第237話 自然の力
「世話のかかる子だ」
その声は確かに江梨子のものだったが、とてもカッコいいと思ってしまった。今時の子のように表現するのであれば、メロい、というのだろうか。とにかく惚れてしまいそうになるほど、いい声だった。
再び優しい風が頬を撫で、怠かった頭は一気に覚める。そして江梨子に対してメロがっていた自分も、羞恥心が訪れるのと共に、何処かへと消えて行った。
「いくらデバフをバラまこうと、私に対しては何の意味も持たない」
かなりの広さがあるボス部屋に、端から端までを網羅する突風が吹き荒れる。それは一定の流れ、というものを保持しており、壁沿いに回転を生んだ。
空気の流れは半霊体と化していたワイトキングの肉体をも捉え、その姿を現実に固定化していた。魔物の非自然的な力も、世界の秩序足る自然の力には叶わない。
江梨子の力を単純に表現するとすれば、風を発生させる力。他にも色々使えることは知っているが、この場だけで言えば、風を発生させる力で十分だろう。
その力は風を発生させるだけで、その風で動かしているもののは、自然の力で元々そこに存在していた空気、つまり江梨子の力は自然の力に等しいということだ。魔物の非自然的な力で勝てるわけない。
「【――】」
江梨子が詠唱を始めた。
戦いを終わらせるつもりなのだろう。攻撃範囲を考えれば、俺やたぬ吉たちも巻き込まれかねない距離だが、江梨子のことだ、しっかりと考えた上で詠唱を始めたはずだ。
「“――”」
詠唱が終わり、技名が告げられた。
相変わらず理解のできない言語だ。しかし江梨子への信頼が、理解できない言語への不信感を上回っている。
回転し続け、ワイトキングの身体を固定していた風が、非常に鋭くなった。しかし鋭くなるのはワイトキングの身体に触れる時だけで、俺たちの肌を撫でる瞬間だけは、これまで通りの柔らかい風へと戻っている。
「――」
デバフに掛からずに聞くワイトキングの悲鳴は、嫌悪感を抱く音でしかなく、耳を塞ぎたくなってしまう。
ワイトキングはそんな悲鳴をあげているわけだが、江梨子の攻撃でそこまでのダメージが入っているようには見えなかった。
「かなり固いな」
江梨子が口にしたのは、比較的ネガティブに取れる言葉だったが、その表情が悲観で歪むことはなく、いつものように余裕さを感じさせる笑みを浮かべていた。
回転する風は勢いを増した。速度が上昇したことにより、鋭い風の切れ味はさらに良くなるだろう。速度の上昇と共に、ワイトキングの反応にも明確な変化が起こる。
「――」
嫌悪感を抱くしかない爆音は、一気にデシベル数を上げた。
ここまで来ると、耳を塞ぐしかない。しかし両手で耳を押さえていても、ワイトキングが放っている爆音は、変わらず鼓膜を揺らして来ている。そんな音に掻き消されるように、金属が削れるような音が鳴っている気がする。
「……」
聴覚に集中させると、その音がワイトキングの骨が風によって削られて鳴っている音だということが分かった。
「――」
もう江梨子は心配いらないだろう。そう思って、目線をたぬ吉たちの方へと向ける。そこにあったのは、みなが協力し合って耳を塞いでいる姿。こんな戦地に居るというのに、あまりの微笑ましさで頬が緩んでしまいそうになる。あまりの音に女は気絶しているが、命に別状はなさそうだし、気にする必要はないだろう。
「――……」
絶叫が止まった。
合わせてワイトキングの身体が消えて行く。
――ドックン
心臓が揺れる。新しいスキルを手に入れたが、今するべきことはダンジョンクリアの後処理が優先だ。
「江梨子、大丈夫か?」
「ああ、心配はいらない。この程度でバテてしまうほど、か弱い女ではないからな」
「そうか、それは良かった」
いくら江梨子と言っても、今回の風はかなり精神をすり減らしていたはずだからな。特に疲れた様子はないから安心だ。
「ふぅ、宝箱の中身を検分するとするか」
「そうだな、たぬ吉、タマ、亀之助、悟空、竜馬、こっちに来ーい。宝箱を開けるぞ」
「「「――」」」
「いでっ」
「……」
従魔による返事の大合唱。
身体を支えていたたぬ吉たちが一斉に動き出したことで、気絶していた女は頭を打った。たぬ吉たちはなんだか気まずそうな顔をしているが、直ぐに笑顔に戻り、こちらへと駆け寄ってくる。
ようやく扱い方が分かって来たんだな。
「はっ」
女が何が起きたのか分からないと言わんばかりの首振りを見せているが、俺たちは気にせず宝箱へと手を掛ける。そして皆の視線が集まる宝箱を開いた――
悟たちに齎される報酬とは!?
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