第234話 拳と収穫
「悟、遂に敵だ」
「――ああ、分かった」
江梨子の声で、思い出から引き戻される。
直ぐに視界へと意識を戻すが、該当する魔物の姿は見ることができない。透明なのか、風で察知しただけでまだ見えていないのか、とにかく俺には発見できなかった。
「何処に居るんだ?」
「ここから百メートルほど先、崖になっているところだ。あそこの下に、魔物は居る」
「崖の下か……俺たちにだいぶ有利な立ち位置だが、だからこそ油断は出来なさそうだな」
「取り敢えず、見下ろしてみようじゃないか」
俺たちは崖の前へと立ち、江梨子が魔物が居ると言った崖の下を見下ろす。下から吹き抜けて来る風が、髪の毛を持ち上げる。
そして暗闇という光景と共に、魔物の姿も視界へと入ってくる。その魔物とは、スケルトン。しかしただのスケルトンではなく、賢人のようなコートで身を隠し、手の中には膨大な力が詰まっているであろう杖が握られている。その魔物の名はリッチ。
不死系魔物の中でも上位に位置し、下位の不死系魔物を召喚することができる。つまりダンジョン外で接敵した魔物たちは、アイツによって生み出された可能性が高いということだ。
「江梨子、どうやってやる? 俺たちの姿が見つかった瞬間に、魔物を召喚されるぞ」
「あれは物理で攻めるのが、最も効果的な戦い方だ。悟、行ってこい」
「はっ――!?」
背中を押された。
無警戒ではなかったが、江梨子に対する警戒はないに等しかったため、俺は崖の上から落下する。急な出来事と言っても、体勢を立て直すには足る時間があった。嫡子する頃には、足を下へと向けることができた。
落下による衝撃で、大量の砂埃が舞う。当然、俺の視界は著しく阻害され、リッチの姿を見失ってしまう。
しかし焦りはない。
「……」
冷静に首を回す。
目を瞑り、気配を感じ取る。何となくだが、リッチが居ると思った場所があった。
そこへと単純な拳を突き出す。
「――」
リッチのものだと思われる絶叫が、耳へと入ってきた。
それと同時に拳で、確かな感触を得ていたため、確実に捉えられたはずだ。タイミングよく、舞っていた砂埃が落ち着いてきた。
「なるほど、そういうことか」
晴れた砂埃の先にあった光景は、俺の拳がスケルトンの頭蓋骨を粉砕している光景だ。スケルトン。リッチではなくスケルトンの頭蓋骨を、破壊している光景だ。
「殴られる寸前に、スケルトンを召喚して肉壁に――この場合骨壁にしたというわけか」
そんな独り言を口にしていると、リッチの手にある杖の先端が、赤く輝き始めた。魔法の行使だということは、ある程度の知識があるものであれば、直ぐに察することができるだろう。それは俺も例外ではなく、魔法が来ると分かっていた。
「――」
飛び退く。
そのまま攻撃することも可能だったが、物理が効果的な戦い方だと教わった以上、【シンクロ】も炎も使うつもりはない。
一秒。これは、俺が飛び退いてから、元々立っていた場所が焼け焦げるまでに要した時間だ。ダンジョンの地面を焦がす。ある程度の火力を有していることが分かった。
「いい練習になりそうだ」
強く拳を握り、ファイティングポーズを取る。
相対しているリッチは、杖を天高く掲げ、先端を赤く輝かせていた。
「――」
先刻と同じように、攻撃が到達するまでに要したのは一秒程度。
発射時に反応できなければ、避けられない。そう断言できるレベルの弾速だ。だが今回も見切れた。しかし先刻と違うのは、後退したのではなく、詰めに行ったことだ。
「ふっ――」
魔法の行使で出来た後隙を狙い、全力で拳を振り抜く。
火を纏っているわけでも、“赫猛”を使っているわけでもないが、プロボクサーの数倍、数十倍の威力は出せるはずだ。
ただのパンチではなく、インパクト時に回転を加える。詳しい理由は分からないが、弾丸の要領で威力が上がると聞いたことがある。
事実はどうだっていい。試すのが大切だ。
振り抜いた拳は、リッチの頭部を捉えた。感触から、スケルトンとは大違いだ。頑丈。この一言に尽きるだろう。
「なるほどな、だけど骨の域は出ていないな」
拳を握る力が、さらに強くなる。
――バキッ
これは拳から鳴った音ではなく、リッチの頭蓋骨が鳴らした音だと、俺が一番分かっている。腕力に全神経を注ぎ、そのまま押し込んだ。
弾け飛ぶ。飛び散った骨片が顔へと降りかかる。運が良かったのか、眼へと突き刺さることはなかったが、次回からこのやり方はやめておこう。
そんな収穫のあった戦いは終わり、崖の上から降り立ってくる江梨子のことを迎えた。
「いい戦いっぷりだったな」
「収穫のある戦いだった」
破裂した骨片を拾い上げ、俺たちは奥へと進む。たぬ吉たちが見つかる、その時まで。
もう少し
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