員が――甲斐を除いた全員が感じ取った殺気が、その可能性を完全に否定した。
「堂々と騒ぎを起こしながら潜入しておいて、なんの対策も練っていないと思っていたの?」
床から飛び出してきた存在に対し、殺気と武力を返そうとした。
だがその手の上にある物が目に入り、その行動が叶うことはなかった。
「君らの仲間である西園寺麗華は、言葉通り私の手中にある。変に手を出したりして、この玉が壊れたら、助け出せないよ」
ブラフかもしれない。だがブラフと断定できない以上は、手出しすることはできない。
「……」
だが麗華に対して思い入れがあるのは、俺や江梨子たちだけだ。
喫茶店のマスターである信綱や、アメリカ人であるロジャースにとって麗華は、人質になる価値はない。
つまり攻撃をやめる理由が、二人には存在していないということだ。
「酷いねぇ。殺気は出したかもしれないけど、手は出してないのにさぁ」
侵入者の頬から血が噴き出す。
攻撃されたというのに、侵入者は一切動揺していない。それどころか余裕すらも感じさせる振る舞いに、信綱もロジャースも警戒度を一段階上げていた。
「それで、レオン側の人間が何の用だ」
「人間? ああ、今はそうだった」
今はそう……つまりこいつは魔人であり、豊臣の部下だということだ。最初のレオンによる迎撃の時から思っていたことだが、この皇居の囲い込みは、豊臣の意志の下、行われたということだろう。
「私たちの目的は、以前の君たちがやっていたような、【皇居ダンジョン】の私有化。その過程で人を抱えているだけ。無害な人を手に掛けるつもりはないから、だいぶ親切でしょ?」
「……あの監獄は?」
「ああ、あれは私たちに逆らった人間どもだから、害虫でしかないよ。そもそも人を守ってやる筋合いだってないんだから、文句は言わないでよね」
「やはり許せんな。一人を犠牲に、諸悪の根源を絶てるのであれば、文句は言わせまい」
信綱は俺に向けて言った。
これは俺が監獄で行った切り捨てを知ったうえで、その言葉を吐いたのだろう。そして俺は、信綱の思惑通り、その動きを止めることはできない。
抜刀。神速の如き居合は、身体の変化で超人的な動体視力を得た現在でも、捉えきることはできなかった。
「だから今は戦うつもりないのに」
刀は振り抜かれたはずだった。刃の軌道上に、侵入者の首があり、防がなければ死を逃れる道はなかったはずだ。
しかし侵入者は防ぐどころか、身じろぎ一つしていなかった。そして斬撃による傷は見られず、振り抜かれた刃にも体液は付いていない。つまり一瞬で再生したわけではなく、刃が空振ったということだろう。
「忠告してあげる。もし祭りで手を出して来たら、ここの住民がどうなるか分からない……まあ人間がどうなろうと、私には関係ないから、別に手を出しても構わないんだけどね。ちなみに先日、住民が五万人を突破したよ」
俺の瞳には映っていた。
ペラペラと喋る侵入者の背後、そこに気配を消して立つロジャースの姿が。振り上げた拳が、無音のまま降ろされる。風を切る音すら鳴らさない拳は、侵入者の頭部を捉えた……はずだった。
「はぁ、面倒だなぁ」
拳がすり抜ける。
侵入者が立っている座標へと振り下ろされた拳は、身体をすり抜けて、地面に大きな凹みを作った。
攻撃を透かした侵入者は、ゆっくりと振り返り、ロジャースの腹部へと、掌を添えた。
「じゃあね」
その言葉と共に、ロジャースは魂を抜かれたかのように、力なく倒れた。そんなロジャースに気を取られていると、侵入者の姿が消えている。
「元になった魔物はなんだ……」
それが分からなければ、倒せないだろう。
そんなことを思わせてきたアイツは、かなりの強敵になのだろう。
今回の魔人は、どんな魔物が進化した姿でしょうか。
ブックマークと★★★★★をお願いします




