第233話 思い出す
江梨子の背中は、物理的に見ればかなり小さいが、比喩的に考えるとデカい。滅茶苦茶デカい。例えるならば、世界最高峰のエベレストの如き大きさだ。
「悟、何故ダンジョンに入ってからの方が、魔物の数が減っているのか分かるか?」
「普通に考えれば、ダンジョン内の魔物が外に出たことで、内部の数が減っている、だろうな」
「確かにそうだな。しかし地下道の魔物は、そこまで多くなかった。ダンジョン内の魔物が全て出たにしては、かなり数が少なかった。つまり私たちのように魔物を倒したものが居るのか、何らかの理由でダンジョン内の魔物が居なくなっている……」
「たぬ吉たちか」
「まあ、これは考察に過ぎないから、期待はし過ぎないでくれよ」
「ああ、分かっているよ」
たぬ吉たちが近付いて来ているという可能性があるだけで、心も足も軽くなる。疲労は吹き飛ぶし、歩く足も速くなるってものだ。
「江梨子、急がないか?」
「……それもそうだな。敵が居る様子もないし、後ろに人が降りて来た気配もない。急いで損することは何一つないのだから、急いでも問題はないな」
駆ける。と表現しても、走っているのは俺だけ。江梨子は風で自分の身体を持ち上げて、横方向に移動しているだけなので、駆けると表現するには適していないだろう。
とにかく奥を目指して、足をぶん回して走る。風を切って進むのは、とても気持ちの良いはずなのだが、ダンジョンにこびり付いた不死者どもの悪臭が、切って進む風に混じって鼻へと入ってくるため、爽快な気分が台無しだ。
「はぁ、江梨子、俺にも風の膜を付けてくれないか? 悪臭が鼻を刺激して、走るのが億劫になってしまう」
「……なあ、悟。お前の従魔に風の能力、それも防風に特化した力を持つ、竜馬が居なかったか?」
「……あっ」
ウチの子の力を忘れるなんて、親失格だ。
これは再開した時に、謝罪の意を籠めて、全力で可愛がらなければ。美味しい食べ物だって食べさせてあげたいし、絶対レオンに勝たなければならない理由ができた。
「【シンクロ】」
竜馬の力を借り、前進を覆う風の膜を作り出す。
そして再び走り出した。わざと鼻を動かし、臭いを摂取する。すると鼻へと香るのは、こびり付いた悪臭の残滓で、新たな悪臭が入ってくることはなかった。
「おぉ、これなら全力で走っても、臭いが鼻に入ってくることはないな」
「悟、今回のレオンとの戦いには間に合わないだろうが、自分の力を完全に把握しておいた方がいいぞ。意外と余力が残っているかもしれないからな」
「……ぐうの音も出ない正論だ」
ぐうの音も出ない。なんの躊躇いもなく使った言葉だが、言い返せない時に「ぐう」なんて声が出るか?
そんな意味のない思考に現実逃避をしてみたが、逆にどうして自分の力の全貌を知ろうとしなかったのだろう。従魔の力は確認したのに、自分の力はそこまで分かっていない。
「【シンクロ】の力もそうだが、その炎をはじめとした、人ならざる力の全貌を知ることは、長生きに繋がるだろうしな」
「確かに、この力が原因で、寿命が縮まっていても、なんらおかしくないな」
炎を出す。
きっとこれはゴン太の魔力由来の力だ。しかしその魔力が、俺の身体にどんなことを齎しているのか、自分では調べようがない。だが調べてくれる人を、俺は一人知っている。
「この戦いが終わったら、アイツのところへ行かないと」
「なんだ? この短期間で彼女でもできたのか?」
「いや、そんな関係じゃない。俺とアイツの関係は、患者と医者でしかないからな」
クソ医者は俺の身体に対して、急速に変化していると言っていた。
確かに冒険者としての成長速度は異常だったし、あれから時間が経つにつれて、身体は頑丈になっていた。だがそれでも人の域は出なかったし、スキルを持っていないのに炎を出すなんて、当然なかった。
何となく要因は分かっている。豊臣の手によって、ゴン太が玉藻御前へと変わったこと。それに合わせて、俺の中に残っていたゴン太の魔力も変化して、身体が今まで以上の速度で急速に変化した。
これは適応できたのか、寿命の前借で身体を強くしているのか、俺には分からない。だから医者が本業で、何となく事情を知っているクソ医者に助けを求めなければならない。
「医者……なるほどな。悟が信頼している相手であれば、私のことも診てもらうとするか」
「性格は終わっているが、医者としての腕は信頼できる相手だからな」
あの医者ともそこそこ長い付き合いになった。
当然、冒険者になるきっかけになった凜々花の方が長いわけだが……はぁ、凜々花は何処に居るんだろうな。
この戦いが終わったら、凜々花を探しに行きたいが、江梨子と麗華は許してくれるかな……。
竜馬の力は騎乗前提の力なので、【シンクロ】では使いにくい力になってしまいます。
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