第239話 帰還までの道
ダンジョンの入口へと戻って来た俺たちだが、そこからが長かった。
行きと違って、どれほどの距離が残っているのかが分かっているため、そこまで気が滅入ることはなかったが、魔物のいない長距離は精神的に来るものがある。
「戦える力を得たからには、甲斐にも戦ってもらうからな」
「分かってる、今までの私は足手まといでしかなかったんだから、最低限の働きはするわよ」
「……なんだ? 人が変わったようだな」
「ここに来て、本当に日常は壊れてしまったことに気付いたのよ。だから私も変わらないといけない……この子たちが教えてくれたわ」
甲斐はたぬ吉の顎を撫でながら言った。
撫でられているたぬ吉の顔は、俺が撫でた時には届かないレベルでだが、蕩けているように見えた。胸に靄が掛かる。これはジェラシーを感じているわけではない……はずだ。
「たぬ吉」
「ポン?」
たぬ吉は甲斐の撫でよりも、俺の問いかけを優先して反応した。
今の問いかけに、これといった意味は存在していない。ただ反応が見たいがために話し掛けただけだが、バレるのは少々恥ずかしいだろう。
「ちょっとこっちに来てくれ」
「ポン!」
たぬ吉が小走りで駆け寄ってくる。
甲斐がやったのと同じように、顎辺りを撫でる。まだ汚れを流せていないから、フワフワだった毛はかなりゴワゴワしているが、これはこれで独特な触り心地で、ちょっと癖になりそうだ。
「ナーン」
鳴き声と共に背中を引っ張られた。声から誰なのか分かっているが、身体ごと後ろを向けて確認する。
そこに居たのはタマだ。撫でられているたぬ吉のことを、目を輝かせながら見ている。なにが言いたいのかは分かっているが、今は自分一人の時間ではない。逸らしたくない気持ちに蓋をし、目線を江梨子へと向けた。
「……はぁ、良いんじゃないか? 悟の従魔たちは、対レオン政権における重要な戦力だ。こんなところで気を落とさせていては、勝てる戦いも勝てなくなってしまうだろう」
「――」
そこからはとにかく撫でまわし続けた。
どれほどの時間が経ったのかは分からない。だが江梨子たちの呆れ具合から、相当な時間を撫でに使っていたのだろう。だが後悔はない。
「帰りながら、作戦を考えるとするか」
「そうだな」
地下道を進む間、対レオン政権との戦争を優位に進めるための作戦を、何個か提案し合った。勿論、甲斐からも話を聞いた。以前までの彼女であれば、話を聞くことはなかっただろうが、今の甲斐は立派な戦力だからな。
そんな風に時間を潰していると、随分と前に思えるマンホールの前へとやって来た。ようやくこの暗い地下から抜け出せると思うと、心が躍るな。まあ先のことを考えていると、躍ってなんか居られないんだが。
「私が風を流す。合図を出したら、一気に登って来い」
「ああ、分かった」
行きに比べて、だいぶ大所帯になった。入ってくる時以上の警戒と、気配の希薄化が重要になってくるはずだ。
「今だ!」
江梨子がマンホールを開けるのと同時に、梯子を駆け上がる。
後ろには器用に手足を使って登って来ているたぬ吉やタマの姿、江梨子の力によって宙を浮かんでいる亀之助と竜馬の姿、そして普通に登っている甲斐と悟空の姿があった。
「走るぞ!」
地上に出た俺たちだが、一息ついている暇はない。
俺や江梨子、甲斐の姿は見られても、そこまでの問題にはならない。しかしたぬ吉たち魔物の姿を見られてしまえば、騒ぎになることは避けられないだろう。そうなれば、考えていた作戦も全て意味を成さなくなってしまう。
世界が変わっても、変わらず天に存在している月明かりを頼りに、喫茶店を目指して一直線に進んで行った。
「はぁはぁ」
騒ぎを起こすことなく、無事に喫茶店へと辿り着いたわけだが、甲斐の呼吸が死ぬんじゃないかと思うほど乱れていた。まあ仕方ないだろう。いくらスキルを得たからと言っても、その身体は一般人となんら変わらない。
「無事に連れ帰って来たようだな」
待っていたのは、真剣な表情でコーヒーを飲んでいるロジャースだ。
その姿は、いつかの俺の姿と重なって見える。
「……マスター、いいコーヒーだ」
無口なはずのロジャースが口を開いたかと思えば、俺が踏んだ轍を同じように踏んだ。
「……」
マスターは顎でインスタントのビンを伝えた。
そこまで同じだと、アメリカのトップ2であっても、普通の人間と変わらないんだなぁ、という親近感が湧いて来る。
「……」
「じゃあ作戦会議と行こうか。今回の作戦を仕切らせてもらうエリザベスだ」
江梨子の顔が真剣な物へと変わる。
ロジャースも信綱も、従魔たち、俺だって真剣な表情へと変えた。
唯一、江梨子のコンプレックスを知らない甲斐だけが、不思議そうな顔をしているが、誰もツッコむことはなかった。
戦いに向けての準備が始まります。
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